目覚めたら、幼馴染とラブホテルに居た件 ー恋人がいるのに、幼馴染と一線を超えるのは間違っているだろうかー
ヨルノソラ/朝陽千早
ラブホテルにて
目覚めると、見知らぬ場所にいた。
ホテルの一室のような間取りだが、所々不自然な点が見受けられる。たとえば、テレビをつけたら普通にAVが映るし、風呂はやたらとでかいし、テーブルの上には避妊具が置かれていた。
極め付けには、一糸纏わぬ姿の幼馴染が俺の隣で寝息を立てている。
ここがどこなのか。そして、ここで何があった……いや、ナニがあったのかは想像に難くない。な、なんだこの展開。夢かこれは。
「んぁ」
頭上に数えきれないほどの疑問符を浮かべている時だった。
幼馴染──
線の細い金髪が肩にしなだれかかり、上手い具合に胸の突起物を隠している。
「おはよ。
「よ、宵宮……ここはどこだ?」
ここがどこであるかは検討済み。けれど、微かな希望を求めて一応尋ねてみる。
「何とぼけてるの? 昨日、あんなことしたのに」
「あんな、こと……」
「そうだよ。もう身体の至る所が筋肉痛だよ。初めてだから優しくしてって言ったのに。……春人の意地悪」
宵宮はむっと唇を前に尖らせると、不満そうに睨みつけてきた。
いや、え、えぇ?
冗談抜きで記憶にないんですけど……。
そもそも俺、童貞なんだけど。なんで知らないうちに卒業してんだ? これはめでたいことなのか?
いやいや、そんなことよりも、なんで俺、宵宮と一線越えてんだ⁉︎
「あ、あのさ」
「ん?」
「俺、昨日のことよく覚えてないんだ」
「え、大丈夫? あ、頭打ったからかな?」
「え、えっと、頭打ったの? 俺」
「そうだよ、一緒にお風呂入ってた時にね。私が身体洗ってってお願いしたら、春人すごい動揺してさ、そのまま足を滑らして床に頭を打ち付けたんだよ」
滅茶苦茶ダサいな、そのエピソード。
てか、一緒にお風呂って……まぁ、一線を超えた仲ならおかしな話ではないが。
「そ、そうなのか……。その後、どうなったんだ?」
「取り敢えず横になりたいって言うから、肩を貸して一緒にベッドにきたよ。私もそのまま眠くなっちゃって。だからほら、服着てないの」
「っ。ばっ、み、見せるなよ!」
「全部見たくせに。今更隠してもしょうがないじゃん」
宵宮は両腕を広げて、一糸まとわぬ妖艶な裸体を見せてくる。
さっきまでは金髪に隠れていた胸の突起も、布団に隠れていた下半身も曝け出している。
俺は生命活動の維持が難しくなる程度には体温を急上昇させて、あさってを向く。
「だ、だから俺は覚えてないんだって!」
「もしかして、ホントに忘れちゃったの?」
「……あ、ああ。昨日から記憶がごっそり抜けてる」
失った記憶は昨日からだ。
簡易的な記憶喪失とでもいうのか。
だから、俺はまだ童貞である。いや、身体は卒業しているから心は童貞といったところか。……何言ってんだ俺は。
「じゃあ、春人が私に告白してくれたことも覚えてないの?」
「告白──はっ? 俺、宵宮に告白したの⁉︎」
「そうだよ。昨日、ウチにきてさ、私の顔を見るなりいきなり大事な話があるって」
「ま、まじか……」
にわかには信じられない話だった。
宵宮は男子人気の高いルックスの持ち主。美少女と呼んでも差し支えない。
しかし、物心ついた時から知っている宵宮を異性として見ることはなく、これまで恋愛感情を抱いたことはなかった。
だから、俺が宵宮に告白するとは考えられなかった。
そして何より──俺には
彼女を差し置いて、宵宮に告白をするとはとてもじゃないが考えられない。
「私もずっと春人のこと好きだったの。だからすごい嬉しかったんだよ」
「そう、だったのか」
宵宮が俺のことを好きだったとは知らなかった。
嬉しい反面、申し訳なさが積もる。
「春人、私のこと幼馴染としてしか見てくれてないと思ったから」
「…………」
つい、黙り込んでしまった。
俺は、彼女──宵宮こころのことを幼馴染としてしか見ていない。
それは、今もそうだ。恋愛対象として、宵宮のことを見たことがなかった。
「ねぇ」
「な、なんだ」
「今からしよっか」
「は?」
「えっち」
「ぶはっ。な、なに言ってんだよ!」
「刺激的なことすれば、思い出すかもしれないなって思って」
「ば、馬鹿じゃねぇのっ!?」
ベッドの上を這いずり、距離を詰めてくる。
布地による防御がない身体は、自然と俺の身体に熱をもたせていく。
宵宮の指先が、俺の身体に触れる。
今更だが、俺も服を着ていなかった。
「物は試しだよ。そもそも、私たち恋人同士だし、そのくらい普通じゃん?」
「恋人同士って、いや俺たちは幼馴染、だろ。恋人じゃ」
そこまで言いかけた時だった。
──宵宮の目の色が変わった。
クリッと大きく見開かれたその瞳は、暗く淀み始め、ハイライトは姿を消した。緩んでいた口角は元に戻り、この場の空気が引き締まる。
「恋人、だよ。私と春人は恋人──もうただの幼馴染じゃないの。だって春人が告白してくれたんだもん。私に、告白してくれた。私たちは両想いだったの。だから結ばれた。だから、付き合うことができたの。だから、間違っても恋人じゃないなんて言っちゃ嫌だよ」
「ど、どうしたんだよ宵宮。なんか雰囲気ちがくないか?」
天真爛漫。
明るく誰にでも分け隔てない。
それが宵宮こころという女の子のはずだ。少なくとも、俺はそう認識していた。
しかし今の彼女は様子がおかしかった。
ここだけ切り取れば、まるで別人だ。
「春人は、ずっと私のことが好きだったって言ってくれたんだよ。昨日のこと、ちゃんと思い出してほしいな」
「俺は、本当にそんなことを言ったのか?」
宵宮は微かに口角を上げて、首を縦に振る。
信じがたい話だ。
少なくとも一昨日までの俺は、宵宮を異性としては見ていなかった。
仮に告白をするとして、”ずっと宵宮のことが好きだった”と言うとは考えられない。
「ごめん、宵宮。ちょっとトイレ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
俺はベッドから立ち上がると、テーブルの上に無造作に置かれたスマホを取りトイレに向かった。便座に腰を下ろし、早速、パスコードを解除する。
取り敢えず、状況を把握しないと。
もし宵宮と交際を始めたのだとすれば、彼女とは別れたことになる。
だが付き合い始めてまだ二週間足らず。自分で言うのもアレだが、かなりラブラブだった。
とても別れるとは考えにくい。
そこの事実確認をしておかないと。
「っ。あれ、どう、なってんだ」
彼女の連絡先を探す。
けれど、彼女の痕跡がどこにも見当たらなかった。
おかしい。
一体、どうなって。
「なに、探してるの?」
真正面から声が降ってきた。
聞き馴染みのある声。背筋がぞわっとした。
「よ、宵宮、なんで入ってきてんだよ」
「入られるとマズイことでもあるの?」
「そ、そりゃ見られたい場面ではないだろ」
「いや、私が聞いてるのはスマホの中身なんだけど」
「……っ。て、てか早く服着ろよな。目のやり場に困る」
「いや、そんなことよりさ」
俺は即座に話題を転換する。
今の宵宮は少し怖かった。
スマホを片手に、宵宮から視線を外す。
すると宵宮はぐっと顔を近づけて、俺の瞳の奥底を覗き込んできた。
「今、
妙な質問だった。
まるで俺の脳内を見透かしたような、じっとりと湿った声。
「え、な、なんだよ急に」
「私以外の女のこと考えちゃ嫌だな。私、束縛は強い方じゃないけど、嫉妬は強い方だからね。春人にはもう少し、私の彼氏って自覚を持って欲しいな」
宵宮は俺の手からスマホを取り上げると、そっと背中に手を回してきた。
女の子の柔肌の感触。
布地による壁がないため、直に感じる。
俺の意思とは関係なく、生理現象が始まって、身体に熱がこもっていく。
「は、離れて、宵宮」
「やだ。春人は私だけのものだもん」
宵宮がさらに密に接触してくる。
頭がどうにかなりそうだ。と、その時だった。
宵宮の耳に焦点が合う。一瞬、硬直する。
頭の処理が追いつかないまま、俺は一心不乱に宵宮の肩を強く押し出した。
「いっ。ぼ、暴力は嫌だよ、春人」
「なんで、宵宮がそのピアスつけてるんだ」
地球外生命体でも見るような感覚だった。
目の前の光景が信じられない。
目覚めてラブホテルにいた衝撃を超えていた。
宵宮はふわりと微笑むと、右の耳たぶに指を当てた。
「あ、これ? この前買ったんだ」
「買った? そんなわけないだろ。だってそれは、俺が作ったんだから」
彼女へのプレゼントにあげたもの。世界に一つしかない代物だ。
俺の趣味はアクセサリー作り。彼女は俺の少し変わった趣味を受け入れてくれて、俺のプレゼントを真っ直ぐな笑みで喜んでくれた。
それをどうして、宵宮が付けてるんだ。
宵宮はさらに暗く瞳を澱ませると、吐き捨てるように息をこぼした。
「……全部、あの女が悪いんだよ」
「え?」
「早乙女かなめ。このピアスはあの女から奪ったの」
早乙女かなめ。
俺の彼女の名前だ。
かなめと付き合っていることは、周囲には内緒にしていた。
学校内では普通のクラスメイトとして接していた。だから、宵宮から彼女の名前が出てくるとは思わず、呆気に取られてしまう。
「あんな地味な女が、春人に釣り合うわけないのに。春人は優しいから、あの子と付き合ってあげてたんだよね」
「な、なに、言ってんだよ」
「私は全部わかってるよ。春人は私のことずっと好きでいてくれてること。あの女のことなんてちっとも好きじゃないけど、告白されたから仕方なく付き合ってあげたんだよね。でも安心して。私が春人の代わりにちゃんと振ってあげたから。連絡先も消しておいたよ。じゃないと、またあの女が余計なことするかもしれないし。春人、、五歳のとき言ってくれたよね。大きくなったら、私のことお嫁さんにしてくれるって。こんな小さい時から将来の約束してるのに、あの女、なんで横取りできると思ったんだろうね。身の程しらないのって罪だよね。春人は奥手だから、ずっと私に告白できずにいただけで、実際はずっと私──宵宮こころっていう彼女がいるのにさ。彼女持ちの男に告白するとか、ただのアバズレだよ。人は見かけに寄らないね。でもよかった。私と春人はやっと一つになれたんだもん。もう、誰にも邪魔させない。邪魔するやつは許さない。春人は私だけのもの。私だけのものだから。ね? そうだよね。だから、あの女のこと二度と考えないで。あんな女に春人の貴重な時間を使う必要ないよ」
ただただ圧倒されていた。
俺の知っている宵宮こころと、今現在目の前にいる宵宮こころが同一人物とは思えない。
ズキンと、鈍器で殴られたような痛みが側頭部をほと走る。
目をすがめた瞬間、記憶の奥底に封じ込められていたものが蘇ってきた。
あ、あれ、そうだ。
昨日、俺、かなめとデートしてて──そこで宵宮とバッタリ会って。
隠し通すのは無理だと悟った俺が、かなめのことを彼女だと紹介したのだ。
その後、宵宮におすすめの店があるって教えられて──。
「……っ。なぁ宵宮、お前、かなめのこと──」
「それは思い出しちゃダメだよ」
「え、」
次の瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「春人、おはよっ」
目覚めると、白い天井が出迎えてくれた。
すぐ隣から脳がとろけるような甘い声が、耳元を掠める。
この甘美な声を聞くたびに、時が経つのは早いと痛感する。
ついこの間まで高校生だったのに、今では結婚までして社会人として働いているのだから。
「宵宮……」
「こころ、でしょ。奥さんのことを、旧姓で呼ぶのってどうかと思うな」
「ごめん。あれ、なんでだろ。昔の夢を見てたからかな」
「どんな夢見てたの?」
「あれ、なんだっけ。思い出せないや」
夢を見ていたのは確かだ。
ただ、その内容はすっかり忘れている。
夢の内容って思い出そうにも思い出せないから歯痒い。
「ねぇ春人」
これから出社することを考えながら、憂鬱な気持ちに苛まれていると、こころが俺の名前を呼んできた。
「ん?」
「嬉しい報告と、すっごく嬉しい報告があるんだけどどっちから聞く?」
「じゃあすっごく嬉しい報告から」
「え、そっちから聞いちゃうの? 美味しい方は最後まで取っておいた方がよくない?」
「いや嬉しいことは出来るだけ早く知りたい」
「そっか。じゃあ」
こころは俺の耳元に近づくと、囁くようにすっごく嬉しい報告をしてきた。
「赤ちゃん、できたみたい」
「は?」
「だから赤ちゃん。私と春人の」
「ま、まじ?」
衝撃的な告白に、俺は思わずその場でフリーズしてしまう。
ぽかんと口を開けて、放心状態に陥る俺。
「うん。まだ検査薬の段階だけど、今日、産婦人科行って確認してくる」
「お、おおう。て、てかそれなら俺も一緒に行った方がいいよな」
「大丈夫だって。春人は──パパはお仕事がんばってくれないと。これからもっとお金が必要になるんだし」
「あ、はは……現実感なさすぎて頭の処理、追いつかないわ」
俺、パパになるのか。
即座に飲み込める情報量ではないな。
「あ、だから嬉しい報告は今日の晩御飯を期待しててってこと。すっごいご馳走作っとくから」
「あぁ、超期待しとく。定時になったら速攻帰るから」
「うん待ってる。……えへへ、ずっと一緒にいようね春人」
「おう」
こころは俺に身体を預けてくる。
彼女とは幼馴染の関係で、高校生の時に付き合い始めて、社会に出て結婚して、ついには子供を授かった。
今後も、力を合わせて、手を取り合いながら、二人で、いや三人で生活をしていくだろう。
俺は本当にいい女の子と巡り会えた。
──ピロン
俺のスマホが鳴る。
見れば、メッセージが届いていた。
『先輩、今日の夜って空いてますか?』
職場の後輩からだ。
なにかと距離感が近く、俺に懐いている子だ。
あ、言っておくが浮気とかはしてないからな。
向こうは、ちょくちょく匂わせた発言をしてくるけど、俺はお嫁さん一筋だ。
ふと、視線を感じて首を回す。
すると、こころの様子が少しだけおかしかった。
「どうかしたか? こころ」
「んーん、別に」
こころはふわりと微笑むと、ベッドから起き上がった。
「ほら、朝ごはんできてるからリビング行こ」
「おう」
こころに手を引かれてリビングへと向かう。
一家の大黒柱として、これからは一層頑張らないとな。
そう、己を鼓舞する俺なのだった。
目覚めたら、幼馴染とラブホテルに居た件 ー恋人がいるのに、幼馴染と一線を超えるのは間違っているだろうかー ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj
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