第6話 君が猫よりワガママで甘えん坊だとは(中編)
見送りを終えて、俺は寝室に戻った。
夜明け前、タイマーの音に促されて願い石の儀式を行う直前まで、雨音はそのまま動かなかった。
日中はそれでも何とか普通に生活していたが、日が暮れると雨音はまた少しずつ動けなくなり、ぼんやりすることが多くなった。
俺のエサも忘れているが、雨音はそもそも今日ほとんどごはんを食べていない。
心配でたまらないが、俺が今するべきことはごはんを食べてと騒ぎ立てることじゃない。1日くらいならきっと大丈夫だ。
俺は自分の心配を解消することよりも、ただ静かに雨音に寄り添うことを心掛けた。例え雨音が俺を見てくれなくても。
月が出始め、俺はまーおと鳴いて雨音の膝に乗った。電気もつけずに座り込んでいた雨音ははっとして願い石の儀式の支度を始めた。こればかりはがんばってもらわないと、今までの時間と手間がダメになってしまう。
何とか儀式をすませ、雨音は俺を抱きしめた。
「ありがとう、マオ。あなたがいてくれて良かった」
雨音。やっと俺を見てくれた。俺は嬉しくて喉を鳴らした。
「ダメね、私。蓮がいないと何もできなくなっちゃうの。大人なのに、しっかりお留守番できなきゃいけないのに」
雨音は俺がいることにようやく気付き、不安な気持ちを話し出した。
「昨日も蓮に無理をさせたわ。きっと大変だったわ。新幹線なら寝ていられたのに。本当は新幹線に乗って行ってほしかったの。でも、もう少し一緒にいられるって思ったら、そう言えなくなっちゃった」
そうだね、雨音。でも、大丈夫だよ。俺も蓮もわかってるから。
俺は雨音に頭をこすりつけた。雨音が少し笑い、少し泣いた。
「早く帰ってこないかな。でもきっと昨日はあんまり寝てないでしょうから、危なくないように今日はよく寝てほしいな」
でも早く帰ってくるといいな、と雨音は呟き、涙を拭いた。
「ごめんね、マオ。エサ、遅くなっちゃったね。お腹すいたでしょう」
雨音は立ち上がって電気をつけた。俺は雨音が笑顔だったので嬉しくなった。
俺はいいから、雨音がごはんを食べてよ。
俺は雨音の足元をくるくるしながらしっぽをぴんと立てて、にゃーあと鳴いた。
雨音は俺がエサをぱくぱく食べると嬉しそうにしていた。見守られて食べるエサはいつもよりおいしく感じる。
俺も雨音のごはんを見守りたかったが、雨音は食欲がないようでごはんを食べようとしなかった。
それでも俺が雨音が振るおもちゃにいつもより元気に飛びついてみせると、微笑むくらいの元気は出たようだ。俺は張り切り、雨音のために懸命に飛んだ。
風呂から上がった雨音は、さっきまでのげっそり疲れた顔ではなくて、ちょっとだけ元気を取り戻したように見えた。
俺も昔は風呂が好きだったのだが、どうして今はこんな時でも一緒に入りたいと思えないのだろう。猫の性質にそこまで取り込まれてしまったのか。
雨音はお茶を飲みながら、俺にずっと話をしてくれた。眠れないのだろう。それでもいい、お茶を飲んでくれただけでほっとする。雨音は結局ごはんを食べなかったから。
雨音の話は蓮のことばかりだ。仕方ない、いいよ、聞くよ。話しているだけでも少し落ち着くようだから。でももう少ししたら、眠れなくても横になろう。昨日もあんまり寝ていないのだから。
不安のせいだろう、雨音はずっと俺の体を触っている。どうぞ触ってくれ。
俺にはもう魔王の力はない。だが俺は最強の愛玩動物になったのだ。癒しの力は半端じゃない。
雨音、俺は全力で君を癒す。さあ、喉のごろごろを聞いてくれ。そして眠くなってくれ。少し横になろう。
俺はあらん限りの力で毛をふわふわにした。できているかはわからないが、こういうことはイメージすることが大切だ。雨音、ほら、気持ちいいだろ、癒されて眠くなるだろ。
しかしせっかく俺に癒されたであろう雨音の手の動きがゆっくりになり、大きな目がとろんとしてきた時。
俺の耳はあの音に気付いた。
今かよ!
憮然としていると、じきに雨音も気付いた。
「えっ、でも、まさか」
大きな目をぱっちり開けて、雨音がそわそわと立ち上がる。
聞き慣れた車の音がいつもの場所で止まり、ドアの開閉する音がした。雨音は駆け出していた。
俺は不機嫌なまま、仕方なく雨音のあとに続いた。
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