閑話 シーエはきっと役に立つ
斎藤健二が王家へのデモンストレーションとして、小手調べと称した練習試合を行ったその日の深夜。
一行は王家の客として秘密裏に招かれていた。
ただし斎藤健二もバカではないため、このまま敵国の魔道具を持ったシーエを王城で寝泊まりさせるのに不安を覚えたのか、彼女だけは創造神の神殿にて隔離しておくことにしたらしい。
恐らく、国の暗部やその他手勢から奴隷として認識されているシーエを守り切るよりも、神殿にて隔離した方が手っ取り早いと踏んでいるためだろう。
そして、現在はそんな隔離されたシーエが例の如く個室で『ドクター』と名乗る者とのやり取りをしている場面から始まる。
「ドクター。ドクターいる? こちら実験体1562cf、極めて重要な報告がある」
「はいはい、今ちょっと手が離せないから待ってねー」
なぜだか少し気落ちしたようにも見えるシーエの通信に、ドクターはいつも通りの気軽さで対応する。
そして通信を開始してから数分後、向こう側でドタバタと忙しそうに動き回るドクターの音を聞きながら待っていると、ようやく落ち着いた様子で声を掛けて来た。
「で、どうしたの実験体1562cf。極めて重要な報告と聞いたのだけれど」
「うむ。実はちょっと、計算外のことが……」
実験体1562cf、もといシーエにとって計算外の事とは一体何なのか。
マナ枯渇の事を伝えきれていなかったりと、彼女が実は意外と抜けている事を知らないドクターは訝しみつつも話を聞く。
「計算外のこと? あなたがそう言うなんて珍しいわね」
「こればかりは致し方なし」
「そんなにとんでもない事なの?」
「そう」
素知らぬ顔で肯定するシーエ。
一体彼女の何がそこまでの自負を生み出すのかは定かではないが、自分にとって計算外の事はだいたい『とんでもない事件』としての管轄になるらしい。
その後、一泊置いた後にシーエは語り始めた。
まず一つ目、自分達の世界の同胞たちが既にこの世界を荒らしまわっており、どこからかドクターの開発した魔道具であるこの首輪のレプリカを入手し、そして運用している事。
二つ目、自分と協力関係にある男の配下、もっと言えばミゼットと名乗る女の現地人があまりにも強く、その戦闘力は亜神と同格か──あくまでもシーエ視点──もしくは凌駕するかもしれない事。
三つ目、そのミゼットと名乗る女よりもどうやら協力関係にある男の方が強いらしく、男がその気になれば、もしかしたら自分は抗えずに手籠めにされ、万が一、億が一の確率で任務を失敗してしまうかもしれないという事。
以上の三点であった。
ちなみに、実際一つ目の報告に関してはその通りではあるが、二つ目と三つ目に関してはシーエの妄想である。
だが昼間に行われたデモンストレーションがあまりにもショッキングであったのか、震え声で報告をする彼女の態度がより信ぴょう性を醸し出し、ドクターは真実として受け止め始めていた。
「そんなに危機的な状況に陥っていたのね……」
この報告にドクターは思案し、どうしたものかと首をひねる。
だが、一つ目の報告はともかくとして、協力者が強いという事は朗報ともとらえる事ができる。
その判断を下しにくい状況の中で揺れながらも、自らの生み出したホムンクルスの存在と、任務の成功を天秤にかけてドクターは問いただした。
「実験体1562cf。あなたはどうしたい? まだ任務の続行は可能と見ているの?」
「む? それは大丈夫。状況的には危機的であっても、ワタシは決して諦めない。ワタシはドクターに全てを託されて送り出された最高傑作。実験体1562cf。ホムンクルスのシーエだから」
シーエはさきほどまでの震えはどこえやら、ケロリと表情を変えて決意を新たにする。
どうやら危機的状況だろうとなんだろうと、自分は大丈夫という謎の自信が渦巻いているようだ。
また、その自信にドクターも何か感じ入る所があったのか、しばらく沈黙を保ったのち口を開いた。
「ホンムクルスのシーエ、か……」
「そう。このコードネームは
キリリッ、と眉を眉間に寄せてドヤ顔を決める。
「そ、そう。私の教育プログラムを最優秀で通過したあなたほどの逸材が言うのなら安心ね。期待しているわ」
「大丈夫、期待してて。きっと私はドクターの役に立つと思う」
どうか期待していて欲しい、自分はきっと役に立つ。
そう語るシーエはどこか必死で、自分でも感情をよく認識できていない。
ただ、その姿はまるで親に認めてもらうために頑張る小さな子供のようであった。
そしてそっと、その部屋の外で静かに状況を盗み見していたデウスが呟く。
「期待していて欲しい。役に立つ。……成程。方向性は違えど、あの少女もまた昔の私と同じ悩みを持っていたという訳ですね。最初は我がマスターに近寄る不審者として、怪しげな証拠を捉え次第拘束しようかと思っていましたが。……これはこれで、実に素晴らしい情報を得る事ができました」
そこまで呟き納得すると観察をやめ、最後に「我が宿主としての資格は十分にあるようです」とだけ言い残し、その場から立ち去って行ったのであった。
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