閑話 実験体1562cf
途方に暮れていたシーエが斎藤健二と出会い、創造神の神殿での一時を終えてから数時間後。
とりあえずという形で自分自身の個室を与えられ、明日の旅立ちに向けてベットで寝静まるよう言いつけられたシーエは、夜中にゴソゴソと自分の首輪を弄り倒していた。
一見奴隷用にすら見えるその首輪の内側には複雑な魔術文様が描かれており、魔力を通すといくつかの機能が発現するように仕組まれているようである。
斎藤健二はこの事を知らないようであったが、シーエはこれといって説明する事はなく、何食わぬ顔で首輪の機能を使用した。
「……連絡を待っていたわ。獣人型ホムンクルス、実験体ナンバー1562cf、応答しなさい」
「こちら1562cf。通信に問題なし、状況は良好。ドクターも元気そうでなにより」
「ええ、私は元気よ。どうやら無事に異世界へと到着したようね。三日も連絡がなかったから心配していたわ」
首輪に内蔵されていた魔法陣が起動し、自らをこの世界に送り込んだ組織の組員と思われる存在とコンタクトを取る。
この者が何者なのかは未だ不明だが、実験体と呼ぶ割には僅かばかりの愛情があるのか、気遣うような会話が聞こえてくる。
斎藤健二の言う通りであるならば、確かに悪意のある存在という訳ではないようだ。
そして自らを心配していたという単語に犬耳をピクリと反応させたシーエは、いつものように顎に指をあて、したり顔でさすさすしながら状況説明を始めた。
「この三日に関しては現地のエルフと交戦状態に入っており、通信を行う余裕がなかった」
「え!? ちょっと! 現地民との
「もちろん無事。優秀なホムンクルスであるワタシが負けるはずもなく」
「……全く。負けるはずもなく、じゃないでしょうに」
どういう思考回路からそういう結論に行きついたのか、確かに嘘ではないが真実とも言いづらい爆弾発言にドクターは困惑する。
この言い方だと、まるでシーエがエルフ達を殲滅し安全を確保したかのように聞こえるが、実際はもちろんそうではない。
交戦状態に入った瞬間に多勢に無勢で即刻捕獲され、監禁されていたのだから。
しかしシーエは見栄を張りたいのか、さらに説明は続く。
「ドクターの心配は分かる。しかし、それは杞憂に過ぎない。なぜならワタシはエルフと友好的な現地の男と友好関係を結び、既にヒト族の女と狐の獣人、そしてアンドロイド型の機械人形を含め、エルフの集落を傘下に置いている。ワタシは既にこちらの組織のナンバー2にまで上り詰めている」
誰も見てない部屋の中で、ニヤリと笑みを滲ませながらドヤ顔を決める。
「な、なな、なんですって!? もう集落ごと多種族をまとめあげたというの!? ……その話が本当だとしたら、やはりあなたは相当優秀なホムンクルスだわ。あなたを生み出した私も誇らしい」
「むふー」
ホムンクルスである自らを生み出した存在である女性に絶賛され、鼻息を荒くするシーエ。
真実とかけ離れた報告ではあるが、この罪悪感の無さを鑑みるに、恐らく本人の中では本当の事なのだろう。
人間の男に拾われたという状況は正確に認識していても、エルフに捕まった自分をいとも簡単に連れ出した事や、ミゼットや紅葉やデウスといった仲間に指示を出していた事から、優秀な自分を拾いナンバー2に据えた斎藤健二が、こうして個室を与えたと思っているのかもしれない。
しかし、確かに斎藤健二が持つ繋がりを会社的な意味合いで捉えるならば、ナンバー2として重宝されている建前があるのならば樹形図的にはそう思っても不思議ではない。
恐らく、組織とやらで機械的に育てられたシーエにとってはこの考え方がしっくりくるのであろう。
本人の中ではナンバー2になった理由も、自分が優秀な実験体であるからという自負が強い故である。
かなり無理がある解釈だが、本人がそう思い込んでいるのだからどうしようもない。
「凡その状況は理解したわ。じゃあ、今度はこちらからの報告ね」
「ふむ?」
「あなたも知っての通り、こちらの世界の亜神の数柱がそちらの世界に赴いたわ。こっちで有名だった人間の使徒や冒険者、または騎士なんかを連れているから、恐らく戦いを吹っ掛ける気なのでしょうね……。マナの枯渇によって、亜神達も相当焦っているのが見て取れるわ」
「ふむ……」
ドクターは少し気落ちした声でそう語り、状況の深刻さに歯噛みする。
それもそのはずで、もし仮に亜神がこちらの世界の創造神や亜神に喧嘩を売り敗北してしまった場合、もはや交渉の余地など残っていない最悪のケースになるのが分かっているからだ。
別のケースとして、実際に喧嘩を売ってから戦いに勝ち世界を支配したとしても、そもそも創造神というマナの源流がなければ再び世界からマナは枯渇し、次の世界を侵略しなくてはならないサイクルに陥る事になる。
これでは明らかにジリ貧であり、何の解決にもなっていない。
「真の意味でマナの枯渇問題を解決するには、創造神の理解と協力が不可欠だというのに、こっちの魔神と龍神、破壊神と来たら……。あいつらがそちらの亜神に喧嘩を売る前に止める為にも、なるべく早急に事情の説明が必要なの。分かるわね?」
「分からなくもない」
ちょっと難しい話になりそうだったので、シーエは分かっているフリをして生返事気味に答えた。
「分かっているならいいわ。最終的に創造神と連絡をつけられれば理想ではあるけど、最悪そちらの世界の亜神の一柱だけでもいいわ。早急にコンタクトを取りなさい。伝えるべきはこちらの世界から向かったバカ共の脅威と、マナの枯渇現象の説明。最終的に創造神の逆鱗にさえ触れなければやりようはいくらでもあるから、その事だけに注意して任務を遂行する事。以上よ」
「分からなくもない」
「……本当に分かってる?」
「大丈夫。余裕」
全く余裕じゃないが、分かったフリは継続するらしい。
しかし、シーエは思う。
ちょっと話の内容は難しかったけど、やっぱり創造神と話をつければ全部解決っぽい、と。
それだけ納得するとドクターとの通信を切り、コンタクトを終了した。
果たして彼女が創造神の正体に気付けるのかは分からない。
だが、「とりあえず今日の話をケンジにそれとなく伝えておこうかな」と思う今日この頃であった。
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