閑話 戸神源三


「ふむ、こんなものか……」


 斎藤健二さいとうけんじが現代に戻る少し前、場所は変わり陰陽師一族の屋敷の、その中央。

 小さな妖を敢えて素通りさせることで、逆に強者への抵抗力を強めた大いなる陰陽師の結界は、九尾の大妖怪のたった一突きの手刀の前に崩れ去った。


 そんな圧倒的な光景を見た戸神家の元当主、現世における最高の陰陽師と名高いその老人は、何の抵抗も無く崩れた結界を見て呆然と呟く……。


「馬鹿な……」

「馬鹿なも何もあるまい。よもやこの余の前で、この程度の結界が意味を成さぬ事など陰陽師であるならば分かるじゃろう? ……それとも、千年の時を経て人間は頭まで悪くなったのか?」


 そう敵に言われ我に返った最高の陰陽師、戸神源三は想定以上の力を持つ大妖怪を呪い殺さんばかりに睨めつけた。

 なにせ結界が破られた以上、既にこの屋敷は何の守護もない剝き出しの状態に他ならない。


 もし仮に、この眼前に迫る九尾の大妖怪とその眷属達が束になって一斉攻撃を開始すれば、呆けていた今の一瞬に命を刈り取られていてもおかしくはなかったのだから。


 純然たる事実としてこの事が自覚できるからこそ、源三は自らを屠れる好機をわざと逃がしたこの大妖怪の余裕、そして力の差を認識し歯噛みせざるを得なかったのだ。


「ぐぬぅ」

「……はぁ。こりゃあ反則だぜ源三の爺さんよ。確かに邪神ってやつはどいつもこいつも厄介だが、こりゃあそんな言葉で表現できる次元か? 母国の魔王すら三日は食い止める事が出来る結界を、たった一撃、それも素手でとかありえねぇだろう……」


 邪神という存在の格を始めて目の当たりにしたハリー・テイラーも、実際に感じるその力に若干諦めが入る。

 彼とて過去の偉人達が成してきた歴史を文献から紐解き、邪神という存在がいかに桁外れなのかという事は重々自覚していたし、油断もしていなかった。


 その上で、今の自分の実力ならば戦力足り得るだろうと、そう踏んでこの決戦に挑んだのだ。

 しかし蓋を開けてみればこの結果。

 比べる事すらおこがましい程の実力差に握っていた銃の感覚すら消えうせ、あまりに濃い妖力に視界が霞む。


 とはいえ彼とてただの傭兵ではなく、それこそフリーのエクソシストの中では最強格に入る強者だ。

 敗北が濃厚だからといって膝を屈する事はないし、出来る限りの時間稼ぎくらいはするだろう。


 だが、所詮はそれ止まり。

 数刻程の時間を稼いで、終わりだろう。


「はぁ~。こりゃあ、さすがにこの国は終わりかねぇ……。どう思うよ爺さん」

「若造に言われんでも分かっておるわ、そんな事はな。それより、お主こそさっさと本気をだせぃ。……いざという時の逃げの一手として力を温存しておるのを、儂は知っておるぞ」


 そう愚痴る源三の推察は凡そ当たっている。

 傭兵最強の名を冠するだけはあり、彼の手札の中にこの状況を一時的に覆す手段がない訳でもない。

 しかしそれは最後の最後、一番どうしようもなくなった時の奥の手として存在しているため、本当に命が危なくなった時の逃げの手としてしか使う予定がないようであった。


「所詮は雇われの傭兵か……」

「なんとでも言うんだな。どんな報酬も命あってこその物だ。……といっても、今ここで何もせずズラかる訳じゃねぇ、そこら辺は信用してくれていいぜ」

「ふん、どうだかな」


 語っている間にも源三はまだ若い陰陽師や、この家の現当主である戸神砕牙を後方に下がらせる。

 自分達には劣る力しか持たないとはいえ、戦力的には居ないより居た方が良いと分かっているが、それでも死ぬには順番というものがあると、そう思っているからだ。


 命の優先順位や重さなど決して人が計れるものではないが、だとしてもまず最初に死ぬのはこの老いぼれであり、最も時間を稼げる可能性が高い自分であると、そう判断したからこその覚悟でもあった。


 そしてそんな思惑を知ってか知らずか、九尾はたっぷり逃げる時間を確保するように、悠々と正面から眷属を連れて歩いて来る。


「ほれほれ、お前達の力はそんなものなのか? 今代の陰陽師とやらの意地を余に見せてみろ。こちらに対抗する術があるからこそ、こうして結界などという時間稼ぎを試みたのだろう? ……なら出し惜しみはやめた方がいいのう。……さもないと、お前達が期待している男が戻るまで、そう長くは持たないかもしれぬぞ?」

「戯け。あの男が貴様の前に現れたが最後だという事を、正しく認識しておらぬようじゃな。都合がいいわい」


 源三はどこかで確信している。

 謎の力を持つ斎藤健二という男の格が、この九尾の存在を超えるだろう事を。


 なぜかは分からない。

 しかし、どうしてだかあの男の道がここで潰えるような未来が想像できないのだ。

 これは第六感によるものなのか、それとも別の何かなのか正確に認識はできないが、しかしそれでも確かな事は一つだけある。


 じりじりと迫る敵に対し構えるでもなく、先ほどのように睨めつけるでもなく、それこそ絶対的に優位な立場にいる者が下の者を嘲るような表情で口を開いた。


「ああ、おかしいのう。実におかしい。なあ九尾よ、そうは思わんか。……貴様という大妖怪が生み出した娘のうち最後の眷属、一尾の姿がどこにも見当たらないではないか。……確か九尾の眷属というのは、決して大本である玉藻御前の命令には逆らえず、そして繋がりを断つことも出来ないのではなかったのかな?」

「…………何が言いたい」


 一瞬にして張り詰める空気。

 大気が震え、空間が軋む。

 故にこそ分かるものがある。

 それはこの挑発があの大妖怪に対し、大いに効いているという事であった。


「何、これから貴様に殺されるであろう老いぼれからの、ちょっとした助言じゃよ。心して聞け九尾。貴様が思っている程、かの斎藤健二という男の底は浅くないぞ? ……それにな」


 ────その男を一番に注視し、警戒しているのは他ならぬこの地の土地神である、……お前なんじゃろう?


 と、源三は笑うように呟く。


「貴様、何を知っている? それに余が土地神だと? 馬鹿な話もあったものだ」

「さてなぁ。だがこの眼で貴様を実際に確認し、文献を見て思った事がある。……千年前の時代、今の状態の九尾が本気で暴れたにしては、大妖怪の封印というエピソードがあまりにもこちら側に都合がよく、上手くまとまり過ぎている、とな」


 言いたい事は言ってやったと、そう表情に滲ませてニヤリと笑う。

 そして、「人生最後のおしゃべりは、ここまでにするかのう」と、そう言って源三は自らの武器である数珠を取り出した。


「さあ勝負じゃ大妖怪。今代の陰陽師が一人、戸神源三がこの命を以て貴様という試練に示そう。……まだまだ人間も、捨てたものではないという事をな」

「フン。……小癪な爺め。知っていてなお戦いを挑むとは、やはり人間とは度し難い生き物だな」


 九尾は敢えて眷属達を下がらせ、ハリーの方に向かわせる。

 どうやら、この戸神源三という男にわずかばかりの興味を持ったようだった。


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