迷宮攻略2


 一ヶ月間の環境調整を経て、ようやく黒子お嬢さんの修行場が整ったので神殿内で日夜鍛えている二人を呼びに行った。


「おーい紅葉、黒子お嬢さんの修行は順調かー」

「ぬぁぁぁぁあああ!!? 止めるのじゃ! 止めるのじゃ陰陽師の女子おなごよ! 儂の命は一つしかないんじゃぁぁああ!!」


 いや、どういう状況だよ。


 なぜか神殿に戻ると、紅葉が庭で黒子お嬢さんの陰陽術の的になっていた。

 神殿前の庭をビュンビュンと飛び交う魔力で出来た鳥型の召喚獣に追いかけられ、必死の形相で逃げ回っている。


 傷一つないところを見るに寸止めする気で攻撃しているのだろうけど、レベル差のある紅葉を相手によく戦えているな。

 鑑定してもレベルは相変わらず30程度なので、スキルの方に仕掛けがあるのかな。


 異世界の職業レベルに換算すると紅葉の力は35くらいなのに対し、レベル30の黒子お嬢さんが圧倒的な戦況を作り出している所を鑑みて、陰陽術と相性の良い新しいスキルでも芽生えてそうだ。


「鑑定っと」


【異世界人:戸神黒子】

異世界人Lv:30

スキル:魔力5倍、経験値獲得補正2倍、スキル獲得補正2倍、口寄せの術


 ……あれか、この口寄せの術っていう奴か。

 このスキルのおかげであの鳥型召喚獣が口寄せされ、本人の意思の下攻撃を行っているのだろう。


 元々こんなスキルはこの世界には無いし、俺が知る限りでは生き物と契約する【召喚魔法】みたいな物しかない。

 だとすると、これは異世界人である彼女の技術にこの世界の側が影響を受けて、新たに開発された新スキルという事になるな。


 これはこれで新しい発見だ。

 異世界人という新職業を獲得した時もそうだったが、この世界側がアップデートをされる事もあるんだな。


 さらに詳しく鑑定すると、このスキルは実体を持たない霊魂のような存在を自在にコピーし、魔力を対価に使役する術らしい。

 既存のスキルである召喚系の魔法と大きく違う所は、召喚は命ある者との契約、口寄せはこの世ならざる者の複製といったところだろうか。


 例えば一部の妖怪なんかがその『この世ならざる者』に当てはまるだろう。

 恐らく、あの鳥型の召喚獣は黒子お嬢さんがどこかで出会った鳥妖怪の線が濃厚である。


 鳥妖怪の能力を魔力でコピーしてラジコンのようにコントロールし、紅葉を攻撃しているといったところか。


 燃費とか詳しい事は分からないが、まあ魔力5倍のスキルを持つ彼女に相応しいスキルと言えるかもしれない。


「はい、そこまで! 二人共お疲れさん。さっそくだけど新しい修行場の準備が整ったからそっちへ向かうよ」

「こ、この声はおにぎりのおのこ!? た、助かったのじゃあ!」


 俺を認識するなり紅葉が駆け寄り、半泣きのまま飛び込んでくる。

 いくら長い封印生活で陰陽術がトラウマになっているとはいえ、そんなに怖がらなくとも無傷じゃん……。


 これを見て確信したが、やっぱ紅葉に戦闘は無理だわ。

 こいつは正面から戦う事を諦めて、危ない時は逃げ隠れしつつ平和に生きていた方が良い。


「あ、斎藤様! 私やりましたよ! ついに新しい力に目覚めました!」

「ああ見てたよ。凄い能力じゃないか」


 実際彼女の努力には敬意を表す必要があるだろう。

 こんな娯楽の無い空間で二ヶ月弱、ずっと修行に明け暮れていたんだからな。


 俺も以前はそのくらいしてたが、今回のこれはあの時以上の猛特訓である。


 それからしばらく休憩した後、鑑定結果を元に黒子お嬢さんの成長を評価し、少しだけ新しい修行場である迷宮の話をしてから現地へと向かう事になった。


 迷宮の話について彼女は「あ~、新しい異空間なんですね」くらいに捉えていたので、ここの施設を利用してからだいぶありえない展開への耐性がついてきたように思える。

 むしろそのくらいの方が感覚が麻痺してて疑われる心配も少なく済むので、ありがたい事ではあるのだけども。


 余談だが、迷宮での修行に紅葉は足手纏いになるので、神殿に置いて行く事に決まった。

 最近はおにぎりのストックが切れてきて元気が出ないらしいが、まあ死ぬわけでもないしそろそろ買い出しに行こうと思ってるので大丈夫だろう。


 一人でお留守番する事には本人も賛成で、戦いに参加せずゆっくりできるとあってさっそくゴロ寝するための布団を用意していた。

 訓練が無いからといって食べて寝てばかり居たら太るぞと言いたい所だが、正直妖怪の生態がどうなっているかは分からないので余計な事は言わないでおく。


 もしかしたらカロリーは全部妖力に変換されてるかもしれないしな。


 そうこうして布団の中で丸まった紅葉の、どこまでもテキトーな見送りを受けて外に戻った現在。

 連れて来た黒子お嬢さんとジーンの顔合わせを行い、とりあえずという事で軽く自己紹介をさせていた。


「へぇ~、彼女が君の言ってたオモチャか~。ふんふん、なるほどねぇ」

「え、お、おもちゃですか? え~っと……」

「ああ、僕の事はジーンと呼んでくれたまえよ。こう見えて君よりだいぶ年上だけど、気安く呼び捨てにしていいよ!」


 ジーンは黒子お嬢さんをくまなく観察し、何かしらに納得しつつ首を縦に振っている。

 俺には分からないが、何か気になる所でもあったのだろうか。


 あとさっきも言ったがオモチャじゃなくて仲間だから。

 認識の違いを追及したところで無駄なので、言葉にする事はないけども。


「なるほど、ジーンさんですね。宜しくお願いします。少年としか思えない外見なのに私より年上という事は、やはりジーンさんも斎藤様と同じように仮初の姿なのでしょうか? 御耳もずいぶんと長くて個性的ですし」

「むっ! 鋭いね君!」


 おお、そう来たか。

 確かに俺が若返った事に対しては、創造神の神殿やこの迷宮は仮想世界のようなものだと本人は理解しているし、その影響で見た目が変わったと思っている節がある。


 故にこのジーンのエルフ姿にも違和感を覚えず受け入れる事ができたという訳だ。

 うむ、実に都合が良い。


 ただ、その意見に対して鋭いと言うジーンの意図が分からない。

 はて、こいつはどうみても本体のようにしか見えないが、まさか俺と同じようなアバターか、もしくは似通った能力を持つ分身のようなものを操っているのだろうか?


 分からんが、まあいいか。

 こいつの姿が仮初であろうとそうでなかろうと、大した問題はないしな。


 要所要所で一般的な考えとズレているというか、歪んでいるところはあるが別に悪い奴には思えない。

 であるならば、無理に追及する事も無いだろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る