怪しい依頼1



 無事に試験官である冒険者ギルド職員に認めてもらい、俺の戦いを見学していた獣人達もこの者ならばということで納得していた。


 獣人はなんていうか、個人の力による実力主義みたいなところがあるな。

 ヒト族は王や貴族に必ずしも武力を求めないけど、獣人の価値観でいくと強い者が王、強い者が正しい、みたいな空気を感じる。


 その代わり強き王は民を守らなければならないといった、ヒト族の権力者よりも強い正義感を持っているようだが、とにかく独自の世界観や価値観があるようだ。


「それではこちらが天種様のギルド証、Fランク冒険者のカードになります」

「うむ、ありがとう。のうのう、皆よ見てたもれ。儂、冒険者になった」


 そう言って紅葉は作りたてのギルド証を見せびらかし、冒険者たちによく見えるように掲げて飛び跳ねる。

 自分が人間に認められて居場所が出来たのが嬉しいようで、二尾になった狐の尻尾もフリフリと動き喜びを表現していた。


 反応は様々だが、主に獣人から祝福されている事が多い。

 たまにヒト族の冒険者が興味無さそうにしていたり、エルフの冒険者が駆け回る紅葉を煩わしそうに見ているけども。

 まあ天獣人は確かに珍しいかもしれないけど、同種族以外の者にとっては普通より才能や将来性がありそうな獣人の子供、という認識だろうしな。


「さて、身分証も確保した事だしさっそく何か依頼でも受けようか」

「んあ? 依頼かえ?」

「そうそう、冒険者ってのはいわゆる何でも屋だからな。依頼を受け達成してこそ一人前だ」


 まだ自分の手に入れた身分の事をよく理解していないらしいので、とりあえずまた今度じっくり教えてやればいいかと思い放っておく。

 手持ちの金には余裕があるとはいえ、そろそろ本来の目的であるレベル上げと、最近追加された目的である魔族の足取りを追うために、ギルドの掲示板から目ぼしい依頼が張り出されていないかチェックする。


 中級冒険者としてCランクの資格を持つ俺が受けられる依頼はかなり多く、明らかにヤバそうな空を飛ぶ巨大クジラの討伐や、中位の火竜を討伐し素材を採取してきてくれなんていう非常識な依頼じゃなければ、だいたいは受注可能なようだ。


 ちなみに空飛ぶ巨大クジラっていうのはたぶん、俺が世界を創造したての頃に人間種を食い荒らしていたあのクジラだろう。

 確か原始時代に英雄となったヒト種の『ダーマ・ラルカヤ』と、ハイ・エルフの『ララ・サーティラ』によってだいぶ駆逐されたはずだが、まだまだこの惑星には生き残りが居るらしい。


 まあ生き残りが居たのかとは言うが、別に無理して絶滅はしなくていいんだけどね。

 俺が人間であるだけに人間種を贔屓している事は認めるが、クジラだって何も悪意があって人間を襲っているわけじゃない。


 ただそこに食料があるから腹を満たすために襲っている、というだけだ。

 野生動物に善も悪もないだろう。


 ただ火竜の討伐っていうのはちょっと問題だ。

 創造神である俺の神託によって竜は基本的に中立な存在となっているので、それを自らの欲望を満たすためだけに襲い掛かるのは勘弁してもらいたい。


 龍や竜の素材は確かに有用だが、あいつらが本気で機嫌を損ねたら人類なんて一瞬で滅ぶからな。

 なんたって最強の龍神を敵に回すんだ、勇者が居たって止めようがない。


 まあ基本的には討伐しようとした頭の悪い人間種なんて一瞬で返り討ちにあい、そのまま息を引き取って大地に還るだけなんだけどな。

 ただちょっと、わざわざ最強種である竜に喧嘩を売るという馬鹿な依頼主の事が気になったので、依頼をもう少し詳しく見てみる事にした。


【火竜の討伐】

火竜の部位素材がとある儀式に必要だ。

主に瞳、角、心臓があれば十分だが、出来る事なら全身の素材があれば尚よい。

依頼の達成は瞳、角、心臓のどれか一つだけでも達成と見做す。


達成報酬は白金貨500枚だ。

それ以上の火竜素材はまた別途、質に応じて必ず買い取らせてもらう。

もし依頼達成に必要なのであれば、私の組織からも人を出そう。


依頼人:アドラ


 ……怪しい。

 あまりにも怪し過ぎる。

 一匹とはいえ火竜という超強敵を相手にする以上、報酬である白金貨500枚というのは確かに妥当だ。

 白金貨は1枚で日本円換算で100万円程のレートがあり、それが500枚という事は5億円にも相当する。


 達成報酬だけでこれなのだ、それとは別途素材を売却すればいったいどれ程の金額になるのか、想像もつかない。

 当然この世界の人間からすれば、一度火竜を討伐するだけで一生安寧に暮らせる大金になるだろう。


 だが気になるのはそんな大金を支払ってまで、何らかの儀式に使うという点がとにかく怪しい。

 もっと言えば、組織の人員というのも気になる。


 思い出すのはマナの不正利用により魔神と化した元原始龍の存在。

 この素材は龍ではなく竜だが、それでもドラゴンの素材を使って儀式をするという行為に、何か似通ったものを感じざるを得ない。


 ドラゴンという種族はそれだけ別格の存在なのだ。


 確かガルハート伯爵領で見かけたあの魔族も何らかの儀式か、もしくは他の魔族の手によって魔族化されたはずだ。

 怪しいというだけで確実な証拠は何も無いが、それでも普通の人間が知り得ない情報を持つ創造神という立場だからこそ、僅かに引っかかる違和感がある。


 とはいえCランクの俺では今すぐにこの依頼を受ける事はできないので、この依頼を受けようとする人間を観察し様子を見ることにした。

 幸い張り出されたばかりなのに、報酬に釣られて受けようかどうか迷っている冒険者チームが依頼の傍でたむろっている。


 ひとまず今回は彼らに狙いを定め、何食わぬ顔で会話を盗み聞きすることにしよう。

 ただこの騒がしい冒険者ギルド内で、相手に気付かれない距離から盗み聞きをするのは困難だ。

 ここは感知能力に優れた紅葉に手伝ってもらおう。


「紅葉、あの冒険者達の会話って盗み聞きできるか? もちろんバレないように」

「んー、余裕じゃぞ?」

「なら会話内容を俺に教えてくれ」

「あいわかった」


 俺からの頼みを引き受けた紅葉はそっぽを向き、冒険者達には視線を合わせないようにして、すまし顔をしながら耳だけピクピクと動かす。

 うお、さすが過去に諜報活動だけで生き抜いてきたビビリ妖怪だ、やり方がプロっぽい。


 さて、これで鬼が出るか蛇が出るか、様子を窺う事としよう。

 もちろん魔族と思わしき依頼主の足取りを追うのは他でもない、神殿のレベル上げをするためにアチーブメントを達成したいから、というだけである。



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