多種族の町にて3



 俺の試験を実施するという事で、ギルドに備わっている訓練場のような場所に案内された。


 立会人には言い出しっぺの狼獣人の受付嬢と、その受付嬢の話を聞いて現れた試験役となるギルド職員。

 そして当然着いてきた紅葉と、なぜかゾロゾロとやってきた獣人の冒険者が幾名か存在している。


 恐らく獣人の冒険者は天獣人である紅葉の追っかけと、その兄の見極めに来ているのだろう。

 実際には天獣人である紅葉の試験をする訳ではないので、紅葉の事を気にかけていた獣人以外の冒険者は着いて来なかったようだ。


 試験官である相手役の職員は明らかに歴戦の強者といった風体の肉弾戦タイプのようで、鑑定では格闘戦と大剣の扱いに長けたライオンのような鬣を持った獣人である。


 地球では百獣の王といえばライオンだし、明らかに紅葉よりも覚悟が決まっていて風格がある。

 もうこの人が王とかやればいいんじゃないか、とか俺がそう思ってしまうのも無理はないはずだ。


「それでは始めるぞ天種様の兄上殿……、いや、世の悪意から天種様を守らんとする勇気ある少年よ!」

「あ、うん。あ、はい」


 ライオンの獣人は一人だけ盛り上がっている。

 眼には燃え上がるような強い意思と感情が見え隠れしており、試験であるはずなのに此方を射殺さんばかりの眼光だ。


 まあ相手が全力ならこちらも手加減はせずに済むし、悪い事ばかりでもない。

 ものは捉えよう、考えようである。


 そして俺が構えたところで、お互いの準備が整ったと判断したのか、審判を務める言い出しっぺ受付嬢さんが試合の合図を送る。


「それではお互い準備が出来たようなので、これより元B級冒険者の現冒険者ギルド職員と、Cランク冒険者である天種様のお兄様の模擬戦を開始するわ。相手を殺すは当然禁止、なるべくなら必要以上の怪我も負わせないでちょうだい。……いいわね? はい、それでは開始して」


 たぶん必要以上の怪我を負わせるなという発言は、試験役の職員に向けていった言葉だろう。

 俺が曲がりなりにも天獣人として誤解されている紅葉の家族だと認識されているため、酷い怪我をさせたら自分の首が飛びかねないとか、そんなところだろう、たぶんね。


「それでは覚悟は良いな少年! ……ガァアアアアアアア!!!」

「ふむ」


 おそらくこの雄叫びは戦士の職業スキル、『挑発』だろう。

 魔力の籠った叫び声を上げる事で、意思の無い魔物には注意を己に向けさせる事のできる優秀なスキルだ。


 ただ今回は意思ある人間が相手であるため、本来はそれ程効果がない。

 にも拘わらずそのスキルを選んだのは、恐らく俺の魔法行使を阻害するため。


 魔力の乗っかった音波は全方位に向けて拡散されるため、全力で挑発スキルを行使すれば体内で魔力を練り魔法を行使する魔法使いへの、良い牽制になる。

 そして俺が魔法使い系の職業だと認識したのはもちろん、俺が武器を手にしていないからだろう。


 武器が無いのであれば格闘戦か魔法戦かの2択しか戦闘スタイルは無い。

 そこまで一瞬で看破した彼は、まず最初に魔法使いという線を潰す事にしたという訳である。


 さすがに戦い慣れているな元B級冒険者、その戦術や戦略はかなり参考になるため、あとでリプレイで復習しておきたい。

 きっと良質な経験が積めるはずだ。


「……だが、今回は相手が悪かったね。俺は格闘家でも、魔法使いでもないんだよ。聖剣招来!!」

「何っ!?」


 光の聖剣、もといビームサーベルを出現させ戦士職の冒険者に突っ込んでいく。

 B級冒険者のレベルの具体値を俺は知らないし、鑑定でもまだそこまでの情報が分かる訳ではない。

 しかし、今の俺の近接戦闘能力がCランクには収まらないという事だけは分かっている。


 牽制として光弾スキルを連射し、動きを制限しながら聖剣で切りかかる。

 すると彼の持っていた巨大な大剣と俺の聖剣が衝突して、大きな火花を散らす。


 これが鋼鉄くらいの強度なら徐々に刀身を削れたはずなんだけど、火花は散るが相手の刀身はいまだ健在。

 たぶんあの大剣はワイバーン、もしくはそのクラスの魔物の生体素材を用いて作られた高位の武器なんだろう。


「まさか少年、……その輝く剣は!」

「ご名答、俺の職業は聖騎士だよ!」


 さすがにお隣の国で超エリート職業として有名なだけに、この国の高位冒険者ともなると聖騎士の基本スキルはご存じらしい。

 ちなみに今の聖騎士のレベルは3であり、やはり基本職より上位となる複合職であるせいか、同じタイミングで成長をさせている魂魄使いよりも極めてレベルアップが遅い。


 故にまだ聖騎士の追加スキルは習得できていないのだが、まあいずれ習得できるだろう。


「ぐぬぅううううう! お、重いな少年の剣は! それが天種様を守らんとする、少年の覚悟か!!」

「…………」


 ちょ、力が抜けるような事を言わないでくれ。

 確かに放っておけば問題を起こしてすぐに窮地に陥りそうな、ビビリ妖怪である紅葉を守るつもりは十分にあるつもりだけども……。


 だが、剣に重さを乗せるようなクソ真面目な覚悟があるかって言われると、それもちょっと違う。

 この重みはただの職業補正だ、勘違いしないで欲しい。


「いいぞおのこよー。もうちょっとで押せそうじゃ、それ、そこじゃ。やってしまぇーぃ!」


 外野からは能天気な紅葉の声援が飛び交う。

 俺も乗り気ではあったが、元々はこの妖怪が原因で戦っているというのに呑気なものだ。

 ま、言われなくても押し返しますよっと。


 俺は体格差で明らかに上回るであろう彼の大剣を受け流し、滑るように聖剣の刃を沿わせて右手首に鋭い切り傷を与えた。


「ぐぬぅ!? 上手い!」

「お褒めに預かり光栄です」


 いや、本当に光栄だ。

 歴戦の戦士である彼からの称賛は自信にもなるし、なにより戦闘経験で上回る相手から一本取ったのは嬉しいの一言に尽きる。


 しかしカウンターとばかりに格闘戦も得意なライオン獣人さんから蹴りを貰い、一瞬で距離を離される。

 ……結構ダメージがあるな、幸い距離も開いたし回復しとくか。


「痛いの痛いの飛んでいけぇ~」

「さすが聖騎士、回復魔法もお手のモノか……」


 ライオンさんは当然追撃してくるのかと思ったが、なにやらそのまま動きを止め、しばらく何事かを考える。

 どうしたんだろうか。


「うむ。……降参だ。これ以上の試合は続ける意味がないな。そうは思わないか?」

「ええ、そのようです。確かにギルド証はCランク冒険者だと記載されていましたが、あれは過大評価などではなく、むしろ過小評価だったようですね」


 なんだ、どういう事だ?


「ふむ。少年は分かっていないようだが、戦士としてそれなりに名を馳せた俺から言わせてもらう。完敗だ。殺してはならぬというルールがある以上、一撃で仕留められない少年を俺は倒す術が無い。なぜなら回復するからな。そして押さえ込もうにも、既に剣技では一本取られた後だ。すでに勝ち目はないのだよ」


 という事らしい。

 なんだかやけにあっさり引き下がったが、認められたのであれば良しとしようか。

 殺す条件だったらどういう展開になっていたかは分からないが、これで現在の俺の力がBランクの戦士に通用することが分かった。


 ついでに怪我をしたライオンさんに回復魔法を施し、試験は一旦お開きとなった。


「なんじゃ呆気ないのぉ~。儂はもっと応援したかったんじゃがなぁ」

「ははは、申し訳ありません天種様。しかし俺から言わせてもらえば、それだけ兄上であるこの少年の力が高かったという訳なのですよ。いままでどれ程の研鑽と努力を積み上げて来たのか、俺には想像もつかない」


 ライオンさんの言葉に周囲で見学していた獣人から称賛の声と、拍手が鳴り響く。

 まあ、彼らが納得してるならいいか。


 にしても、初日からずいぶん目立ってしまったなぁ。

 また厄介事に巻き込まれないといいのだが。


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