魔族3



 迫りくる召喚獣に対し、とりあえず魔族が死ぬまでは様子を見ようということで多少抗ってみることにした。

 いやたぶん、これ俺がこのまま戦闘不能になれば全てが解決すると思うんだけど、まあ今のキャラレベルでどこまでやれるのかっていうテストも兼ねて、という意味合いもある。


 どうせ戦闘不能まで戦えるんだから、せっかくだし全力でやってみようというやつだ。


 そして抗ってみた結果、惨敗。

 現在俺は満身創痍で魔力も尽きかけ、おびただしい血を流しながらあと一歩で戦闘不能というところまで追い込まれていた。

 しかし追い込まれているはずの俺の表情は晴れやかで、全く絶望すらしていない。


「ふむふむ、なるほど。これは思わぬ発見だな。……命を脅かす程の相手に限界ギリギリまで抗うと、こうも経験値効率がいいものなのか」


 俺の眼に映るのはスマホ画面の【レベルアップしました!】という項目の羅列と、そして【聖騎士への転職条件を満たしました。戦士と神官を融合させますか?】という転職への案内。

 既に肉体の限界を迎えようとしているのに、そんな痛みが吹っ飛ぶほどの嬉しさだ。


 ちなみに魔族の方は召喚獣と戯れているうちに、いつのまにか死んでいた。

 途中途中で「勇者討ち取ったりィイイイ!」とか、「魔王様、私はお役目を果たしましたぁ!」とかいって盛り上がっていたので、彼は彼で幸せな人生を送れたんだと思うよ。


 いったいこの魔族に何があったのかは今となっては知る由もないが、一応創造神としてエルフという種族を生み出してきた手前、ちゃんと満足する最後を迎えられたようで良かったと思う。

 できれば次に【ストーリーモード】を再開したときには、この魔族がなんでこういう事をしたのか、という点についても探ってみようかな。


「さて、ではあの化け物2匹に食われる前にいっちょ、聖騎士とやらの力を確認して散ってみようかな」


 俺は満身創痍で動きの鈍った体でアプリを操作し、【聖騎士】への転職項目をタップする。

 すると突然、見た目は何も変わっていないのに力が溢れ出てくるような感覚を味わい、一瞬の全能感の後に物凄い魔力が吹き荒れた。


 まるで追い詰められた主人公の覚醒場面のような、そんな絵面である。


「……へぇ。これが上位職に迫る力を持った複合職の力ってやつか、こりゃあすげえ」


 転職したてでレベル1だというのに力が満ち、魔力が溢れ、そこに存在しているだけで俺を襲おうとしていた召喚獣が警戒し、足を止める。

 物凄いパワーだ。


 しかも凄いのはパラメーターによる補正だけではない。

 聖騎士になったことで得られた初期スキルの方も、これもまたとんでもない代物だった。

 こりゃあ確かに国が優待職として召し抱えるだけのことはありますわ。


 こんなのチートだチート、マジの超エリート職業だよ。


 全ての複合職がこんなに優れているのかは謎だが、少なくとも【勇者】や【剣聖】と言った上位職はこれすらも凌ぐっていうんだから、そりゃ強い訳だよ。

 さすがとしか言いようがない。


 ……それじゃ、いっちょ転職で体力が微回復した隙に、一発大技を決めてログアウトしますか。

 せっかくこちらに恐れ戦き足を止めた召喚獣が待っていてくれるんだから、ここで決めなきゃいつ決めるって感じだ。


 俺は聖騎士の初期スキル『聖剣招来』を発動させるべく、一瞬を永遠に引き延ばすかのように精神を統一させ集中する。


 すると真上へと掲げた俺の手に光の粒子が集まっていき、『ゴゴゴゴゴゴ』という謎の発生音と共に光の粒子が巨大な剣を形成していく。

 目測だが、全長50メートルくらいはあるだろうか。


 そんなとんでもない大きさの光の剣は森の木々を突き抜け、周囲を照らし、嵐のような突風を引き起こす。

 完全に必殺技の体を成した光の剣に魔力も体力もどんどん吸われて行く感覚があるが、……これを振り下ろしたら一体どうなってしまうのだろうか。


 とりあえず最後だから全余力を注ぎ込んでスキルを使用してみたが、……これ、命を懸けて使用したら絶対ダメなタイプの超攻撃的な環境破壊スキルだ。

 スキルの発動主である俺の方が怖くて、なかなか振り下ろす勇気が生まれない。


 たぶんこれ、光の聖剣が大きすぎて町の方からもその様子が窺えるんじゃないかな。

 騒ぎになってなきゃいいけど、……なってるだろうな。


 恐らくこのスキルは使用者の魔力や体力を吸収して放つ大技なんだと思うけど、まさかこんな土壇場で命を燃料にして放つ大馬鹿がいるとは思えない。

 10歳というありあまる若さ、そして寿命を対価に支払って作成したこの聖剣はたぶん、聖剣史上最大火力に匹敵しそうな勢いである。


 まあそれでもレベル1だからこの程度で済んでいるけど、これがもっと聖騎士を鍛えて放っていればどうなっていたのか、想像もつかない。

 もしかしたら、町にまで余波が及んでいたかもしれないな。


「まあ、考えても仕方ないか。……それじゃ一発、お前達を道づれにしてログアウトしてやる。悪く思うなよ召喚獣」


 俺はそのまま50メートルにもなる光の聖剣を振り下ろし、あまりの破壊力に周囲が光のエネルギーで包まれるのを感じたあと、ぷっつりと意識を手放した。





 …………。

 ………………。

 ………………、……!?


「あ、戻って来たのか」


 気づくとログアウトに成功し、俺は自宅の部屋へと戻って来ていた。

 なんというか、ちゃんとした手続きでログアウトした時に比べて、戦闘不能により強制ログアウトになった時は意識の覚醒が遅い。


 今回も自分が部屋に戻って来たと自覚するのに、多少の時間を要してしまった。

 とりあえずキャラの修復時間を確認するために、アプリを操作する。


【キャラクターが戦闘不能になったため、ストーリーモードが解除されました。現在キャラクターを修復しています。損傷の修復完了まで、残り3時間】


 どうやらワイバーンに頭を喰われた時よりも損傷が激しかったらしく、修復にはかなりの時間を要するようだ。

 とはいえ、たかが3時間である。

 放置してればそのうち修復が終わってるだろう。


「さてさて、ではさっそくあの聖剣の威力の程を確認しておこう」


 次に世界地図を操作して決戦の火蓋となった森を確認してみる。

 するとそこにはたった今役目を終えて消えようとしている犬型の召喚獣と、聖剣の直撃によって木っ端みじんに吹き飛んだドラゴン型の召喚獣、……の破片がいた。


「あー、惜しい! ドラゴンは爆殺できたけど、犬の方には命中しなかったかー。でもまあ、あの召喚獣相手にレベル1の聖騎士がこの威力を出せたんだ。攻撃力は文句なしの合格といったところだな。次は絶対に当てよう」


 まあ、どっちにしろ俺が世界から消失したことで消えるから問題ないのだが、気分的に当たらなかったのが悔しい。

 もちろん次は当てるとか言ってはいるが、この召喚獣と出会うことは二度とないと思うのでただの負け惜しみだ。


 おっさんにもプライドというものがあるのである。


 ちなみに爆心地には次々に討伐隊として組まれた冒険者たちが集まり、何が起こったんだと調査したり枯れ木のようになった魔族の死体を発見したりしていた。

 ついでに次元収納し忘れた俺の剣、もとい伯爵家の備品である鋼鉄の剣も発見されたりして騒がしいことになっている。


 あー、これはほとぼりが冷めるまで【ストーリーモード】は控えておいた方がいいな。

 飯食って昼寝して、風呂にも入ったら明日どうするか考えよう。

 ミゼットには悪いが、あの現場を見る限り俺は死んだことにされてしまうだろうし、伯爵家の使用人はひとまず引退だ。


 今度はCランクの冒険者証でもひっさげて、別の国へと向かう事にする。

 うん、そうしよう。

 それじゃお元気で、ミゼット・ガルハート。


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