第十五話 二人の朝
「朝だ――!! あぁ! 元気一杯! 空気が美味いぜ!!」
色々有って翌朝の事だ。
まだ隣で寝息を立てている彼女を起こさないように静かに洞窟を出た俺はハイテンションで森に向かって叫ぶ。
いやいや、アレですよアレ。
人生変わりましたよ。
思わず告っちまったけど、まさかジョセフィーヌからOK貰えるなんて思わなかった!
しかも……グフフ。
あぁ! 生きてるって素晴らしい!
どんな事があろうとも、俺はジョセフィーヌを護ってみせるぜ!!
と、改めて誓ったのは良いが、現実的な話としてこれからどうしたもんかな?
いつまでも洞窟で暮らす訳にもいかないし、アウルベアの雄が居たと言う事は近くに雌が居てもおかしくない。
死体が有る内は雌だろうと寄って来ねぇとは思うが、そろそろ死体も臭い出す頃だ。
アレがまた臭えのなんのって……とっととここから移動した方が良いだろう。
まっ、その辺は取りあえず朝飯喰ってからだな。
じゃあ狩りに出かけますか。
俺はジョセフィーヌに美味しい物を食べさせたいと願いながら獲物を狩りに森を駆けだした。
◇◆◇
「まずはどっかの村を探すか」
朝食を終わらせた俺達は森の中を進んでいる。
ジェイス達は恐らく全滅しているだろうが、だからといって安心出来ねぇ。
なんせジョセフフィーヌの話だと貴族令嬢の他国への売買は国家事業って話だしよ。
売り手買い手が居るってこった。
んじゃ買い手は誰だ? この国の貴族至上主義を思えば、相手も他国の王侯貴族だろうな。
となると、王国は国の面子を保つ為に、いつまで経っても
陣の有様を見て魔物に食い散らかされたと思って諦めてくれたら良いんだが、死体の痕跡すら見付からないんじゃ逃げたと判断して周辺に捜索隊を派遣する事も考えられる。
魔物達が競売所まで襲ってくれて全て有耶無耶になってたら良いんだが、貴族が集う
と言う訳で、万が一を想定して出来るだけ人目を避ける為に、俺達は王都の北から西に向けての山越えルートで国境を目指している。
何故西かと言うと、ジョセフィーヌが言うには西の方には貴族が居ねぇ国があるらしい。
都合のいい事に貴族主義のこの国とは国交を結んでいないんだとよ。
周辺国はジョセフィーヌの顔を知られているから安心出来ねぇ。
目指すならそこだろうってなったと言う訳だ。
いずれにせよこのまま山抜けするには色々準備が必要だな。
いつ手配が回るか分からねぇから出来るだけ早く何処かの村に寄って服や道具を仕入れねぇと。
まぁ、金ならジェイスの財布があるからこの際色々買い込むか。
出来れば馬も欲しいが、こいつは少し難しいかも知れん。
なんせ馬の売買は騎馬ギルドの管轄だから勝手に販売出来ねぇからよ。
こんな田舎にギルド支部の販売所があるとは思えねぇ。
個人所有の馬を内緒で金に物を言わせて譲ってもらうしかねぇが……いや、待てよ?
まぁ何とかなるか。
なんせ大金を持った怪しい二人組みとは言え、一応俺の肩書きは今のところ王国兵士のままだ。
それを物語る兵士隊員証はポケットの中だしよ。
餞別代りにこの際使える物は何でも使わせてわせてもらうぜ。
こんなクソなもんでも片田舎なら身分証として絶大な効果を発するから、それ見せて極秘任務だと言えば特に怪しまれもせずにほいほい売ってくれるだろうさ。
見バレの恐れは有るが手配が回ってきた時にゃ、俺達はとっくの昔に馬でこの国からオサラバよ。
さて……この近くの村はどこだったかな?
「あの……少し気になったのですが……」
近くの村は何処だったか思い出そうとしていると手を引いていたジョセフィーヌが何か不安そうな口調で尋ねてきた。
え? なんか機嫌損なう事しちゃったか?
慌てて俺は振り返る。
「どうした? 何でも言ってくれ」
「あの……その、昨日貴方は貴族に嫌われているから選ばれたって言っておられましたが、もし逃げ出した事がバレたら貴方の故郷にご迷惑が掛かりませんでしょうか?」
そう言う事か、本当に優しいなジョセフィーヌは。
確かに殺す為に俺が選ばれたってんなら、俺が死んだと言う証拠を手に入れたいと思う奴も居るだろうな。
例えば俺を殺す殺す言っていた最強騎士様とかよ。
仮に陣の惨状を見て魔物に食い散らかされたと思われても、兵士服まで無いのは怪しまれるかもしれねぇ。
じゃあ、どこを探すと言ったらそりゃ故郷に目を向けるわな。
けどよ……。
「大丈夫だって! あんなへなちょこ騎士共が何人来ようと俺の村の敵じゃねぇって。なんたって村には俺より強い奴等がいるしよ。何して来ようと簡単に追い返しちまうと思うぜ」
「えぇ! 貴方より強い方が居られるのですか?」
「あぁ、剣の師匠に狩りの先生。それに母ちゃんにさえ一度も勝った事は無ぇんだよ。俺もあの頃に比べ多少強くなったとは思うが、いまだに勝てる道筋すら思い浮かばねぇ。だから安心しな、村は大丈夫だ。そもそも騎士団の連中じゃそこまで辿り着く前に全滅すんじゃねぇかな?」
俺のジョセフィーヌは口に手を当て驚いている。
小さい声で『さすがは人外魔境……』と聞こえてきたが、ちょっと酷くね?
割りと風光明媚でのどかな普通の村だぜ?
そりゃ周辺には危険な魔物がウヨウヨいるがよ。
「でしたら、今更ですが貴方の村に行くのはどうでしょうか? 私は貴方が育った場所を見てみたいです。それに貴方のお母様にもご挨拶したいですし……」
「う~ん。それも考えたんだが、実は俺の村の場所って王国の南なんだよ。ここから行こうとするとまず王都の方に行かなきゃなんねぇから、あえて言わなかったんだ」
「そうだったのですか、それは残念です」
「そんながっかりするなよ。落ち着いたら連れて行くさ。俺もジョセフィーヌの事を母ちゃんにも紹介したいしよ。なんにせよ取りあえず今は逃げ延びねぇとな。生きていれさえなんとかなるもんさ」
「はい!」
俺達は森を進む。
そうだ、生きていればなんとかなる。
いつかは二人で里帰り出来る日も来るだろう。
その時は母ちゃんに孫を見せられるかもしれねぇ……なんてよ。
ハハッ! さすがに気が早いか。
なんにせよ、今は無事に逃げ延びる事だけを考えよう。
そうすりゃ全部上手く行くさ。
と、思っていたんだがなぁ……。
◇◆◇
「見つけたぞ!! ジョセフィーヌ!! この悪女め! やはり生きていたか!!」
街道を歩く俺達の背後から突然大量の蹄の音と共に叫び声が俺達の行く手を阻むかのように轟いた。
ちっ! やっぱり追って来やがったか。
本当に人生ってのは上手くいかねぇもんだな。
なんで俺達がノコノコと街道を歩いていたかと言うと、まぁアレだ。
森を進んでいた俺達は壁にぶち当たったんだよ。
概念的な話じゃなく、物理的なやつ。
目の前にでかい岩山が立ち塞がってよ、俺一人ならなんとかなったがジョセフィーヌを連れてはとてもじゃねぇが進めねぇ。
だから仕方無く迂回する為に街道へ出たんだが、正直な話こんなに早く見付かるとは思わなかった。
俺はジョセフィーヌを背に隠し振り返った。
そこには煌びやかな馬具に身を包んだ騎馬を駆る明らかに王国の貴族と言った格好の男達がこちらを追って来ているのが見える。
周囲が森だったら山に逃げ込めばなんとかなるが、この場所は非常にマズイ。
なんせ左手は岩壁、右手は遥か下に川が流れる断崖絶壁と来た。
走って逃げるにしても、腐ってもここはかつての貿易の要所を結ぶ街道な訳で、道幅が広く馬相手じゃすぐに囲まれてお仕舞いだ。
所謂詰んだと言う状況だが、最悪彼女を抱えて川に飛び込む方法も無くはないが、それは最終手段だな。
なにしろ陣からここまで一本道で繋がっている訳じゃない。
幾らなんでも偶然にしちゃ俺達を見付けるのが早過ぎる。
絶対なにかカラクリが有る筈だ。
それが分からねぇと、ここで逃げても同じだろう。
相手は俺達が観念したと思ったのか、少し離れた位置に馬を停めてこちらの様子を伺っている。
先頭は王国貴族あるあるな容姿の金髪イケメン……と、なんだこいつ?
女を連れてやがるぞ? 自分の前に女を乗せて両脇を支えるように手綱を握ってやがる。
女の顔は他の奴等の貴族フェイスに比べて、俺にとって親しみやすいと言うか華やかさはねぇな。
まぁ今そいつが浮かべている表情はドス黒い感情を纏った厭らしい笑みなんで、親しみやすいと言っても好感度の話じゃなくて、俺と同じ平民フェイスだからって事なんだが。
変な組み合わせだが、もしかしてこいつらカップルなのか?
そんな奴等が捜索隊とか訳分かんねぇな。
他には……イケメンの右横には顔に包帯巻いた満身創痍の怪しい男……あっ、あれジェイスじゃねぇか。
生きてやがるとは運の良い野郎め。
そりゃ逃げたのがバレる筈だ。
そしてイケメンの左横には……ゲッ! 因縁の最強騎士!
こいつがここに居ると言う事は、俺が御者に選ばれたのはやっぱりこいつの差し金って事か。
それにしちゃ、最強騎士の目線の先には俺じゃなく後ろのジョセフィーヌに向けられているのが気になるが、俺はついでって事なのか?
そう言や、殺すと言いながら今まで何もして来なかったもんな。
もしかしてだが、いまだに狙われているって思っていたのは俺が自意識過剰だっただけなのか?
なんかちょっと恥ずかしい。
他にも居るがあとは知らん顔ばかりだな。
なんにせよ、こいつらメンバー構成がめちゃくちゃだぜ。
ジェイスと最強騎士は分からんでもないが、追っ手にしちゃ全員どっかのパーティー会場から抜け出してきたような衣装に身を包んでいるし、一体どんな集団なんだよこれ。
「あいつだ! あのクソ虫だ!! この魔道具が奴の持っている財布に反応している! 全部あいつの所為だ!」
俺の事に気付いたジェイスが怒りを露わに叫ぶ。
そう言う事か! 俺達を追ってきたのは偶然じゃなく財布の所為だったのかよ! ちっ! せこい仕掛けしてんじゃねぇっての。
知ってりゃ金貨だけパクって袋を捨てたのによ。
「殿下……」
俺の後ろで隠れているジョセフィーヌが震えた声で呟く。
ん? デンカ? デンカってなんだ? ……え? もしかして『殿下』って事?
んじゃ、こいつこの国の王子なのか!?
なんだってそんな奴が追っ手に居やがるんだよ。
俺は信じられずジョセフィーヌと金髪イケメンを交互に見る。
すると金髪イケメンが不快な表情でジョセフィーヌを睨んだ。
「黙れ! 女狐め!! いつまで私の婚約者でいるつもりだ! お前に殿下と呼ばれるなど不愉快千万身の毛もよだつ」
「え? え?」
金髪イケメンがジョセフィーヌに叫んだ言葉に思わず頭が真っ白になる。
チラリとジョセフィーヌの顔を見ると悲痛な顔しながら唇を噛んでいた。
否定しないと言う事は今の言葉は本当なのか。
マジで! ジョセフィーヌってこの国の王子の婚約者だったってのか?
てっきりあそこで俺を無視している最強騎士が相手だと思っていた。
王子の婚約者? ジョセフィーヌが?
そ、そんな……そんな……。
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