第十一話 下級兵士の作戦
「じゃあ、我々は『赤熊団』のアジトに向かう」
「あぁ気をつけてな」
三人の騎士はすっかり薄暗くなった街道の先へと駆け出していった。
残る騎士は馬から降りて剣を抜きながら森の中へと進む。
どうやら俺が全然戻って来ないのをウンコでもしていると思ってるのかもな。
気張ってる俺を後ろからバッサリとでも考えているんだろう。
しっかし、やっぱりこいつ等は馬鹿だ。
あんだけ大声で悪巧みを喋ってたら用を足しに森の奥に入ってたとしても丸聞こえだっての。
俺は吹き矢を口に当て勢い良く息を噴出す。
プッ――チクッ
「ウッ! な、なんだ?」
この王国の騎士が着る全身鎧は、盾代わりになる高く張り出た肩当と、首をぐるっと一周回る襟の立った首鎧によって、前後左右の頸部防御は完璧だ。
だが、実は真上からの角度にはその防御にほんの小さな死角がある。
それは首の稼動域確保の為に設けられた兜と鎧の間の僅かな繫ぎ目。
そこは布鎧も届かず地肌が露出していた。
まぁ本来この角度からの攻撃は有り得ない訳だから弱点と認識されていなくても仕方無い。
俺は真下を通る騎士の弱点を狙ったと言う訳だ。
これは周辺に猛獣魔獣溢れる俺の村特製の狩猟用麻酔薬だからな、人間ならイチコロだぜ。
「虫に刺され? い、いや……ち、違っ……あれ? 意識が……」ドサッ
俺は倒れた騎士が暢気に大イビキを掻いてるのを確認してからその場から飛び降りた。
「むにゅむにゅ……グーー。グーーフゴッ、グーーzzz」
念の為に足で突いたが起きる気配は無い。
こいつ等が俺の事を舐めてくれていたお陰で本当に助かったぜ。
「よっしゃ! 今の内にこいつの鎧を脱がせて……」
時間が無いのですぐさま寝ている騎士の鎧を手際よく脱がして手足を縛る。
騒がれたら面倒なので猿轡と目隠しもしっかりとな。
とは言え、このまま放置すると戻ってきた騎士達に見付かるので、少しばかり森の奥まで引き摺っていき、丈夫そうな木に仕掛け罠用の縄を使い縛り上げた。
ここまですれば一安心だ。
こいつが彼女に対して行おうとしていた非道を思うと腹が立つが、俺は優しいからな。
これくらいで勘弁しておいてやるよ。
まぁ夜の山林にこんな状態で放置するのが、優しい訳は無いんだけどな。
それに今から俺がする事を思うと……。
大丈夫、大丈夫! 日頃の行いが良けりゃ神様も助けてくれるだろうさ。
本当に日頃の行いが良けりゃ、な?
「次はこの鎧を。よいしょっと」
俺は脱がせた全身鎧を手際良く身に付けて行く。
久し振りだが手馴れたもんだ。
何故俺が一人で騎士用の全身鎧を着れるかと言うと、俺の黒歴史って奴だな。
本来全身鎧の装着は従者の助けがなければ難しいが、貴族共が横着なだけで一人で着れない訳でもない。
鎧の構造と装着手順さえ知っていれば、結構なんとかなるもんだ。
下級兵士見習いにされたとは言え、騎士への憧れが捨てられない純粋だった頃の俺は、皆に内緒で夜な夜な武器庫に忍び込んで練習したんだよなぁ。
そのお陰で視角の範囲にほんの僅かな弱点の位置、それに早着替えなんて知識も身に付いちまった。
ついさっきまでは若気の至りによる忘れ去りたい記憶の一つだった訳だが、人生とは分からない物だ。
こんな恥ずかしい黒歴史が役に立つとはよ。
鎧を装着し終わった俺は、相棒の下まで駆け寄った。
そして相棒の身体から馬車に繫ぎとめていた馬具を外す。
「よう相棒、ここでお別れだ。この通り馬具は外したからよ。お前は自由だぜ。王都に帰るもよし、野生に帰るもよし。これからは好きに生きな」
相棒は俺の言っている言葉が分かるかの様に、少し名残惜しそうに俺に鼻先を押し当てるとそのままゆっくりと馬車から離れ王都に向かって歩き出した。
その方向は途中で山賊のアジトに向かった騎士達と鉢合わせするかもしれねぇが、馬具さえ付いて無けりゃ同じ馬だとはそうそう気付かれないだろう。
王都に帰るのが相棒の意思なら止めやしないさ。
なんにせよ馬車に繫がれたままここに留まっていたら危なねぇからな。
なんたって今から俺が実行するのは、ここに魔物を呼び寄せてそいつ等を連れたまま陣に突っ込むって馬鹿げた作戦なんだからよ。
相棒がこの鎧の持ち主よろしく魔物共に食われちまう訳にはいかねぇぜ。
俺は騎士を縛った大木の近くまで移動した。
そしてバッグから昼間ジョセフィーヌに話した失敗談の中に出てきた
何をするのかって言うと、あの日の再現をする為だ。
特製麻酔薬と違ってこれは全く手を加えていない市販品だから誘引効果は薄いままだし、何よりここはあの時の狩場と違って先日まで山賊退治で山狩りが行われた場所な訳だからその影響で周囲に魔物の気配は感じねぇ。
だが今はすっかり日も落ち辺りは真っ暗だ。
そして魔物の多くは夜行性。
危険な奴であればあるほどな。
そう、夜である現在は魔物共の時間って訳だ。
その効果はあの日以上に十二分に発揮される事だろうよ。
俺は団子状になった魔物寄せの香に火を点けて炊き上げた。
程無くして周囲に独特の魔物を惑わす胸焼けする程の甘ったるい臭いに包まれる。
あまりの臭いに息を止めて無ぇと兜の中で吐いちまいそうだぜ。
俺は身体に臭いが染み込む前に慌てて馬車の所まで戻って息を潜めた。
成功を祈りながら暫く耳を澄ませていると……よし! 俺の期待通り遠くから魔物の息遣いや足音が聞こえてきやがったぜ。
と、そろそろ移動する準備をしねぇとやばいな。
俺は騎士が乗っていた馬に跨り時を待つ。
ほんのりとここまで漂ってくる魔物寄せの香の所為でこいつも少々興奮気味だが、村の貴重な収入源として街へ卸す為に馬具の無ぇ野生の暴れ馬を乗りこなして捕獲するなんて事は日常茶飯事だった俺には、これくらいの興奮など宥めすかすのは造作もねぇ。
『ガッ! グギャ』
あっ! なにやらくぐもった悲鳴のような声が聞こえ……た気がしたが、まぁ空耳としておこう。
奴等の口振りじゃあ、女を嬲るのは常習っぽかったしよ。
神様はちゃんと見てるって事だろうぜ。
「さて、そろそろここもヤバイな」
街道のすぐ側まで闇夜にキラリと輝く魔物共の瞳が見えた瞬間、俺は手綱を譲って馬の腹を蹴り全速力で駆け出した。
背後にはそれを合図として俺達を追う魔物達の激しい足音が聞こえる。
この気配は……ちっとばかし香を焚き過ぎたかもしれん。
足音、嘶き、呼気の種類、それら合わせると最低でも10……いや20体は下らないだろう。
陣の騎士達だけでこの数を制圧出来るか少し微妙だが、死にたくなけりゃ頑張れとしか言えねぇぜ。
「ほら急ぐぞ! お前も死にたくねぇだろ?」
俺は新しい相棒にそう話しかけ腹を足で蹴り『走れ』と合図した。
獲物を目掛けて迫り来る魔物を引きつれすっかり暗くなった峠道を走る。
もう陣は近い。
遠くにかがり火の明かりが見えて来た。
それに伴い魔物の足音に掻き消され気味ではあるが、騎士達が警戒を促している叫び声も聞こえる。
よし、どうやら狂宴はまだ始まっていなかったらしい。
浮かれて呆けていないでくれて助かったぜ。
お前らには俺達が逃げのびる為の肉壁になってもらわなけりゃなんねぇからな。
「皆ーーー! 魔物が出たぞーーー!」
俺は大声で陣に向かって叫ぶ。
既に魔物達襲来を察知して動き出していた騎士達は、門の外で手に武器や大盾を持って隊列を組んでいた。
しかし、その姿を見た俺は開いた口が塞がらなかった。
さっきは制圧出来るか微妙だと思ったが、どうやら短時間の維持すら無理かもしれん。
だって、こいつ等これから始まる狂宴に浮かれていたみてぇなんだもん。
全員が全身鎧どころか布鎧まで脱いで普段着に戻ってやがる。
こりゃ、いち早くジョセフィーヌを助け出して一目散で修道院まで逃げるしかねぇな。
そうすれば本物の修道院付きの騎士がなんとかしてくれるだろ。
しかし、隊列の中にジェイスの姿が見えねぇな、隊長だってのになにしてやがんだ?
「何があった!? あの魔物達はなんだ!」
見覚えのある槍と声の持ち主が俺に問いかけてきた。
兜を脱いでるから顔を見るのは初めてだが、こいつは最初に俺に横柄な態度を取ってきた門番だな。
これからちょっとばかし大変な目に遭うだろうが頑張ってくれ。
「あの兵士の馬車を見つけたが、何故か姿が無く行方を探していると突然魔物が襲ってきたんだ。恐らくあの兵士も既に……」
「くそっ! なんてこった。他の三人はどうした? やられたのか?」
「無事かどうかまでは分からん。俺が魔物に襲われたのは三人がアジトに向かった後だ。それよりジェイス様は今何処に?」
ざっと辺りを見渡したがやはりジェイスの姿は見えねぇ。
全員出払っている内に助け出す算段だってのによ。
「まだ天幕の中だ。声は掛けたが、やっと手に入れたジョセフィーヌ嬢から離れるのが嫌だと断られた」
ちっ! あの馬鹿が。
ヤバイ雰囲気くらい分かれっての。
もう時間に余裕が無ぇ、魔物の足音はすぐ側まで迫っている。
「俺が状況報告を兼ねて、隊長に指揮官として出陣して頂くようお願いしてくる」
「今のジェイス様の機嫌を損なうのは危険だが、あの魔物の数……ジェイス様のお力を借りる必要があるな。よし早く行け!」
どうやら横柄な騎士はちっとは状況判断が出来るらしい。
それと驚いたのは、ジェイスって奴は弱い物いじめしか出来ねぇ卑怯者と思っていたが、こいつ等が認めるくらいには強いようだな。
曲りなりにも最強騎士の従騎士と言う事か。
横柄な騎士の合図によって騎士達は俺が乗っている馬の横を通り抜け、手に持った大盾をどっしりと構え魔物の襲来に備えた。
その行動は見事に統率が取れており頼もしく思える。
ほう? ちょっと見直したぜ。
少しは騎士らしく見えちまった。
そんな騎士達を後にした俺は、最初にジェイスが出てきた天幕を目指した。
陣の中で一番大きな天幕、横柄な騎士の話じゃ恐らくジョセフィーヌもそこに居る筈だ。
ジョセフィーヌ! どうか無事で居てくれ!
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