悪魔が僕にあの子を口説けと囁いているがどう見てもあの子の自作自演な件
ふじちゅん
第1話
「
「だから嫌だって」
今日の一時限目、数学の授業中に現れてから、悪魔はずっとそればかり言っていた。
その悪魔に姿は無かった。
あるのは声だけ。高めの声で、あえて言うなら女性声優が演じる少年のような声。不快感が無いのが逆に憎い。
それは僕の頭の中に直接語りかけてくる。
アニメや漫画なんかじゃよくあるパターンだった。僕はアニメも漫画も
妄想と現実の区別がつかなくなったのかもしれない。それも一興。
「どうして?」
「恥をかくからに決まってるだろ」
「恥?」
悪魔なんだから、それが目的なんだろ……どうして疑問形なんだ。
初村歌恋と言えば、学校が小中高と一緒だけどほとんど話したことのないクラスメイトの女子だ。
クラスの上位、学年でもトップと言っても過言ではないレベルの可愛らしい顔立ち、ちょっと垂れ目なところが可愛くて、ショートボブヘアが可愛くて、スタイルも良くて可愛い。クラスの男子に好きな女子を聞けば、彼女の名を挙げる人は少なくないだろう。
彼氏がいるなんて話は聞かないけれど、交友関係皆無の僕が知らないだけかもしれない。いるんだろうなぁ、なんて考えて勝手に凹む。
当然、僕みたいな友達もいない、休み時間は本を読んでばかり、勉強も運動も並みかそれ以下の人間が彼女に声をかけるなんて、恥をかくことが目的の罰ゲーム以外のなにものでもない。
「僕が口説いても相手にされない」
「そんなのやってみなくちゃ分かんないでしょ」
この悪魔、さっきからグイグイ来るな……。
苦手な距離感だけど、相手が人じゃないってだけで僕はこんなに話せるのかと感動もする。
「なんなんだ? 口説かないと僕の魂を抜いたりするのか?」
「あ、そうしよう」
「今決めんな」
チャイムが鳴り、午前の授業の終わりを告げる。悪魔のせいで授業が全く頭に入ってこなかった。
「お昼誘っちゃえ」
「無理無理」
僕は母の作った弁当を机の上に広げ、もそもそと食べ始める。
そうだ、悪魔についてちょっと調べてみるか。
そんな風に考えながら、スマホを取り出して弁当を突つきながらブラウザを開いた。
「じゃあさ、初村歌恋のことどう思う?」
「んー」
「か、可愛いとか……?」
「何故お前が照れる」
チラッと初村さんの方へ目を向けた。
クラスメイトの仲良しグループと昼食をとっている。和気あいあいとしていて、僕が干渉していい世界ではない。
それより悪魔祓いについてだ。検索してもロクなページが出てこない。
映画、まとめサイト、詐欺のニュース記事、知恵袋……。
「ねぇねぇ」
悪魔がうるさい。それを無視してスマホの画面をスクロールさせる。
信仰心がどうとか、先祖がどうとか……。
「胡散臭い」
「ごふぉっ!?」
突然、初村さんがむせた。酷く咳き込んでいる。周囲の友人に介抱され、クラスメイトの注目を浴びていた。
「う、胡散臭い!? わた、はっ、初村歌恋が!?」
悪魔が慌てたように言う。
「いや、このサイトが」
スマホの画面に映るページを指して言う。
なんだか、悪魔の言動と初村歌恋のむせたタイミングが妙にシンクロしてたな……。
「な、なんだぁ……」
初村さんも落ち着きを取り戻していた。周囲に心配され、彼女は恥ずかしそうに笑っていた。
「とにかく放っておいてくれ」
「じゃあ、どうしたら初村歌恋に声をかけてくれる?」
悪魔はめげずに言った。気付けば随分と下手に出ている。
「じゃあってなんだよ……。そうだなぁ、逆に初村さんが僕に声をかけてくれたら話してもいいかな」
僕から声をかけて相手にされなかったら傷つくのは僕だ。ついでに初村さんが不快な思いをするだろう。
けれど、初村さんが先に僕に話しかけてくれば、少なくとも彼女が僕そのものを不快に思っていないことが分かる。
その後の会話で僕が下手なことを言わなければいいだけだ。きっと僕にはそれが難しいのだけど……。
「えぇ……」
「なんでお前が嫌そうなんだよ」
「嫌っていうか、それが出来たら苦労しないっていうか」
「苦労?」
「……こっちの話」
悪魔に何の苦労があると言うのだ。
話していて思うのは、こいつからは悪意を感じ取れない。僕に恥をかかせたいのではなく、僕と初村さんをどうにか接触させたいという意志だけで動いているように見える。
「そもそも、なんで僕なんだ? なんで初村歌恋なんだ?」
「うっ、それは……」
「言えないのか?」
「……言いたくない」
「じゃあ、初村さんじゃなくて里中さんに声をかけようかな」
「なっ!?」
初村さんの隣に座っている
「あば、あばば」
焦りすぎだろ。
悪魔を揺さぶって主導権を握ってやろうなんて浅はかな考えが通用するくらい、この悪魔はチョロかった。
「さ、咲良は駄目……だ!」
「里中さんは名前呼びかよ」
「里中咲良は駄目だ!」
どうして駄目なのか聞きたいところだが、僕も声をかけたいわけじゃない。それより悪魔が僕と初村さんにこだわる理由を聞かないといけない。
「じゃあ話してもらおう。どうして、僕が初村歌恋に声をかけないといけないのか」
「卑怯者ぉ……」
「悪魔に言われるとはな」
悪魔らしくない悪魔だけど。
「それはぁ……えぇと……初村歌恋がぁ……」
しおらしく言い淀む。どれだけ言いたくないんだ。
「
なんで僕のことを君付けで呼ぶんだ気持ち悪い。
「好き……だから……」
「ハハッ」
乾いた笑いが漏れた。
悪魔にしては面白い冗談だ。
「なんで笑うの!?」
「悪魔ジョークか? 仮に本当だとしたら、二人をくっつけようとするお前は悪魔じゃなくてキューピッドを名乗るべきだな」
「そっ…………かぁ。確かになぁ……」
「納得すんな」
この悪魔、本当に悪魔なのか?
結局、その日僕が初村さんに声をかけることはなかった。悪魔は終始うるさかったけれど、帰る頃になると「また明日」と言って消えた。
てっきり僕に取り憑いていると……家まで憑いてくるものと思っていた。
いないとそれはそれで、静かで少し寂しくも思った。
*
「おはよう」
翌朝、教室に入った瞬間に悪魔の声が頭に響いた。
「うわぁ」
「うわぁて」
「だって鬱陶しいじゃん」
「そっか……」
素直に凹むなよ、やりづらいな……。
「今日は初村歌恋を口説けるかな?」
「口説かない」
「……声をかけられるかな?」
「かけない」
「じゃあ……」
「何もしない」
「初村歌恋が遠野くんに声をかけるよ」
「は?」
また悪魔がわけの分からないことを言い出した。
宣言? いや、予言?
僕は自分の席に着いて授業の準備を始めた。チラッと初村さんの方を見ると、彼女は自分の席を立ちこちらに向かってきた。
嘘だろ?
「お、おはよう」
「えっ、あ、おは……よ……」
僕の声にならない声での返事を聞いて、彼女は踵を返し席へ戻った。
教室内が少しどよめいた。そりゃそうだ、人気者の女子がわざわざ席を離れてぼっちの僕に挨拶をしたんだ。
特別な関係性を疑っても無理はない。
「どうだった?」
悪魔が問う。
「な、何が?」
「初村歌恋」
「なんで挨拶してくることが分かったんだ?」
「悪魔だから」
そんなことより、と前置く悪魔。そんなことで済ませないでほしい。
「約束通り、遠野くんから声をかけてもいいんじゃない?」
「ぐぬ……」
昨日のやり取りを思い出す。確かに僕は初村sんから声をかけてくれば話してもいいと言った。
ホラー映画とかなら、悪魔との口約束を破るのはマジで命取りなのでは?
まぁ、キューピッドを名乗ればよかったと言ってる時点で悪魔かも疑わしいけれど。
「分かった……」
「えっ! やた、あっ、心の準備がっ」
なんでお前に心の準備が必要なんだよ。
意を決した僕は席を立ち、自分の席に戻る初村さんを追う。
クラスメイトが僕に注目している気がした。僕は怖くて周りを見ることができなか出来なかった。
「……初村さん」
振り返る初村歌恋。
僕は一つ、悪魔の正体について仮説を立てていた。
悪魔が僕の妄想でないのであれば、そして、初村さんに特殊な能力が備わっているのであれば、悪魔の正体はもしかすると……。
「悪魔って、初村さんの自作自演?」
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