第142話 『 掛かって来なさいエクレア 』


 ただいまー、と玄関から声が聞こえて、晴は帰って来たか、と執筆を続けながら美月の帰宅に気付く。


 それから数分後、リビングに美月が現れた。


「ただいま帰りました……」

「おう。お帰り」


 チラッ、と一瞥して返せば、美月は目を丸くしていて。


「珍しい。貴方がリビングで執筆してるなんて」

「そうでもないと思うがな」


 美月が夏休み期間中はリビングで執筆していたので、それを鑑みれば珍しくはないと思うが。


「てっきり私が居なくなったから仕事部屋で書いてると思ったんですけど」

「俺もそのつもりだったんだがな」

「――?」


 キーボードを打ちながら苦笑すれば、美月は首を捻った。


 ゆっくりと晴に近づいて来る美月。その視線が晴の膝元に注がれると、美月の存在を察知したそれが鳴いた。


『にゃあ』

「んな⁉ エクレア⁉」


 挑発するように鳴いたエクレアに、美月は目を剥く。

 動転している美月に、晴は淡泊に言った。


「エクレアがどうにも俺から離れようとしなくてな。だからリビングで書いてた」


 離れようとすると寂しそうに鳴くエクレアに良心が抉られてしまって、結果、晴は仕方なくリビングで書く事になった訳だ。


 晴の膝の上に座っていたり、隣の椅子で晴の執筆姿を毛づくろいをしながら見ていたり、パソコンの隣でお昼寝していたりと、大人しかったのでそのままにしていた。


 執筆を中断してエクレアを撫でれば、彼女は『にゃぁぁ』と気持ちよさそうに鳴いた。


「素直だし大人しいし、こうして執筆に疲れた時は撫でさせてくれるから思いのほか助かってる」

「くっ! 私が居ない間にまた旦那を篭絡しようとしている……っ⁉」

『にゃああ』


 奥歯を噛む美月に、エクレアは挑発的に鳴いた。まるで『アナタより私の方が相応しいわ』と言っている気がして、晴は思わず苦笑がこぼれる。


「晴さん! まさか今日、エクレアとずっと一緒にいたんですか⁉」

「まぁ、そうなるかな」


 今日は外にも出なかったし何をするにしてもエクレアが付いて来たので、彼女の顔はずっと見ていた。


「そういえば一緒にお昼寝もしたか」

『にゃぁぁ』


 一時間くらい一緒に寝た、と答えればエクレアも頷いて、美月が「はあ⁉」と目を白黒させた。


「私だってまだ晴さんと一緒にお昼寝したことないのに……っ」

「昼寝くらいで怒るなよ」

「怒ってはいませんけど、複雑なんですっ」


 その場で地団太を踏む美月。

 猫に嫉妬とは見苦しい、と晴は嘆息をこぼす。


「なら今度の休日一緒に昼寝すればいいだろ」

「いえ、デートしましょう」

「堂々とマウント取ろうとするな。べつに俺は構わないけどな」


 呆れ流れも承諾すれば、しかしエクレアは『にゃあ⁉』と素っ頓狂な声を上げて。


『にゃにゃ!』

「おおう、どうしたエクレア。急に暴れて」


 突然晴のお腹を叩いて来るエクレアに困惑すれば、美月は何故かその様子に喜々としていて、


「ふふ。どうやら貴方と一緒にいられなくなると察したようですね。ご明察よエクレア、休日の晴さんは私のものよ!」

『にゃにゃ! にゃにゃにゃ!』

「文句を言っても無駄。言質は取ったから」

「お前、なんでエクレアの言葉が分かるんだよ」

「女の勘です」


 勝ち誇った笑みを浮かべる美月に、エクレアは悔し気に奥歯を噛む。

 それからエクレアは晴の膝からジャンプすると、


『にゃにゃっ!』

「危なっ⁉ 強行手段は卑怯よ⁉ というかアナタ、平日は晴さんと居られるからいいでしょう!」

『にゃにゃあ!』

「なんて欲張りな!」


 エクレアが何を言ったのかは分からないが、おそらく『ご主人はずっと私のものよ!』とでも言ったのだろう。たぶん。


 それから、妻と飼い猫は旦那を巡って火花を散らした。


「アナタに晴さんは渡さないわ、覚悟しなさいエクレア」

『にゃにゃ! にゃにゃにゃ!』

「ふふ。晴さんを独り占めしようたってそうはいかないわ。第一、猫であるアナタに晴さんのお世話が務まるものですか!」

『にゃにゃ! にゃにゃ!』

「……何て言ってるんだ?」

「私だってご主人様のお世話くらいできるわ、だそうです」


 なんで分かるんだよ、とツッコまずにはいられなかった。

 胸中でそう思いつつ、晴は美月に威嚇するエクレアに言った。


「ま、流石に猫のエクレアには無理かな」

『にゃにゃ⁉』

「ふふ。どうエクレア? この執筆人間は私にしかお世話できないの。ましてや猫のアナタには絶対できませーん」

『にゃにゃ!』

「なんて言ったんだ?」

「そんなことないわ! だそうです」


 本当になんで猫の言葉が分かるんだろうか。

 美月の意外な才能が開花した瞬間を見届けながら、晴はテーブルに頬杖をつくと、


「掛かって来なさいエクレア。私の方が晴さんに相応しいと証明してあげるわ!」

『にゃにゃ――っ!』


 妻と猫が戯れる光景を眺めながら、晴は「賑やかになったもんだ」と口許を緩めた。



【あとがき】

晴と美月が飼い始めた白い猫――エクレアの名前の設定背景ですが、設定段階で『くぅ』という愛称で呼ばせたかったんですよね。


作者なりに色々とそう呼べる名前がないか考えたところ、ボキャブラリーが少なすぎてエクレアになってしまいました。


まぁでもエクレアのお嬢様然とした雰囲気にぴったりだし結果オーライかと思ってそのまま物語でも『エクレア』で定着してしまいました。いつか二人がエクレアをくぅ、と呼び始めたらそういう事だと思ってください。


そして、なんと本作がそろそろカクヨム総合10万PV突破しそうです。いやはや、いつも興味持って本作を読んでくださっている読者様、いつも本当に感謝してます。

本格的なお祝いは10万突破してからにして、また次話もお楽しみください。

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