第4章 【 旦那の試練な修学旅行編 (9月編)】

第140話 『 どうですか、久しぶりの妻の制服エプロン姿は? 』


 長い夏休みも終わり、今日から美月は二学期に入る。


「お前の制服姿、随分と久しぶりに見た気がするな」

「そうですね。私もなんだか新鮮です」


 軽く身支度を済ませてリビングへ行くと、そこには一カ月ぶりに見た制服姿の美月がいた。


「どうですか、久しぶりの妻の制服エプロン姿は?」

「犯罪臭が凄い」

「はぁ、またくだらないことを」


 美月が呆れた風に吐息をこぼすも、晴としては結婚相手が女子高校生(JK)だったと実感させられるので背中に怖気が走る。

 肩を落とす美月の下まで寄ると、晴はぽん、と頭に手を置いた。


「朝ご飯、用意してくれてありがとうな」

「つ、妻として当然の務めですから」


 感謝すれば、美月が照れたように言った。

 愛い奴め、と自然と口角が上がって、晴は無言で『もっとして』とおねだりする妻の懇願を聞き届けた。


「早く食べないと時間なくなるぞ」

「大丈夫。支度は既に済ませてあります」

「そういうところは相変わらずだな」


 マメな美月は胸を張って答えた。

 ならもう少し頭撫でてやるか、と続けていれば、美月が朗らかな笑みを浮かべる。


「朝から元気、たくさんもらえてます」

「そら良かった。俺は家に引きこもるだけだから、余分な分はお前にくれてやる」

「じゃあ全部貰ってしまいましょうかね」


 くすくす、と笑う美月。

 それは勘弁してくれ、と苦笑を浮かべて、


「そろそろご飯食べるか」

「そうですね。ご飯食べて、貴方から元気を貰って、今日も一日頑張れる気がします」

「新学期はいつも怠いからな。頑張ってこい」

「私は貴方と違って勤勉ですから、怠いなんて思いませんよ」


 言ってくれたな、と睨めば、美月は「でも」と継いで、


「貴方と会えない時間が増えるのは、やっぱり寂しいです」

「寂しがり屋だな」

「貴方は寂しくありませんか?」

「その質問に答えるの間違ったらビンタされるよな」

「ビンタはしませんが、間違ったら夕飯が抜きになりますよ」


 なんて悪辣な罰だ、と頬が引きつる。

 一拍置くと、晴の答えを求める紫紺の瞳に向かって言った。


「そうだな。俺も、お前に会えない時間が減るのは少し寂しい……と思う」

「ハッキリしないのは減点ですねぇ」


 はぁ、とため息を吐かれて、晴は肩を震わせる。

 ご飯抜きか、と美月の反応を窺えば、呆れた顔には何故か微笑がこぼれていて、


「減点ですけど、少しでもそう思ってくれただけでも良しとしましょう。でも、次はちゃんと寂しいと断言してくださいね」

「分かったよ、次は断言する」

「約束ですよ」

「はいはい。約束するよ」


 楽しそうに言う美月に、晴は辟易としながら首肯した。


「それじゃ、ご飯食べましょうか」

「だな。腹減った」

「ふふ。たくさん食べてくださいね、貴方」

「ん」


 そんな夫婦の憩いの時間を、それまでずっと眺めていたエクレアは、


『にゃあ』


 と呆れた風に鳴いたのだった。


 ▼△▼△▼▼



 皿洗いを終えてリビングに戻れば、鞄を持った美月が晴を見つめていた。


「どうした?」

「どうしたじゃありません。晴さん、何か私に忘れていませんか?」


 はて、と首を捻る。


「特に思いつかないな。……あ、晩御飯のリクエスト」

「違いますよ。それは後で聞くとして、これから学校に登校する私にすることがあると思います」


 美月はそう言うが、晴は全く心当たりがない。

 眉根を寄せれば、やがて痺れを切らしたように美月は嘆息して、


「ん」

「唇がどうかしたか?」

「ん!」


 自分の唇に指を当てる美月に、晴はどういう意味だと思惟した。

 数秒後、晴は「あぁ」と理解したように声を上げて。


「キスしろってことか」

「うん」


 美月の仕草から答えれば、無言のまま肯定された。


「家に帰ってきたらしてやる」

「今して欲しいです」

「なんでだ?」

「やる気注入してください」


 それでやる気が注入できるのか、と疑問に思えば、まるで晴の心を見透かしたように美月が言った。


「キスしてくれたら今日一日頑張れます」

「ハグじゃダメか?」


 人は一日に三十秒間ハグをされるとストレス解消するらしい。なので、そう提案してるみも、美月はそれでは満足できないと首を横に振った。


「キスがいいです」

「ワガママだな」

「キスとハグ両方でもいいですよ」

「もっとワガママだな」


 強欲な美月に晴は肩を落とした。

 これはキスするまで学校に行く気はないと悟れば、晴は諦観したように美月の肩に手を置いて、


「「――ん」」


 おねだりする妻に応えた。

 たった数秒。それでも柔らかな感触を味わえば、晴は揺れる紫紺の瞳に問いかける。


「元気出たか?」

「はい。でも、もっとしたくなりました」

「遅刻するぞ」

「分かってますよ」


 どこか物惜し気に口を尖らせる美月は、ふふ、と口許を緩めて、


「この物足りなさは、家に帰ったら満たしてもらいます」

「べつに構わんが、明日も学校あるだろ」

「あらあら。ナニを想像してるんですか。私はまだ、どうやって満たしてもらうか言ってませんけど」


 ニヤニヤと口角を上げる美月に、晴は不服気に口を尖らせると、


「イジワルな奴だな。そんな悪い妻には、家に帰ったらたっぷり教えてあげないとな」

「な、何をですか……」

「さぁ、それは家に帰って来てからのお楽しみだ」


 意趣返しに悪戯な笑みを魅せれば、美月は頬を引きつらせて、


「お、お手柔らかにお願いします」


 少し調子に乗り過ぎたなと後悔するのだった。

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