第130話 『 まさかこれが恋というやつか⁉ 』


 ――どきどきした。


「……あれが、男の子の手かぁ」


 花火大会も終わり、楽しかった思い出が残響のように胸に残る中、ミケは布団に寝転がりながら自分の手を見つめていた。


「彼、草食に見えて意外と大胆だよなー」


 思い返すは金城くんのこと。

 数時間前、年下の男の子に真剣に告白された言葉が――ずっと頭から離れなかった。


 ――『僕の一番大好きなイラストレーターの力になりたいんです!』


 あの熱量に、ミケは今もずっと囚われたままだった。

 ラブコメみたいな、プロポーズみたいな、そんな愛の輪郭が見えた告白。


「彼は無意識なんだろうなぁ」


 くすっ、と笑みがこぼれる。

 金城はそういう所がある。一生懸命が過ぎるせいで、胸に秘めている想いを全力で吐露するのだ。相手の意思に構わず。

 そうやって直球で想いをぶつけられるから、こっちも戸惑ってしまう。


「あれは、あくまで私が彼にとっての最高のイラストレーターだから」


 それは名誉あることだ。

 自分の好きなことが誰かに認められて、そして応援してもらえる。クリエイターにとって、それ以上の名誉はない。まぁ、ミケは名誉や結果にあまり興味はないが。

 それでも、金城の言葉は嬉しかった。


「彼はその気持ちを伝えてくれまで」


 きっと、それ以上の感情はない。

 それがどこか胸をざわつかせて、そして胸を温めてくれた。

 どうしてかは、分からない。

 不思議な気持ちだった。


「んがあああ! なんかめっちゃもやもやするっす⁉ なんか落ち着かない! なんでだぁぁぁぁぁ⁉」


 ガバッ、と起き上がると、乱暴に頭を掻いた。

 無理解な感情に振り回されるのが気持ち悪い。けれど、その中にも不思議と心地よさが在って。


「こんな感情初めてだ⁉ は⁉ まさかこれが恋というやつか!」


 自分も恋するんだなー、とつい感慨深さを覚えた。

 ……けれど、


「あれ? 全然胸が弾まない……」


 そんな喜びも束の間、心臓の心拍数が上がっていないことに気付く。

 はて、と小首を傾げて、逡巡。


「女は恋をすると世界が輝いて見えるって聞いたんすけどねー。それに相手を見たり思ったりするだけで顔が赤くなったり、うまく言葉が出なくなったりするはずじゃ……」


 恋する乙女の定義に、今の自分が一ミリも該当するものはなかった。


「やっぱりこれは恋じゃないかー」


 勘違いだったとガッカリして、ミケはまた布団に寝転んだ。

 寝付けなくてごろごろして、また彼について気持ちを整理する。


「なるほど。私は友達が出来て舞い上がっただけか」


 金城が自分の中でどういう存在なのか理解すれば、留飲が下った。

 金城はアシスタントではあるが、それ以上に仲が良い関係だと思った。

 一緒にアニメを見たり、ゲームをしたり、絵の話で盛り上がったり――それはきっと、友達と呼べる間柄がする行為だ。

 これは〝恋〟なのではなく、ただの〝喜び〟だと理解した。


「やはり私に恋は早かったか」


 フッ、と自嘲がこぼれた。

 絵にしか興味なくて、絵以外は眼中になかった女だ。そんな女、どこの誰が好きなる。

 ――私に、恋は出来ない。


「さ、明日も依頼あるし寝よ」


 一人ぼっちの黒猫は、恋を知らない。

 まだ、黒猫は一人で彷徨い続けたままだった――。


――――――――――――

【あとがき】

ミケさんと金城くんの成長は今後の展開をお楽しみください。

さて、お次は暴君・詩織ちゃんと慎くんの回です。……暴君?


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