第128話 『 下着、欲しいなら持っていってもいいっすよ 』


「ふぅ。ちょっと休憩~」


 数時間ぶりに作業場から出れば、ドッと重い吐息がこぼれた。


 凝り切った肩を労わりながらリビングに向かえば、何故か新米アシスタント――金城くんが正座していた。


「およよ? 畏まってどうしたんすか、金城くん?」


 そう聞いても、金城は俯いたまま何も答えてはくれなかった。

 おずおずと近づいていくと、突然何かが爆発したように金城が顔を上げた。


「みみみミケ先生⁉」

「な、何すか……?」


 困惑するミケに、金城は真っ赤にした顔でそれを掴みながら叫んだ。


「下着はちゃんと仕舞って下さい!」

「あー、またやっちゃいましたか」


 あはは、と苦笑するミケ。金城が赤面している理由は、ミケの下着(本日はブラジャー)を床に投げ捨てしまっていた事だった。


「やや、申し訳ないっす」

「べ、べつにミケ先生の家なので、僕がどうこう言う立場ではないのは百も承知ですけど……でも! その、僕だって男の子なんです!」

「興奮しちゃうんすか?」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら揶揄えば、金城に「ミケさ先生」と叱責されてしまった。

 ごめんっす、と手を合わせて謝罪しつつ、ミケは片目だけ開けると、


「……下着、欲しいなら持っていってもいいっすよ?」

「ダメに決まってるでしょう⁉ そんな……女性の下着を勝手に持って行くなんて、犯罪じゃないですか⁉」

「大丈夫! 持ち主が許可してるから合法っすよ!」

「余計問題ですよ⁉」


 また金城が吠えた。

 とりあえず彼の手から下着を回収して、ミケは胡坐をかくと、


「うーん、べつに、私の下着なんかで興奮しないと思うんすけどね」


 自分のお胸が貧相であるとは自覚しているので、こんなまな板を包む下着なんかで誰を魅了できるのが甚だ理解不能だった。二次元なら興奮する自分は置いておいて。


「あ、もしかして金城くんはちっぱい派すか?」

「そういう問題では……僕はどっちでもいいです」

「じゃあ二次元なら?」

「……そ、そりゃ、大きい方がいいと、思いますけど」

「なら何も問題ないっすね」

「どうしてそんな結論に至るんですか⁉」


 目を白黒させる金城。ミケはきょとん、と小首を傾げながら言う。


「だって、おっぱい大きい方が好きならちっぱいに興味ないっすよね?」

「それは二次元の話であって、現実は関係ありません!」

「ほう、つまり金城くんは女性の胸に興味ないと」

「そ、そういうんじゃありません!」


 終始狼狽する金城に、ミケは何が問題なのか首を捻る。


 この間も美月に注意されたが、やはり理解できない。たかが布一枚。二次元にはそこにロマンスがあるが、現実にそんなロマンスはない。ましてや自分の断崖絶壁を隠す布だ。そんなものに興奮する人間なんて、よほどの特殊性癖の持主だと思うが。


「なるほど! 金城くんは特殊性癖の持主か!」

「僕は至って普通の性癖の持主ですよ⁉ いったいどうやったらそんな答えが出てくるんですか⁉」

「私の下着なんかで興奮するから」

「ミケさんは魅力的な人ですよ⁉」


 両腕をぶんぶん振りながら嬉しい事を言ってくれるアシスタントくん。

 けれど、ミケ本人はやはり納得がいかなくて。


「(私、そんなに魅力的な女性かな~。周りがダイナマイトボディ過ぎて比較対象にならないんだよなぁ)」


 Dカップ美人の美月ちゃんに、有名コスプレイヤーの詩織ちゃん。スタイルと美貌に恵まれた二人と比べると、ミケは成人したにも関わらず中学生にしか見えないお世辞にも恵まれているとは言えない華奢な容姿だ。


 金城はロリコンか、と新たな疑惑が生まれつつ、ミケはコホンッ、と咳払いすると、


「とりあえず、下着はちゃんと隠す努力はするっす」

「そ、そうしてもらえると助かります」


 ぺこぺこと頭を下げる金城。


 自分の悪癖を治す努力もしないとな、と己に言い聞かせて、ミケは「でも」と声を上げた。


「これから洗濯物も畳んでもらおうかと思ってるんすよねー」

「そ、それって絶対下着を見ちゃうじゃないですか⁉」

「まぁ、必然とそうなるっすね」


 洗濯物を仕舞うのも正直面倒なので、今後は金城にお願いしたかった。

 けれど、金城は高速で首を横に振りながらそれを拒否した。


「無理です無理です無理です無理です! いいいいくら家事をする、といっても、流石にミケ先生の下着には触れません!」

「そんなに拒否されると、私も凹むっすねぇ」


 洗濯しているから綺麗だとは思うが、こうも全力で否定されては汚らわしいものなのでは、と悲しくなってしまう。


 悄然としていると、金城が顔面を蒼白しながら言った。


「そ、その触れないと言うのは、べつにミケ先生の下着が汚いとかではなくて……い、意識しちゃうからで……」

「意識? 何をっすか?」


 眉根を寄せれば、金城が小さな声で答えた。


「……ミケ先生が女性だ、ってことです」

「そこまで男の体に見えますか⁉」

「違いますよ⁉ というかなんでさっきから全然僕の想いが伝わらないんですか⁉」


 ついには涙目になってしまう金城に、ミケは「想い?」と眉根を寄せる。

 どういう意味だ、と思案しても、やはり答えは出てこない。


 真剣に考えてもやはり答えには辿り着けなくて。

 そんなミケに痺れを切らした金城は、大声で言った。


「ミケ先生はとっても可愛くてすごく可憐な人なんです‼ だから先生としてではなく、時々異性として見てしまうんです!」

「――っ」


 それまで必死に隠していた想いを吐露したであろう金城。


「はあっ! 僕、今何を言って……っ」


 それは無意識だったのだろう。思わず口から出てしまった告白を遅れて自覚すれば、一気に顔が赤くなっていく。


 そんな少年の純粋過ぎる告白に、ミケは――


「私って可愛いんすか?」


 と照れもせず不思議そうに小首を傾げた。

 自分という存在にあまりに無関心なミケに、金城は乱暴に頭を掻いて、


「なんでこれも伝わらないのぉぉぉぉおおお⁉」


 そう全力で嘆いたのだった――。



 ――――――――――

【あとがき】

ミケさんの下着なんてなんぼあってもいいですからね。

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