第14話 『 晴さんてどんな小説書いてるんですか? 』


 夕食後。執筆に戻ろうとした晴を美月が呼び止めた。


「晴さんてどんな小説書いてるんですか?」

「興味あんの?」

「はい」 


 こくりと頷かれたので、晴はどうしたもんかと後頭部を掻く。


「あまりお時間は取りませんので、教えてください」

「まぁ、少しならいいが」


 自分の作品を紹介するなんてむず痒くなるが、美月は同棲相手なので隠していても仕方がないだろう。


 まあ、既に美月はリビングで何度もそれを見ているはずなのだが。


 リビングに置かれている本棚の元まで一緒に寄れば、一番上の棚に指を指す。


「これだ」

「……これって、え⁉」


 美月が声を上げた。


「んだよ」

「いえ、私、この作品……というよりアニメ見たことあります」

「なんだ、見てたのか」

「はい。凄く面白かったです。見てから本も買いました」


 まさかの読者だった。


 晴の作品【微熱に浮かされるキミと――】は去年アニメ化され、その作画の高さとキャラの心理描写が丁寧に描かれていて瞬く間に人気が爆発した。


 アニメ化されたのも人気を獲得していたからなのだが、さらに注目度と人気を集める事が出来たのは、全てこの作品を支え続けてくれた読者と編集者、イラストレーターやアニメ製作者や声優様のおかげで、晴はこの作品の原作者として書いたにすぎない。


「これ、確か何かの賞も取ってましたよね」

「流行ラノベ大賞だな」


 文庫本の表紙の帯には目立つ色で『流行ラノベ大賞1位受賞‼』と書かれている。


 そんな誉高い評価を頂ける程この作品の子たちが頑張ってくれた、と普段は感情を起伏させることが少ない晴でさえ、この名誉を見る度に感慨深くなる。


 自身の努力の結晶に双眸を細めていると、隣から感嘆の吐息が聞こえてくる。


「はぁ。こんな凄い人と一緒に住んでるなんて思いもよりませんでした」

「少しは俺を見直したか?」

「少しなんてもんじゃありません。凄く見直しました」


 そこまで評価を改められると居心地が悪くなる。


「ま、そんな気負わなくていいぞ。俺は小説書いてたいだけだし、変に畏まられても面倒だ」

「貴方ってそういう人ですよね」


 美月が呆れた風に嘆息した。

 それから美月は晴の作品に視線を戻すと、キラキラと無邪気な瞳で眺めていた。


「あ、私まだここ読んでない」

「先月出たばかりだからな……つーか、お前結構読んでんだな」

「面白いですからね」

「そうか」


 素直に賛美を送られるとどんな反応をすればいいか困る。

 そんな晴の心情など知らず、美月が本に触れながら言った。


「心理描写がとても丁寧ですし、細かい伏線なんかもあったりして見ていて飽きないです。巻を追うごとに傑と詩音の関係が進んでいくのも楽しいですし、甘いお話だったり悲しいお話が交互に続いてすごくハラハラさせられます。――何より、作者がこの作品の子を好き、って想いが伝わってくるんですよね」

「……っ」


 美月の言葉に、晴の胸に言い知れぬ感情が生まれる。


 いつか在った。そしていつの間にか忘れてしまった、作品に対する感情。自分が本当にこの作品に向き合えているか、ずっと不安だったけれど、美月の言葉に安堵が広がった。


「(そうか。読者に少しでも伝わってくれるなら、書いた甲斐はあるのか)」


 書いていく内に、どうしても〝好き〟という気持ちは薄れていってしまう。自分の時間を削って、命をすり減らして、全てを捨てて――そうしてやっと手に入れた『小説』というたった唯一の存在理由。


 自分の捨てた全部で手に入れた〝もの〟が、少しでも読者の心に届いてくれていたのなら、それは小説家としての本望だ。


「……ありがとな」

「? 何か言いました?」

「読みたないなら読めと言ったんだ」


 小さく呟いた感謝の言葉を、美月は上手く聞こえなくて眉根を寄せる。晴は感謝をすぐに隠してぶっきらぼうに言えば、美月の目が好奇心に光る。


「そうですね。丁度次が気になっていたので、読ませてもらいます」

「あぁ。読み終わったらちゃんと元の場所に戻せよ」

「そこはきちんとしてるんですね」


 苦笑する美月に、晴は「当たり前だ」と返す。


 美月が最新刊を手に取って、部屋に行こうとする。晴も執筆を再開するべく仕事部屋に戻るとすれば、


「晴さん」


 と声を掛けられて足を止めた。

 振り返れば、自分の作品を大切に抱えてくれる美月が微笑みを浮かべていて、


「お仕事、頑張ってください。それと、次のお話も楽しみにしてます」


 とエールを送ってくれて、晴はそれにわずかに口角を上げると、


「あぁ。読者の期待に応えるのが、小説家の務めだからな」


 そう、ファンであり婚約者に向かって言ったのだった。

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