第68話 進むべき道

 そのはあまりにも衝撃的だった。


 胸に去来したものは、「ざまぁないや」や、はたまた「死ぬほどの悪人ではない」などという故人を偲ぶことではない。


 ―次は俺があの姿だ。


 そう思ってしまったのは、この処刑を取り仕切っている憲兵達の言葉にある。


「この処刑はヴァイアージ家が取り仕切る! この者は奸計を用いて国の財を略奪せんとする売国奴である。よって、ここで見せしめとして明朝まで磔とする。よく目に焼きつけておくように!!」


 俺との会話で直接交渉のテーブルにはつきたくないと語っていたルフォイ、それはいやいやながらも、取引が控えていたからか。


 しかしあの雰囲気ではヴァイアージ家から取引でがめつく儲けようなどという気がありそうではなかったが…… 。

 というところで、憲兵の奥の方でここを取り仕切るお偉い方であろう人と、話しているセルゲイを見つける。

 その様子からは憔悴や驚き、保身の雰囲気がなく、むしろ元から関わりがあるもの同士の会話のようだった。


 ―裏切り。


 勘の悪い俺でも流石に確信に近い直感が働く。だが、詰め寄ることさえできずに俺は佇んでいた。

 目の前の見せしめが効いているのだ。

 つい昨日まで憎まれ口を叩き合っていた男が今では変わり果てた姿になっている。


 ―権力―


 それがこれから俺が相手をしなければいけない怪物の名だ。

 レッドウイングリザードのように一定のわかりやすい戦闘力さえあれば、倒されるために存在している超常の物ではない。


 それはとして君臨し続けている不敗の象徴。打倒されるとき、それは国が傾くときだけだ。

「スキルブック作成」というチートスキルを手に入れたことで、どこか俺は自惚れていたのではないか?


 たった一人で場合によっては数千の軍隊と対峙しようとしていたのか俺は。磔にされたルフォイを見上げながら臆病風に吹かれる。

 見ているのが辛くなり、目頭を押さえながら目を閉じる。そして自身の心と向き合った。



『いいから顔を上げなさい、慎二君。君が謝る理由は一つとしてないのだから。ここをやめようとそれは武道の教えから外れることではない。

 武道とは人々の平穏な生活を理不尽な力から守るために存在しているものだ。君は今から大切な者のために武力以外の方法で戦おうとしている。

 君が作ったチラシを見たよ、心に訴える素晴らしい出来のものだった。君は私の誇りだ。

 君が誰かのために戦っている限り、私と君は同じ道を歩んでいる。どうか私にも手伝わせてくれ』



 俺が高校生の頃、合気道の道場から去るときに師範代からかけていただいた言葉を思い出す。


 社畜をしていたときは目の前の忙しさで思い出すこともできなかった出来事が、今になってようやっと自身の心を満たしていた。

 時間と心の余裕というものは本当に大事だなと違うところを反省できるのは少し冷静になれたからだろうか。


 そうだ、何も正面から戦うという話ではない。

 確かに今の俺には強大すぎる相手だが、だからといって我が身可愛さで諦めて道を踏み外したら、これからいったいどの道を歩むというんだ。


 長い社畜生活で卑屈になっていた俺を、それでも誰かのためになろうとしている姿だと頼ってくれた一人の女性がいた。

 そんな彼女が理不尽な目に合おうとしているのを見過ごしては、師範代に合わせる顔がないではないか。


 一度深く呼吸をして目を開ける。


 よし、大丈夫だ。そうだよ、こうやって心とは取り戻すものなんだと教わっていたじゃないか。

 俺の行く道の先には二人の男がいる。一人は師範代、そしてもう一人は先程のメイスさんだ。


 彼はそれこそ苛烈極まる理不尽に晒されながらも、いまだ誰もなし得ぬ大義に命を燃やしている。

 この程度のことで心が折れそうになるとは彼らに対して恥というものだ。


 気持ちを新たに屋敷へと戻ると、マイヤーの父親である当主が帰ってきていた。

 歓迎され、共に食事をいただくとそれとなく今日のことも含めヴァイアージ家に探りを入れる。



 ―しかし、そこで俺は知りたくはなかった、ある事実を知ることとなるのだった。




 

 

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