第59話 2章最終話 約束

 宝石箱から魔石を取り出して、握りしめる。

 失くさずに持っとけよ、とはいったが価値なんてないコボルトの魔石をこんな宝石箱に入れて……


 こんなことされたら、余計に「はい、そうですか」となるわけないじゃないかっ。


「彼女の地元の領地を教えてください。まさかそのまま嫁ぎ先に向かったわけじゃないんでしょ?」


「待ちたまえ、何を考えている?

 勢いに任せて行動していい相手ではないのだよ。

 その預かりものも彼女からの別れの意味なんじゃないのか? 意を汲んであげようじゃないか」


 そんなブライアンの言葉に、


「職場の部下の『遠慮』や『自己犠牲』の意を汲む上司がどこにいるっていうんですかっ! アンタのはただの自己保身だろうがっ!!」


 思わず声を上げ張り上げ、ブライアンも面食らってしまう。沈黙の中、それでも聞き出そうと凄むと、そこで思わぬ方から声が上がった。


「彼女が向かったのは王都にある別邸です。

 内々に決まっていた婚約ですが、数ヶ月後に開かれる公爵家主催のパーティーで他の王侯貴族相手へ、お披露目をするそうです」


 俺の聞きたい情報を話し出すマイヤー。それを止めようとするブライアンを制しながら、


「私が間違っていたんです。自分の出世欲や、周りから認められていない焦りからタナカさんにキツくあたり、多くのことを押し付けていました。

 それでも……、それでも見捨てていいはずの私にタナカさんは手を差し伸べてくださいました。

 そんな経験は初めてでした。そして、今もタナカさんは彼女のために行動を起こそうとしている。

 力になってあげましょうよ、ギルドマスター」


 言葉に熱を帯びながら、ブライアンを説得するマイヤー。その言葉に嘘がないのは俺にはわかる。

 その姿はかつて両親に構って貰えず、内向的になっていた俺に親身になってくれた師範代へ向けていた、俺の思いと同じものだと感じたからだ。


 俺がマイヤーにやった行動は間違ってなどいなかった。少しだけでも憧れていた師範代ジブンになれたのかな。


「それでも無茶はしないでくださいね。私の家の人間も今王都にいるはずです。

 一筆したためるので、持っていってください。できることは少ないでしょうが、王都の案内くらいなら人を遣わすようにいっておきましょう」


 ブライアンを無視して話を続けるマイヤー。

 ララ、あったよマイヤーにも、男気ダンディズムが。


 そこまできて諦めたのか、大袈裟に肩をすくめてブライアンが口を開く。


「やれやれ、私の役割をマイヤーに取られてしまったな。全く、最近のタナカ君には驚かされてばかりだよ。いや、君もまた男だということだな。

 男なら駆け落ちの一度や二度、経験するものだからね、私なんか―」



 「「話の邪魔です」」


 この男はもう何か、色々と手遅れだ。

 二人で無視して話を続けた。


 


 引き継ぎ最終日。


 それまでに準備をすませて、今日が終われば明日には、王都に向かう。

 職場の皆からは思っていた以上に感謝の言葉をかけていただいた。


 セリルさんからは、


「何かいい顔になったわね、タナカ君。冒険者になるとか聞いたときには耳を疑ったけど、それでも何処で、何をやっても君は君だから。

 お人好し過ぎるけど、それでも自分の筋は通すところがいいところなんだから、これからも元気でね!」


 っと肩をバンバンと叩かれた。


 今のはちょっと年相応なオバチャンみたいで少しガクっときてしまう。いや、勝手に幻想を押し付けてる俺が悪いんだけど。


 取引先への最後の挨拶回りに出る。


 ユーリーのお店にいったが、素っ気ないものだった。俺へ言いたいことは前回であらかた話し尽くしたらしい。


「ああっそうかい、好きにしな。似合わないことをしに行くのか、いつもと同じことになるのかは知らないが、まあお互い、生きてたらまた顔を見せな」


 だと。俺はともかく、ユーリーはしばらくは大丈夫だろう。


 色々と周り、最後に武器屋へと赴いた。まだ会話がないが、このままではいられない。

 酒と紙で包んだ本を持って、中へと入る。


「オヤジさん、今日で最後だ。付き合いは長かったけど、打ち解けたのは最近だったからこのままじゃ寂しいよ。それとこれは武器のお礼」


 酒と本を渡す。

 結局拳銃のお代も受け取っては貰えなかった。せめてと、用意したのがこの二つだ。


 ホッカさんは酒だけ引ったくると、そのまま奥へと消えていく。今日も駄目だったかなと立ち尽くすと、何かを持ったホッカさんが戻ってきて


「間に合うか、わからんかったがな。餞別だ、持っとけ」


 と、新たな改良されたリボルバーを渡された。


「そいつにはオヤジの『付与』が施されてます。

 魔力を込めて威力を上げることもできるそうです。後、これは弾薬と頼まれてたホルスターと弾込めの奴ですね」


 後をついで、お弟子さんが説明をしてくれる。


 弾込めのとはスピードローダーとか呼ばれるもので、装弾数を予め同じ等間隔で用意して、素早く全弾装填できるもので、前回の反省からお弟子さんに頼んでいた。


「オヤジさん、ありがとう」


 出来なかったときかっこ悪いから何も喋らないって、不器用にも程があるだろうが、物よりもその心が嬉しかった。


 本の方は興味がないのか、受け取って貰えなかったので、お弟子さんに渡して最後に頭を下げて後にする。


 拳銃のときのような図面の本と思われたようだが、中身は「剛力」のスキルブックだ。


『鍛冶』はジョブレベルで製作できるものが決まってくるが、品質にはSTR(筋力)やDEX(器用)が関わり、腕のいい鍛冶師には自ら魔物を狩りってレベルを上げているホッカさんのような人もいる。


 当然「剛力」も取得している筈だが、これがあれば助けになるだろう。中身を見れば受け取っては貰えなかったかもしれないから、ちょうどいい。



 さて、これで思い残すことはないかな、


 何ももう戻ってこないと決めているわけではないが、相手は貴族のお家事情だ。彼女が不幸になりそうならどんな形でも助けるが、その結果としてもうここには戻れなくなる可能性もある。


 一応、マイヤーとオマケにブライアンとそのあたり最終の策の話はつけておいたが、それでも二十年いた街だからな。


 苦労ばかりだったが感慨も出てくる。ただ浸っている場合ではない。



 『約束』したからな、助けるって。


「冒険者」にとっての『約束』は夢物語で信用ならないものかもしれないが、「社畜」にとっての『約束』とは絶対厳守なのだ。


 どうやら俺はまだ社畜根性を捨てなくていいらしい。


 「待ってろよ、ララ」


 ―思いを胸に王都へと立つ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて2章終幕です。


 最後は地味なシーンが多くまたスカッとしたシーンもありませんでしたがそれでも作品を追ってきてくださった方々には感謝しかありません。


 


 また3章「王都救出絵巻」は随時更新できればと思っていますのでよろしくお願いします(_ _;)


 ここまでは彼の成長を中心に描きましたがここからはヒロインを据えてカッコよく活躍させたいと思ってますのでどうかご期待ください。


 「レディ、お手を」


 異世界転生して苦節20年、遂に覚醒したタナカのダンディズムが王侯貴族達に炸裂!!


            すればいいな(予告風)


 

ここまでまあ悪くはなかったよ、という方がおられましたらフォローと★★★をつけて次の更新をお待ち下さい(_ _;)




 

 

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