第16話 条件

 呆れと笑いで真剣な空気が壊れる中、このまま流されては敵わないと食い下がる。

 

「私は冗談で二つの書類を持ってきたのではありません。

 登録申請が通らないのであれば仕方ありません、せめて退職は認めてください。登録申請はここを辞めてから本部にでも直談判してきます。」


 っと、認めなければ大事にするぞと暗に含める。


「はあ、いい加減にしないか。いいかい、冒険者というのは命の懸かった荒事だ。

 ベテランでも40歳がボーダーとされている。私だってその前に引退しているし、マイヤーなど20半ばで見切りをつけてくれた。

 それはそれで大事なことなんだ。今から始めても半端に何も為せずか、無謀をおこして命を失うかだ。

 私は君にそうなってほしくはないからこうやって言っているのであって、決して邪魔してるわけではないのだよ。」


「だからこそです、私には時間がありません。20年前、あなたに引き止められ職員となってからもずっと心に凝りが残っていました。

 このままでは一生後悔することになる。だから後2年、本気で挑戦させてください。

 それで無理ならここに土下座しにきて、給料は例え半分でも生涯奉仕しましょう。」


 こちらも啖呵を切って応戦する。


「やれやれ、強情だな。わかったよ、ただ半年猶予をくれ。君の仕事は簡単に穴は埋まらないよ。

 半年間勤めてくれるのなら冒険者登録も前向きに検討しよう。」


 と妥協案を掲示してくる。どうやら本部への栄転の話は内々に決まりでもしたのだろう。

 今は6月で年内まで無難に過ごせれば年明けには王都にいきそのまま後は知りませんというわけか。


 しかしこのスキルを得て後半年も我慢か、俺には時間がないのは事実だが冒険者登録と引き替えならここが落としどころか?

 どちらにせよ、引き継ぎで2~3ヶ月は覚悟していたしと思案しているとあの男が最後まで黙っているわけもなかった。


「何やら自信あり気だなタナカよ。どうですギルドマスター、私から両者にメリットのある提案があるのですが。

 勿論喧嘩がしたいわけではありません、このままでは彼も戻りづらいでしょう。

 少し現実を知ってもらうためにもどうでしょう、臨時の冒険者登録試験というのは?」

 

 口角を上げ何やら悪いことを考えているのが明白だが、俺にとってはチャンスだ。ギルドマスターはというと余計なことをと顔に出ていた。


  「乗りましょう!」


 と間髪入れずに俺が答えると、ブライアンはしかめっ面をしながらも取り敢えずは条件を聞くようだ。

 流石に今の流れで話も聞かず取り合わないと今度はマイヤーの顔が潰れ、話がこじれると踏んだのだろう。俺にはわからないが彼は彼なりに苦労しているみたいだ。


「条件は簡単だ。これから一ヶ月でどれでもいい、Dランクダンジョンをソロで攻略してみせろ。

 2年で一端の名を挙げる冒険者になるというんだ、簡単だろう?」 


 と普通に考えれば理不尽なことを言い出した。


「今日まずは仮として冒険者登録はしておこう。

攻略するダンジョンが決まれば入口の係の者に連絡して不正の余地は残さない。

 高ランク冒険者を雇って寄生しても意味がないからソロ限定だ。失敗すれば冒険者資格永久剥奪に一ヶ月職場を空けた無償労働と先程の啖呵の給与半額で定年まで勤めてもらおう。

 成功すれば私のポケットマネーから退職金、金貨50枚だ。いい条件だろう?何か質問は?」


「一ヶ月というのは明日から30日後までと言う意味でよろしいですか?

 こちらの不正に言及があるのでしたらそちらも妨害工作をしないという旨の一筆お願いします。それ以外の条件は問題ありません。」


 と答えると、二人共に驚きを隠さなかった。


「いいのかそんな条件を呑んで!後で泣きついても助けてやれんぞ!」


 ブライアンが声を張り上げると、


「ふんっ、条件の部分で泣きついてくるかと思えばやれ細かい日数やら一筆やらあいも変わらずネチネチと。」


 とマイヤーが苛ついてみせる。

 フン、お前は逆に性格はネチっこいのに書類仕事は大雑把なんだよと内心愚痴るが今回はナイスジョブだ。

 確かにこれくらいのクエストでなければ「スキルブック作成」の真価は試せない。


「お二人とも問題なければ契約書の作成に移ります。内容に目を通しサインをください。」


 「強制証文作成」を駆使して契約書を作成する、微量だが魔力の痕跡はあるのだが二人とも全く気づかない。

 現場を離れ鈍っているのだろう、ユーリーとの格の違いを感じる、まあ俺もわからないことなので偉そうにしてはいけない(戒め)。


 その後ブライアンが、


「マイヤーからの提案で始まったことだからな、この一ヶ月のタナカ君の仕事の穴はマイヤーが責任を持って埋めること。

 大きな損失があれば君が補填したまえ。

 すまないが今のも書類にしておきたいのだがいいかねタナカ君、それとねこれは本心からだが無茶はするなよ。」


 と仕事と忠告を頂く。


 できればこれも「強制証文」にしてやりたがったが今使ってクールタイムがあるしまあ立場上従わざる得ないだろう。




 こうして俺の初クエスト「臨時冒険者登録試験」が始まった。

 

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