拾われ赤鬼の恋愛事情

空乃智春(そらのともはる)

第1章

第1話 拾い主は変態のようです

 ある夏の事。

 私は、変な男に拾われた。

 目を隠すほどに前髪の長い、ぼさぼさした赤色の髪の三十代前半の男。

 気だるげな雰囲気を漂わせる彼の名前はコウといい、記憶喪失だった私を家に住まわせてくれた。


 コウは人使いこそ荒かったけれど、悪いやつではなかった。

 ただし、コウはとてつもない駄目人間であった。


 コウの職業は探偵だという。

 依頼を受けて人の秘密を暴いたり、捜し物をしたり、護衛をしたりするらしい。

 つまりは何でも屋ということで私は理解していた。


 しかし、コウときたら、部屋のなかで裸の女性が載っている本を読んでばかりいる。

 時折、ふらっと家からいなくなるので、そのときに仕事をしてるのかなと思いきや……帰ってきたコウが酒臭いことも多かった。


 酔って帰ってきたコウのポケットからは小さな紙が出てくることが多く、コウの後輩だという少年・カズマによれば、これは『馬券』というらしい。

 どの馬が勝つか予想して、お金をかける余興に参加した証なのだという。

 つまりは、賭け事をしてきたということだ。


「先輩、競馬に行くくらいなら、ボクから借りた金返してください!」

 コウは大分年下であるカズマから、何度もお金を借りているらしかった。

「ごめんごめん。次は必ず勝って三倍にして払うからさ!」

 全く誠意のない態度でコウがそんなことをいうたび、カズマは怒ってコウのお尻を蹴るのだけど、それは逆にコウを喜ばせているように見えた。



◆◇◆


 正直にいって、私は料理以外、家事があまり得意ではない。

 記憶喪失のせいなのか、コウの部屋には不思議なものが多すぎた。

 『せんたくき』というものも、『てれび』という人が箱の中にいる機械も初めてみた。単に忘れているだけかもしれないが。



『少女ばかりを狙う連続殺人鬼、また街に現れる!』

 てれびというのは便利なもので、遠くにある人やモノをこの箱に映すことができるのだという。

 情報の伝達に使われるものなのだと、コウは教えてくれた。

 最近はこの連続殺人鬼のことばかり、てれびは話す。


『夜は危ないので外出は控えてください』

「あっどうも、ごていねいに」

 私が頭をてれびに向かって下げると、軽く新聞紙で頭を叩かれる。


「テレビに話しかけても意味ないって教えただろ」

 振り返れば、コウは呆れた顔をしていた。


「そうだったな」

 私が頷くと、ピッという音がして、コウがてれびを消してしまう。

 もう少し見たかったけれどしかたない。

 私は部屋の掃除をするために、椅子から立ち上がった。

 きゅっきゅと手際よく、コウの隠していた卑猥な本を集めて縛りあげる。


「何してんの? その本買ったばかりなんだけど」

 コウの不満気な声が聞こえてきた。


「今日は古紙回収の日だ。ちゃんと覚えたんだぞ」

「なんで褒めてくれみたいな言い方してるの。というか、なんでそれをゴミ扱いしてるんだ。俺の宝物だぞ!」

「女の人が鞭を持ったり男の人が縛られてる、この卑猥な本を宝物とするコウの方を、縛ってゴミに出したほうがいいような気がしてくるな」


 慌てるコウを軽蔑の眼差しで見つめてやる。

 少しは反省すればいい。そう思ったのだけど。


「えっ、縛ってくれるのか?」

「……とりあえず、コウも全部まとめてゴミ行きだな」

 なぜか、コウはちょっと嬉しそうだった。

 こういうのを変態っていうんだな。

 あまりモノのわからない私でも、それくらいはわかった。



◆◇◆


 喉が渇いた。

 夜、眠れなくて私は目を覚ます。


 私は喉が渇きやすい体質らしく、コウがくれる特別な飲み物を毎日飲まないと喉が渇いて眠れない。

 一日一杯の、甘くて美味しい汁。

 コウのお手製で、毎日作ってくれるのだが、作り方だけは絶対に教えてはくれない。


 三日ほど前からコウは留守だ。

 こんなことは今までなかった。

 家を空けたとしても、長くて一日だった。

 仕事で手こずっているんだろう。

 そう思って、大人しく帰りを待っていた。


 コウを探そうにも、私はこのあたりの地理がよくわからない。

 食材が売っている場所くらいしか覚えてないのだ。

 何より一人で外に出るなと、コウに何度も念を押されていた。


 どうして一人で外に出てはいけないのか。

 そう聞いた私に、コウは外には危険がいっぱいなんだと教えてくれた。

 百聞は一見にしかず。

 コウと外出した際に、色々教えてもらったのだけれど、街はまさに魔窟まくつだった。


 街では『しんごう』という鬼がいたるところで、赤青黄色の目玉を光らせていた。

 あの瞳が青になった時以外に道を渡ると、人を体内に取り込み高速で走り回る、『じどうしゃ』という怪異にき殺される。

 牛や馬が引いている車なら知っているのだけれど、あれに魂が宿り進化した怪異なのかもしれないと思う。


 『じどう車』にぶつかれば、骨が砕けるだけではすまないのだと、コウは言っていた。

 けれど決まりさえ守れば攻撃されないらしく、私はそれに従いながら歩くことを覚えた。


 店の多くある一際賑わいを見せる通りでは、『ばんぎゃ』と呼ばれる少女のなりをした新種の鬼族が、声色高く歩きまわるのを見た。

 二足歩行する人間ほどあるウサギが文字の書かれた立て札を掲げ、ちり紙をくばっていた。


 『びる』と呼ばれる、空を突き抜けるほどに高い塔が数多くそびえつ場所にも連れて行ってもらった。

 そこでは日々『さらりーまん』と呼ばれるサムライたちが戦いを繰り広げているらしかった。


 こんな奇妙な場所で、記憶喪失前の私は暮らしていたのだろうか?

 街には危険が多すぎて、私一人ではとても対応しきれそうになかった。

 

 そんなところへ毎日出かけていくコウやカズマは、あぁ見えて凄腕の猛者もさなんだろう。

 コウはいつも気だるそうにしているけれど、その実鍛えられた体をしている。

 カズマもコウほどではないけれど、歳の割りに筋肉があって、その動きには無駄がない。剣術を習っていると言っていたから、そのたまものなんだろう。


 ――あぁ、戦ってみたいなぁ。

 ふと、そんなことを思う。

 コウはいつだってマイペースを崩さないけれど、私がいきなり襲い掛かったらどんな顔をするんだろうか。


 なんとなく、感覚でわかる。

 コウは、きっと強い。

 その肌に爪を立てて、肉を引きちぎって、コウと刃を交えることができたらどんなに素敵だろう。

 痛みにゆがむその顔を想像するだけで――血が沸きあがるように体が熱くなった。


 その衝動を抑えたくて、自分の体を抱きしめる。

 はぁと感嘆の溜息をついて我に返ったら、爪の食い込んだ腕から血が出ていた。

 口元に腕を押し付けるようにして、血を舐めとる。


 血は、コウがくれる飲み物の味によく似ていた。

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