駆け出し冒険者編

042-剣は折れても心は折れない!

 冒険者としての初仕事で見事に剣をダメにした私は、ひとしきり泣くとだいぶ落ち着いてきた。ふと周りを見ると腕相撲男がいまだに見守っていてくれた。


「落ち着いてきたわ、ありがとう」

「ああ、いいってことよ冒険者は助け合いだ困ったことがあったら相談にのるぜ?」


 筋肉スキンヘッドな見た目と違い中身は紳士なのね……。ええと、困ったこと……あたりを見回すともうすっかり暗くなっていた。あっ!そういえば私ホームレスだわ!


「今晩寝る場所が無いのですけど安宿をご存知ありませんか?」

「あー宿か予算は?」


 ポケットの小銭を探りながらこの世界の通貨の事情を思い出す。


この世界の硬貨は摩耗に強い丸型で価値はそれぞれ銅貨は100ラド、50ラド、10ラド、5ラド、1ラドの5種類あり銀貨は500ラド、金貨は1,000ラド、白金貨は10,000ラドである。


 そして摩耗を考慮するほど使用されない事を前提とした角型の白金貨、通称[貴族白金貨]は100,000ラド

で最高額の硬貨だ。


 ポケットから先ほどの亀退治でもらった硬貨を3枚取り出すと机に置く。10ラド銅貨が2枚5ラド銅貨が1まいで合計25ラドだ。


「25ラドか、大部屋なら飯付きがあるけど、女一人だと危なすぎるからな……。個室だと素泊まりでギリギリだな」

「素泊まり?それって……」

 飯抜きor男の集団の中で眠る……飯抜き一択ですわ。

「ああ今日は飯抜きだな」

「うう……仕方がないですわ、そこ教えてください」


 鞘の中でガチャガチャ音を立てる折れた剣を腰にぶら下げて街を歩く。宿が閉まる前に急いで腕相撲男から聞いた安宿に行き部屋を取った。ベッドは固く薄い麻布が一枚敷いてあるだけの酷いものだった。仕方がなく横になるとベッドは予想通りに硬かった。


「うう……お腹空いたしベッドは硬いし剣も折れちゃった」


 夢にまで見た冒険者生活は酷いスタートとなった。今までの裕福な暮らしにこれほどありがたみを感じひっそりと両親と領民に感謝しました。


 剣は折れても心は折れない!私は無理やり気合を入れる。


 明日はご飯が食べれるように朝から仕事をこなすぞ!そう決意して空腹に耐えながら眠りに付いた。


 翌朝さっさと宿を引き払い食事をしている宿泊客を横目に今にもなりそうなお腹を押さえて急ぎ足で宿を出る。その脚でギルドに向かい中に入ると朝一番でまだ他の冒険者が誰もいないクエスト受付へ。


 「おはようございます。クエストですか?」と対応する巨乳の受付嬢にギルドカードを出し「亀退治お願いします」と頼み昨日と同じ亀退治を受ける。すぐに街の外にでて手早く五匹のロックタートルに拳を叩きつけてギルドカードの「討伐完了」の声を聞く。ぐぅぐぅなるお腹を抑えながら、ギルドに戻り報酬を受け取るとギルド内にある酒場に直行してセクハラされそうな衣装の給仕人を捕まえて食事を頼む。


「25ラド以内でなにか食べ物を!」

「10ラドの朝定食でいいですか?」

「それでお願い!なるべく急ぎでお願いしますわ!」

「はい!朝定を急ぎでお願いします!」


 給仕人がキッチンにオーダーを通す「はいよ!朝定だな」とキッチンから調理に取り掛かる声がかかる。「席について少々お待ちください」と促され近場にあったテーブルに付くとまたお腹がキュルッと音を立てる。急に恥ずかしくなった私は、言い訳をはじめる。


「昨日のお昼から何も食べていないのですわ……」

「もしかして無一文で飛び出したんですか?」

「ええ……装備に気を取られて生活費のことを忘れていましたわ」

「それは大変ですね~今日はきちんと稼げると良いですね」

「はい!がんばります!」

 

 「朝定上がったよ」の声が聞こえると給仕係が料理を運んできた。メニューはパンとハムエッグにサラダとコーンスープです。「いただきます!」と手を合わせたあと貴族のマナーなど忘れ去ってガツガツと食べすすめ、あっという間に食べ終えた。


「ふ~ごちそうさま!美味しかったですわ!」


食事に満足しているとちょうど腕相撲男がギルドにはいってきた。


「お?朝早いな~もうひと仕事終えたのか?」

「お腹が空きすぎて亀退治を全力で終わらせてきたわ」

「てかほんとに武器無しで行けるんだなすごいな……」

「不本意ですが仕方がないですわ」


 腕相撲男はなにか思い出したような顔をするとニヤニヤしだした。


「昨日よぉ酒場で劇団員の連中が騒いでたんだけどよ~ってあんたのことだろ?」

「え?なんですかそれ?」


 昨日酒場できいたという話は、なんと昨日の裁判は演劇として行われていたことがわかりました!学園に入る少し前にお父様が言っていたことを思い出していた。「卒業後はお前が好きなことをしなさい私達は応援しているよ」あれは本当のことだったのかしら?だけどまさか貴族が好きにしていいなんてあり得るのかしら?疑問に思ったことをそのままきいてみました。


「あの……娘に好き勝手に生きろっていう貴族っていると思います?」

「うーん……嫡男と次男以外は独立するのが普通だろ?下位貴族の娘だと政略結婚させられることもあるが侯爵家以上は自由だと思うぞ?」

「ええええええ!私の苦労はなんだったの?」


 私は演技をしてわざと追放された事を腕相撲男に話すと「嫌がらせぐらいで追放されないし、婚約者がいるのに他の娘に手を出すほうが問題視しされるぞ?王が聞いたらその3人まとめて謹慎になるだけだな」と衝撃の事実を教えてくれた。


「それって……事実なのかしら?」

「大体そうなるだろうな~」

「だったら私がしたことはいったい……」

「まぁ……今度会ったら謝ったほうがいいとしか言えないな」


 私はこの後放心してしまいお昼すぎまでボーッとしていた。お腹が空いてきたのでまた食事を頼みぼけーっと昼定食を食べていると。ギルドの受付嬢が私宛の手紙を渡してくれた。


ーーーーー

マルレリンド へ


 この手紙はマルレが演劇だと知ったようだったら渡してくれとギルドに頼んでおいた。お前の希望の通りに冒険者になることを認める。求婚が煩わしいだろうから籍も外しておいた……でも戻りたくなったらいつでも戻ってきなさい。冒険者として成功することを祈っているよ。


ザロット・ドレストレイル

レナータ・ドレストレイル

ヴィクトル・ドレストレイル

ファーダ より


追伸、お嬢が[冒険者になるためにはノート]と剣の訓練していたことは屋敷の皆が知っていました。嘘は向いていないのでまっすぐ素直に生きることをおすすめします。

ーーーーー


 私は手紙を読み終えると肩を落とした。


 もう!いろいろ考えるのはやめる!


 剣は折れても心は折れない!


 さぁ!仕事仕事!


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