038-知識の限界

「で? ピストンとエンジンてなんですの?」


 一区切りが付いたところで話を[ピクツ]に戻した。エンジンというのは、伸びたち縮んだりするピストン運動を回転運動に変える仕組みだということです。


「では? その方法は?」

「――知らない!」

「え?」


 そこからアリッサの主張はすごかった。


 身近な物の仕組みなんてわかるの? ねぇ! 車のエンジンの仕組みなのかわかる? スマホが、どんな電波飛ばして、どんな電波受信しているのかわかるの? ガスコンロだってHIヒータだって!


 何なら機械じゃなくてもいいわ! 靴だって服だって、私たちが知らない技術の塊なのよ! 今まで勉強して、実際に使ってきた魔法のほうが、よっぽど理解しているわ!


 私はそう言われて気がついた……。数学や化学など知識はあるが、その使い方をまだ習っていない……。パスカルの原理を知っていても、油圧システムは作れない。フレミングの左手の法則を知っていても、電気モータは作れない。


 私が[ピクツ]を作れたのは奇跡に近かった。


 [ピクピク汁]が膨張する特性とくせいから空気圧を思い出した。そこから自転車に空気を入れすぎた時に、押し戻される空気入れのレバーを思い浮かべた。そこからさらにショベルカーのアームを思い出して製作を開始した。途中で起きた液漏れには水筒のパッキンを思い出すことでなんとか形になった。


 そう、すべて偶然が重なってできたものだった。


 生活にヒントは、ちりばめられていても答えはない……


 [ピクツ]をガションガションさせながらアリッサに尋ねた。


「これ……。どうしましょうか?」

「簡単よ! 新しいものはできた! なら後はこの世界の天才に託せばいいの!」

「そうか! アリッサ頭良い!」


 ということでこの仕組の特許を取り公開することにした。使用方法を各地の天才に丸投げすることで落ち着いた。


 さっそくこの研究室を提供してくれた先生に[ピクツ]を見せに行きました。そして、特許は取れるかと聞いたらちょっとした騒動になった。


「これは新しい魔石が発見されるのと同じぐらい価値がある発明だよ! いや! 誰でも使える無属性だ! もっと価値はある!」


 先生はすごく興奮していました。


 その後は、まくし立てられるように、材料や仕組みを質問された。材料に[ピクピク汁]が使われていることを話すと、[ピクピク汁]の開発者と共同特許になるということです。なので[ピクピク汁]の開発者と会うことになりました。


 先生が言うには、ある人物が学生時代に作って置いていったものだそうです。なので、きちんと記録が残っていたから連絡が取れるそうです。


 落ち合う場所は、交流イベントの盗賊退治の時に使った狭い会議室でした。扉を開けるとそこには見知った顔がありました。


 くすんだ金色の髪は寝癖だらけ眠そうな目つき。下まぶたにはクマがあり瞳は赤い……。ノチド先生だ。私の姿を見た途端、いつも眠そうな半開きの目をカッと見開いた。そして、素早く土下座した……。


「あのときは申し訳なかった!」


 そういえば、私が倒れたきり会っていませんでしたわね……。


「別に気にしていませんから大丈夫です!」

「ずっと謝りたかったんだけど、ザロットきょうに止められていたので……」


 あの後ブチギレ寸前のお父様に、娘に近づくなと言われたらしい。それにときどき自分の影から視線も感じるといってました……。お兄様まで……。話が進まなそうなのでさっさと話題を変える。


「そうでしたの? そんなことはもうどうでもいいですわ! だから特許の話をしましょう」

「私もそう聞いて呼び出されてきたんですが、いったい何の話ですか?」


 実際に見て納得してもらったほうが早いと思い[ピクツ]をとりだし、動作させながら説明した。


「これの内部には、あなたが倉庫においていった[ピクピク汁]が入っていますの!」

「[ピクピク汁]? ああ! あの失敗ゴミポーションか! 懐かしいな~」


 どうやら思い出してくれたようですね。


「というかそれすごいな……。無属性魔力の新動力か……。君ならではの発想だな!」

「奇跡の産物ですわ、それで特許の方はどうですか?」

「うん……。条件は僕が1割で君が9割で収入を分配するってことでどうかな?」

「そんなに、少なくていいのですか?」

「僕は何もしていないしね~。それにこの発明なら1割でも十分な資金が見込めるから」

「そうですの? では誰かに管理を委託して書類を作成してきますわ」

「だったら僕がやろうか?」

「先生が?」

「うん、そのかわり2:8でいいかな?」

「もちろんですわ! お願いしますね!」

「はい任せておいてよ! さっそく手続きしてくる」


 そう言い残すと「やった何もしないで膨大な開発費が転がり込んできた! ラッキー」と言いながら、うれしそうに帰って行きました。会議室を出ると心配そうな顔をしたアリッサが待っていました。


「なんかノチド先生が出てきたけど気絶しなかった?」

「大丈夫ですわよ! 私はそんなに貧弱じゃないわよ!」

「なら良かった、それじゃ特許の方は?」

「それならバッチリよ! 8:2で管理までやってくれるって」

「気前がいいですわね~」

「なんか大金が入るみたいなこと言ってましたわ」

「2割で大金……。だとするとマルレの取り分は……」

「さぁ? 冒険者がうまく行かなかったら使おうかしら?」

「本当に冒険者になるんだね……」

「ええ! 6年も待ったんですから思いっきり楽しみますよ!」

「そうね……」


 アリッサの様子をみて、頻繁に会えなくなると思い、ちょっぴり切なくなった。


 [ピクツ]の発明で無事単位を取れた私は、卒業まで研究室で怠慢の限りを尽くした。他にはガオゴウレンさんの求愛から、全力で逃げたりして過ごし、あっという間に卒業を迎えた。


 明日はついに卒業式。そして不意打ちで裁判にかけられる予定だ!


 不意打ちされる予定ってなんだかおかしいですわね!


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