033-アーク困惑

 暑い夏の日差しのなか学園所有の農地では、公共事業科の農業の授業がおこなわれている。


 今畑では何人もの生徒が土魔法で土をかき回している。いわゆる天地返しだ。この作業は地下にたまった堆肥を掘り起こす。この作業は、連作障害の緩和や雑草の根や害虫の幼虫を一網打尽にする効果もある。


「さすが王太子殿下! これほど深く広範囲な天地返しは、めったに見られませんよ!」


 たった今、教師に褒められた私はアーク・セイントレイト、この国の王族で第二王子だ。王子とはいっても優秀な兄がいるので、跡目争いもないし学生の間は気楽なものだ。しかしここを卒業すれば、国中の調子の悪い畑の手入れが待っている。その他にも護岸工事に道路整備ときには大型建築に駆り出される。


 他国と比べるとこの国はおかしい……。兄上の言う通り王族なんて名乗るのを止めて、棟梁とうりょうにでも改めたほうがいいと思う。


 3年生になり私たちはクラスがバラバラになった。私は公共事業科。アリッサ、ラーバル、ファーダは戦闘魔術科へ。そしてマルレは魔道具まどうぐ研究科とバラバラになった。


「今日の授業はここまでです! おつかれさまでした!」


 授業が終わり汗だくの服をどうにかしたくて寮へと急ぐ。男子寮へと通じる道でよく見知った二人がいるのが見えた。マルレとアリッサだ。2人は、私の顔を確認するとお互いの顔を見てうなずき妙なことを始めた……。


「アナタ! 私のアークにちょっかい出すなんてーイイドキョウね!」

「いやーヤメてー」

「アナタにはコレがお似合いよ!」


(あ、ちょっと遠いわ、もうちょっと、こちらへ)

(え? あ、うん)


 2人は道沿いの植え込み側に一歩だけ動いた。


 それからマルレは、植え込みの奥から水の入ったバケツ取り出す。それからアリッサの脚に水をチョロっとかけた。


「水をカケルるなんてヒドイわー」

「私の婚約者に近づくからコウナルノヨー」


 棒読みのセリフを言い終わると二人はちらっと私の顔をじっと見つめた……。


 一体なんだこれは、意味がわからないぞ? 演劇かなんかの練習か? すると植え込みの後ろでファーダが手を合わせているのが見えた。「お願いします!」と読み取れるしぐさをしながら、懸命になにかを伝えようとしている……。


 まさかアレに参加しろというのか? 戸惑っていると、3人共みるみるうちに不安でいっぱいの顔になっていく。仕方がない……よくわからないが参加するしか無いようだ。


「マルレ! 何をやっている! そんな事をして良いと思っているのか!」


 汗だくで早く着替えたいと思っているときに、謎の儀式に巻き込まれイライラして語気が強まってしまった。


 怒鳴られたマルレは、ビクッとして泣き出しそうな顔になり走り去っていった……。


 アリッサがすぐに近寄ってきて腕に絡みつくと「ありがとうアーク、助かった! マルレはヒドイね」と早く終わらせたいという思いからなのか、すごい早口で言い終える。そして、マルレが走り去った方へすごい勢いで走っていった。


 アリッサの背中が見えなくなると、私はファーダをにらみつけ、こちらへ来いと手招きをした。


「おい、あれはなんだ? 説明しろ」

「えーと、あのですねぇ……」

「なんだ? はっきりしろ!」


 強い日差しのなか汗で張り付く服に不快感と、妙なことにつきあわされた心労で、怒りが頂点に達する。

 

「はい! 説明しますので二人が来られない男子寮へお願いします」

「わかった、その前に汗を流してくる。逃げるなよ」

「はい! お待ちしております!」


 上官に叱られた軍人のようになっているファーダを残しシャワーを浴びる。体を打つ水に気持ちよくなっていると、先程の泣きそうなマルレの顔が浮かぶ。何も悪いことをしていないどころか、協力してやったというのに罪悪感がのこる……。自分でやっておいてなぜあんな顔を……イライラが募る……。


 汗を流し終えると、タオルで頭を拭きながらシャワー室のベンチに腰を掛けた。そして、置物のように微動だにしないファーダに声を掛けた。


「で? あれは何なのだ?」

「あれはですね……。婚約者に近寄った平民をいじめる悪役令嬢です」

「は? ちゃんと分かるように説明しろ! 埋めるぞ?」

「ええと……。じつはあの二人が妙な計画を……」


 俺は詳しい話を聞いた。その他の未来の話はともかく、自分の話に驚いた。婚約者を持ちながら他の女に手を出したあげくに婚約者を追放するとは……。


 そんなバカ実在するのか? いや……今の私の状況は、それに近いものがある。偽装偽装とはいえ婚約者がいるのに私は彼女と……。


「どうにか説得はできないのか?」

「二人共すでに実現が不可能な未来を信じてるようで……」

「マルレもなのか?」

「ええ、10歳の時に書いたノートに、今の計画が描かれてました。けれども自分が死ぬということは、分からなかったみたいです」

「だろうな。それで、両方を納得させるために、卒業式後に裁判やり、マレルを無事に外に出せばいいってことか……」

「はい。お願いできますか?」


 一体全体なんでこんな事になったのだ……。マルレへの求婚を避けたいと、ザロットきょうから頼まれて引き受けた婚約なのに。なぜこんな面倒事に巻き込まれなくてはならないのだ……。


 ん? もしかして私がアリッサのことを好きなふりするのか? 勘弁してくれ、マルレとの婚約ですら我慢してもらってるのに……。その上アリッサとまでなんて、彼女に合わせる顔がない。


「というわけであと半年お願いします!」


 ファーダが深々と頭を下げる。王宮のマナー講師をも超越した美しい礼は、まるで芸術品のようだ。一瞬快諾してしまいそうになったがやはり半年は長すぎる……。


 事情を知らない人から見たら3股をかけているように見えるぞ!


「いや、まて! それは、さすがにキツイぞ!」

「大丈夫です。秋から公共事業科は国内での実地訓練で、ほとんど学園に戻ってきません。それに、情報統制は、任せてください」


 そういえばそうだ。友人と会えなくなるのはつらいが、彼女との実地訓練が待ってると思うと乗り越えられる気がする。


「そうだったな……。では、この夏を乗り切ればいいんだな」

「よろしくお願いします」

「ああ、仕方がない説得するより楽だろう……」


 何とも面倒なことになったものだ。仕方がない……。少し友人たちに付き合ってやるか!


 しかしまた彼女には迷惑をかけてしまうな……。


 私は、彼女の姿を思い浮かべる。薄い桃色のふわっとしたショートカット。整った顔立ちに優しい目つきに緑の瞳。何よりもあの私の心をつかんだ素直さ……。


 すまないトリリア、もう少し待ってくれ……。


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