第1話 一人が草を刈って 九人になった


 グスニーオ要塞守備隊の全員を引き連れて村に入るのには、少しばかり決まりの悪いものがあった。村の周囲を囲う形ばかりの柵は熱い日差しの中で誰に修理されることも無く、その古びた惨めな残骸をさらしているばかりである。この村には僅かばかりの軍事的価値も在りはしなかった。何しろ電信どころか水道でさえ、まだ引かれていないほどの小さな村で、井戸を中心にして十数件ばかりの農家が、崩れ掛けた土塀にすがる様にして立っているばかりなのである。

 そういうわけで数日ほど前にこの地を通り抜けて行った敵軍も守備兵を残すことさえもせずに、村の井戸から水を補給したぐらいで通り過ぎて行ったものと思えた。今はこのように寂れ果ててはいるが、これでもこの辺りは百年ほど昔には我が国と敵国を繋ぐ主要な道路であり、交易のために道行く人々が朝から晩まで一時も途切れること無く続いていたという話である。その人の列はグスニーオ要塞の前を横切る道を通じて我が国へと続き、人々の足が立てる土埃が常に空を黄色く染めていたと伝えられている。

 この村の中央に残る土塀の跡は、かってはここにも小規模な砦の類が存在していたことを示している。それだけの繁栄を誇っていた街道も、山の中をまっすぐに切り開いて作られた遥かに便利で距離も近い新街道の開通と共に凋落の一歩をたどり、この村と同様にグスニーオ要塞そのものも存在意義を失って消滅寸前となっていた。その昔は数千を数えたこともあるグスニーオ要塞守備隊は、今では私が率いるわずか八人ばかりの兵隊と特別要塞軍事顧問と名乗る頑固な老将校が残るばかりで、それすらも、もはや人一人も通らない荒れ果てた旧街道の守りなど不要とばかりに解体の噂がささやかれているほどであった。

 敵国の行った電撃戦により戦線はすでに我が国の奥深くへと入り込んでいて、開戦よりこのかたグスニーオ要塞では敵の姿を一兵たりと見ることもなく、我々を残したまま戦場は遥かに遠くに過ぎ去ってしまっていた。まるで津波が海岸を襲うかのような敵の強烈な攻撃に対して一度も有効な反撃を行うことなく、我が軍は敗戦必至の状態にまで追い込まれた。この現状に対して何ら有効な手段を考え付けなかった我が軍の首脳部から、グスニーオ要塞守備隊十人全員が要塞を出て敵の都市の一つでも制圧せよ、との無謀な命令が下されたのが三日前のことであった。そうして少しでも敵を撹乱し反撃の気運をつかもうというのが、その命令の真意であった。そういうわけで私とこの小隊はここにいるのである。そもそもが、僅かに十人ばかりの手勢で都市の制圧など出来るわけが無いことはただの一兵卒に至るまで十分承知していたし、またグスニーオ要塞の守備隊自体が各軍の手におえない兵隊の捨て場と化していた現状からして、装備の劣悪なること、士気の振るわぬこと、まったくひどいものがあった。

 一人、老年に差し掛かっている軍事顧問だけが気炎を上げ、彼がグスニーオ要塞に送られてきて以来の、初めてとも言えるこの作戦行動に過大な期待をかけていた。そもそもこの軍事顧問にしてからが元は空軍所属のはずであり、その家柄に釣り合わぬほどの余りの無能さと強情さに手を焼いた空軍が、本来は要塞戦などとはお門違いのはずのこの軍事顧問を、グスニーオ要塞軍事顧問として押し付けて来たものである。

 私以下八人の兵隊の誰も彼の意見を取り入れようなどとは露とも思っていない状況であった。陸軍の要塞守備理論を刷新させるとの目的で送り込まれた軍事顧問だが、この惨状とも言える守備隊の有り様を見て初めて、自分が姥捨て山に捨てられたことに気付いた体たらくである。かと言って今更、古巣の空軍に泣きを入れて引き戻して貰うにはそれもプライドが高すぎてできないようだった。毎日を後悔の入り交じった過剰なプライドと共に、自分より優秀な部下を階級に任せて怒鳴り放題に怒鳴り散らしていたという素晴らしき過去の思い出の中に生きている状態であった。

 むろんのことグスニーオ要塞で部下を不用意に怒鳴れば、その部下が食事当番の日に、得体の知れない虫の浮いたスープになって己の身に跳ね返って来る。いや、虫ぐらいならばまだマシな方で、ときには履きふるした靴下などが入っていることもある。ここにいるのはいずれも軍規など無視するべきものと心得ている輩ばかりなのである。

 そのようなわけで、毎日を焦燥と悔恨の中に過ごして来た軍事顧問に取っては、この作戦行動は千載一遇のチャンスであり、この僅かばかりの手勢によって鬼神もかくやとばかりの働きを見せて軍の首脳部をあっと言わせ、再び空軍の顧問の立場に返り咲くことを夢見ているのは間違い無い。

 これが彼がこの小隊の中でただ一人気勢を上げている理由であり、残りの兵隊に取ってはこのお陰で、彼の手柄のためにこれからどんな無茶な命令を下されるのか、と悩みの的でしか無い。部下の一人が私に正直に語ってくれた所では、部下の間ではこの行軍の前に軍事顧問を暗殺しようとの冗談も飛び出したそうであり、それがいつか冗談では無く本気に変わる瞬間が来るのではないかと私は疑っていた。

 そんな軍事顧問と荒くれの兵隊達の間に挟まって、これからどんな苦労をさせられるのかと思うと、持病の胃がしくしくきりきりと痛み始め、私はグスニーオ要塞からこれだけは忘れずに持って来た薬を飲んだ。そんな私を軍事顧問は横目でぎろりと睨み、薬などに頼るのは軍人の恥とばかりの意味を込めて、そのまま睨み続けた。それがまた私の胃の痛みを強め、こんなことではいかんなあ、と思いながらもいつもの二倍の量の薬を私は喉に流し込んだ。

 恐らくは各地に点在して生き残っているはずの我が軍の他の部隊にも同様の命令が出されているのは間違いが無く、その多くが自分達と同じような立場に置かれているものと考えると、薬の作用にも関らず、私の気分は憂鬱になった。

 村の入り口にたたずむ我々の周りを埃っぽい風が舞い、私の背後で兵隊達がぶつぶつと不平を漏らしながら、これも埃まみれの重い軍装を強行軍で傷ついた背中から降ろすのが感じ取れた。

 いくら敵の都市を占領せよと命じられたからと言って、このような小さな村を占領しても仕方が無いことは明らかで、それは傍らに立っている軍事顧問にも判っているはずなのに、与えられた命令通りにこの小さな村に対して占領の意志を見せている軍事顧問に対して、私は自分が汗の止まらぬこの暑さから来る微かな殺意を抱いているのを感じた。それは兵士達も同じに違い無く、またその殺意は軍事顧問にだけでは無く、隊長である私にもまた向けられている恐れもあり、できる限り早く彼らの不満を取り除いてやらない限り、やがては険悪な空気が隊を支配するようになるのも明らかであった。

 汚れた布で額の汗を拭き拭き、ようやく村人達との相談がまとまった村長が我々の前に出頭した。この戦争が始まる前から、この村はグスニーオ要塞周辺にまだ残っている唯一の村であり、それはグスニーオ要塞で消費する食料や酒の唯一の仕入先であることを意味していた。当然ながら要塞守備隊の隊長として私はこの村長とは顔見知りであり、今は敵国の領土であると宣言されているこの村に対して、あらためて敵として接することにはひどく心苦しいものがあった。

「やあ、あんたか。それに背後の兵隊さんはグスニーオ要塞の守備隊員達だね」汗と埃に塗れた村長は言った。

「こちらの人は誰だね? そうか、以前、あんたが話していた要塞の軍事顧問ってのはこの人かね」

 要塞内の人事を民間人に流すことは明らかに軍規違反であり、この一言を取って軍事顧問が私を叱責することは可能であり、またいつもの軍事顧問ならばそうしたであろうが、今は部隊の中でも唯一の味方とも言える私を怒鳴るのはまずいと考えたのか、その村長の言葉はあえて無視し、宙を睨んだままで軍事顧問は怒鳴った。

「これより、この村を我が軍の拠点として接収する。逆らうものは全て銃殺となる。判ったか!」

「判るも何も」そこまで言ってから、村長は私が直立不動で宙を睨んだまま何も言わないのを見て、じっと考え込んだ。そうして軍事顧問が本気であること、私と兵隊達が軍事顧問の命令に逆らえないことを理解した。

「そうか、判った。この村には武器も無いし、兵隊もいない。実を言えば働き手の男達も徴兵されちまった後でね、村に残っているのはわしのようなおいぼれか子供だけだ。誰も手向かいなんかしないから、二人ともわしの家で話し合わんかね。その間、兵隊さん達には村の家の中で適当に休んで貰えばいい」

 この村の生活程度ではまともにお茶が飲めるのは村長の家ぐらいのものだ。村長の家の床下には密造酒の倉庫があることは私も知っていて、村長に頼めばそれを私達に振る舞ってくれるぐらいはするだろうけれども、軍事顧問の目の前で昼日中に酒を飲めるわけが無く、私は今は我慢することにした。

「一つだけ覚えておいて貰いたいんだが、あの軍隊のやつらがこの村に来た時にグスニーオ要塞には守備隊がいるのかと尋ねたんだ。わしはあんたとは顔馴染だからね。要塞はとうの昔に滅んで今では誰も住んでいない廃墟だと教えた。住んでいるのは大昔の兵隊の幽霊だけだとね」

 それは半分本当である。グスニーオ要塞はもう随分と長い間、何の手入れもされることなく風雨にさらされていたために、今ではそのほとんどが廃墟そのものと化してしまっている。我々はその一部を改修して要塞守備隊の本拠として使っているわけで、守備隊と言っても旧式の要塞砲が一門、かろうじて設置されている程度である。実を言えばこの要塞砲の運用が我が守備隊の機能の全てと言っても過言では無かった。

 我々が住んでいるのは比較的に崩壊の進んでいない要塞の南側に当たる部分であり、そこを離れるに従って要塞は次第に崩壊の度を深める。

 特に過去に騎士同士の激戦が行われたと伝えられている要塞の北にあたる一角では、奇妙なささやき声や首の無い騎士の亡霊などが頻繁に目撃されるので、荒くれ者ぞろいの守備隊員でさえも滅多に近づくことはしない。以前に一度だけ、私の隣に座っているこの軍事顧問が、視察だと言って我々が止めるのも聞かずに一人で北の塔に出かけて行ったことがあった。みなでこれはいったいどうなることかと心配していたのだが、彼はその日の夕方に真っ青な顔をして帰って来るなり、何も言わずにベッドに潜り込み、そうして三日の間、彼は高熱を出して寝込んだ。この時は結局、軍事顧問に何があったのかは判らずじまいで、自慢話が三度の飯より好きなはずの彼にしては、最後まで沈黙を守り通したただ一つの出来事でもあった。

 兵士達の間で要塞の守り神と呼ばれているものは、深夜に歩き回る騎士の幽霊で、その姿自体が目撃されることは滅多に無く、ただ鎧の具足が立てる足音だけが要塞中を巡るというものである。何でもこの騎士は、敵の大群に包囲されたグスニーオ要塞を守るために、援軍が到着するまでただ一人で致命傷を負いながらも、一日近くに渡って戦い抜いたという伝説の持ち主である。そのときに受けた傷による死の間際に、彼は死者となってもなお最後の審判の日が来るまではこのグスニーオ要塞を守り続けて見せると誓ったそうである。

 このような観点から見ると、村長の言葉もあながち嘘では無く、我々も守備隊とは言うもののその実は軍隊という組織から見放されたはみ出し者の兵隊ばかりであることを考えると、確かにグスニーオ要塞には兵隊の幽霊だけが住んでいることになる。一方、軍事顧問はそこまで考えは回らなかったらしく、村長に対して実に将校らしい返答をした。

「当然のことだ。要塞と守備隊の秘密を少しでも敵に漏らした者は誰であろうと軍法会議に掛けられて銃殺となる」

「わしが言いたかったのは、わしはあんた達の命の恩人だということじゃ」村長が抗議した。

「恩に着ろと言うのか」鼻息荒く軍事顧問が答えた。

 これではまるで村長に喧嘩を売っているのに等しい。いや、軍事顧問に取っては軍隊の長であるという特権を揮うことの出来る良い機会なのであろう。内実の乏しい者ほど、権力にすがりたがるのは理の当然か?

「わしのやったことが気に食わないというならば、それも良い」

 少しも状況を理解した様子が無い軍事顧問を見て、村長は説得の方向を変えることにしたらしい。

「この村を占領し、無線で宣言するつもりかね。こんな小さな村が戦利品だ、と。あんたの名前をおまけにつけて。敵の軍隊さえ無視した、こんな寂れた村を見事に奪い取りましたとね」

 この村長の言葉にぴくりと軍事顧問の右の目蓋の下が震えた。これは軍事顧問がかんしゃくを起こす前の兆候であることを私は知っている。彼の右手が微かに震えながら、腰のホルスターに向けて動き始めるのを、私は暗い思いで見つめていた。軍事顧問が拳銃を抜くのを止めれば、彼との遺恨が後々まで残るのは確かではあったが、もしそれをやらねば村長が撃ち殺される可能性は非常に高い。この村長も馬鹿な男では決してなく、またそうであればこの私がこれだけ親しく付き合うわけが無く、それ故にこの村長がここまで軍事顧問を挑発するのは、私の守備隊が村に残るのを村長がひどく恐れているからに違い無かった。

 一度でも村を占領し返したと無線に流せば、敵軍に取ってはそれがどんなに小さな村だったとしても軍全体の士気に影響しかねない。そうなれば近くの敵軍が見せしめとばかりにこの村に殺到することになるのは必至であり、こんな小さな村ならば砲弾の一発でも当たれば跡形もなく消し飛んでしまうことになる。我々は軍人であるから敵と戦って死ぬのはこれも仕方の無いことではあるが、巻き添えにされる村人としてはたまったものでは無い。出来れば村長がそんな悲惨な運命に陥るのを避けることができるように私は力を貸すつもりであった。

「食料も水もありったけのものを提供する。一晩の宿もだ。明日の朝になったら、もっと戦いようのある街へでかければ良いじゃないか。この惨めな村はこのままそっとしておいてくれんかね」村長は静かに言った。

 村長が本音で向き合って話の出来る、実に肝の座った男であることに私は少しばかり感心した。今までは密造酒の魅力に釣られてここを訪れていたのだが、これならばまだ時間のある内にもっと深く人生について語り合っておくべきであったとの僅かな後悔が、私の頭の隅をかすめた。人の真価は逆境で判るものだと、このとき初めて私は知った。

 軍事顧問がごく普通のまともな男ならば話はこれで済んでいただろう。確かにこの村には軍事的な価値は皆無だし、また我々がここに居座る理由も無かった。いや、極端な話、この軍事顧問さえいなければ無線の故障を理由にして、グスニーオ要塞に部隊ごと戻っても悪くは無い。どのみちこの戦争が我が国の負けに終わることは目に見えていたし、我々がどうあがこうが戦局を変えられるわけも無かった。だが、プライドだけ高い愚か者というのは、早撃ちの真似をしようとして自分の足の親指を吹き飛ばすことはしても、他人の意見を素直に受け入れることだけはするものでは無い。この臆病者めがと、村長を思い切り怒鳴りつけようと軍事顧問は椅子から立ち上がった。

 その時だ。

 家の外から恐ろしい悲鳴が聞こえて来て、それに気圧されたのか軍事顧問が吐きかけた言葉を喉の奥に飲み込んだ。何事が起きたのかと慌てた私が村長の家を飛び出したのと、首から赤い鮮血を宙に吹き上げている部下が向かいの家から飛び出したのは、ほぼ同時だった。

 驚きながらもその部下を良く見ると、彼の首に赤く錆びた草刈り鎌が引っ掛かっているのが判った。

 もう一度良く見て、それが実は非常に鋭利に砥がれた鎌であり、赤く見えるのは部下の血であることに気がついた。

 さらにもう一度良く見ると、鎌は兵士の首に引っ掛かっているのでは無く、その刀身半ばまでずっぽりと部下の首に突き刺さっているのが判った。

 草刈り鎌が深く刺さっているのにも関らず、これほど大量の血が吹き出す以上、部下の傷は間違いなく致命傷であり、そう私が見立てた通りに、すぐに部下の動きは弱くなりそして動かなくなった。

 騒ぎを聞いてそれぞれの家から飛び出して来た他の部下に、死に掛けている男の世話を任せると、私は拳銃を構えて向かいの家の扉を蹴り開けた。そうしておびえた顔で私を見つめている一人の少女を見つけた。少女は無残にも破れた服を体に引き寄せて、部屋の隅にうずくまっている。押さえた手の間からまだ大人になりきっていない小さな乳房が見え、私は事の次第を察した。

「敵はどこだ! 全員、ただちに集合せよ!」

 私が飛び出して行った後に、ようやくもう安全と見たのか、村長の家の扉から顔を突き出して軍事顧問が喚いた。それからおそるおそるという感じで私の背後まで来ると、肩越しに部屋の中を覗きこんで軍事顧問は一瞬絶句した。

 ここで何が起こったのかが明確になると、問題は後の始末をどうするかだった。死んだのは要塞守備隊の突撃隊員で、この村の少女と話をしている内に劣情をもよおして少女に飛び掛かり、偶然そこにかけてあった草刈り鎌を少女に突き立てられたものだ。普通ならば、たとえ殺そうと狙ってやったとしても、少女の腕で荒くれ者の大男を殺せるものでは無い。おそらくは処女を失う恐怖に駆られた少女が、手にした草刈り鎌を夢中で振り回したのがたまたまうまく当たったという所だろう。もちろん、男の方にも油断があったのだろうし、この状況で少女の罪を問うのは明らかな間違いであった。

 言ってみればこの事件のそもそもの責任は、私や軍事顧問にもあるわけである。長きに渡って要塞守備任務という異性と隔離された特殊な状況に置かれていた兵士達を、いきなり女性のいる村、それも兵士を押さえこむ役目をする憲兵や警察というものの存在しない場所に連れて来たのであるから、このような事故の起こることは当然考えてしかるべきであった。部下の中には戦友を殺されて激怒し、この女を直に射殺するべきだ、裁判にかける必要も無いと息まく者もあったが、いやそれは良く無い、少なくとも民間人が関与した以上、略式とは言えきちんとした裁判を開くべきだと私は主張した。軍事顧問はしばらくこの問題を考えた末に、大の男がこのような発言をするのは少しばかり恥ずかしいという様子で少女の銃殺を提案した。しかし、ここで裁判を開けば記録を残さなければならないこと、そうなれば死んだ兵士が強姦をしようとして逆に殺されたこと、それも守備隊の突撃隊員を勤めるような生っ粋の兵士がたった一人の虫も殺せないような少女によって実にた易く殺されたことが記録に残ることを私が指摘するに至って、ようやく思いとどまった。もしそんなことになればそれは我が軍そのものの恥であり、当然ながら事件に関与した軍の関係者全てがこのグスニーオ要塞守備隊からの浮上のチャンスを失うことを意味する。それに加えて、民間人を強姦しようとしたとなれば、我が国の軍規に照らせば間違いなく銃殺となることは明らかで、それならば少女に殺されなくてもどのみちこの隊員の死は避けられないものだったと結論できる。

 こうして、軍事上の正式な記録では、突撃隊員は村への行軍の最中に敵の狙撃兵により狙撃を受けて谷底に転落して死亡したことになった。これ以上この村に止まっていては復讐を求める隊員が第二の殺人騒ぎを起こしかねないとして、村長に死んだ部下の埋葬を頼むと我々は次の街へと向かうことにした。

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