鵲の白きを見れば黄泉がえり~死者の手紙届けます

紙屋ねこ(かみやねこ)

第一章

プロローグ



 どこまでも冷たくおぞましく、死者の泣き声が暗い世界に響きわたる。

 極光を背にして座る冥界の王が告げた。

藍夏月らんかげつ、おまえはこの泰山府君たいざんふくんの頭を踏んだ罰として冥府に落ちた。現世の罪の申し開きをするがよい」

 ――享年十六才。あまりにも早すぎる死だった。



 人にはみな、天命というものがある。

 定められた命より長くは生きられない一方で、どんなに危険な目に遭っても死なない人がいる。

 それらすべては、この天命に由来しているのだとか。

 冥府の奥底で揺らめく数多の蝋燭の火。

 二重三重に昏い壁面を蝋燭が並び、十重二十重に連なる火は、風が吹けばゆらぎ、水が滴れば消え入りそうになる風前の灯火だ。

 儚いからこそ、かくも美しい。

 暗闇に浮かびあがるそれらの小さな炎は、すべて誰かの定められた寿命なのだという。

 ある蝋燭は太く長く、ある蝋燭はいまにも火が消えんばかりにか細い。

 影が動き、蝋燭を手にして息を吹きかければ、いままさに、冥府の片隅で炎がひとつ消え、地上でも命がまたひとつ潰えた。

 亡骸のかたわらで嘆きかなしんでいる声も、地の底にまで届かない。

 残された蝋燭からは、残り香のような煙がたなびくばかり。

 火が消えるのが先なのか、命が潰えるのが先なのか、その答えは誰も知らない。

 しかし、どんなに運命を呪ったとしても、天命は古くから定められた世界の理であり、おのれの死すべき寿命は変えられない。ひとえに、この天命の蝋燭の火に委ねるしかない。

 その天命を司るのが、冥府を司る王、泰山府君であった。

 泰山府君が持つ禄命簿ろくめいぼには、すべての生きとし生ける者の運命が記されており、その記載どおりに寿命を全うさせることが泰山府君という神の役割だ。

「何者も天命に逆らっては生きていけない……」

 天命とは寿命であり、また、ときとして、その者が天から授けられた使命を指す。

 冥府を支配する神でさえ、世界の摂理を変えることはできない。


「人の子は、己の寿命を変えられない。そしてまた、

おのれの運命も変えられない」


 ――これは、とあるひとりの少女がおのれの天命を啓く物語である。


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