世界の危機より村の危機
「――村長。そろそろ備蓄が底をつき始めました。資金繰りも厳しくなっていますし、今年は冬を越せるかどうか」
「……そうか」
ここは南の大陸の果ての果て。どこにでもあるような辺境の寒村、クロイ村の集会所では村長と一部の長老が集まり、今まさに村の存亡をかけた話し合いが行われていた。世間では魔物の発生件数が急増し国の対応も遅くなっているらしく、この村も今まさに近くのの森林に出現した魔物の対応に迫られていた。村の収入源である森が立ち入り禁止になっていては狩も採集もできず、このままでは魔物ではなく飢餓に村が滅ぼされてもおかしくない。
「恒星級の冒険者に討伐の依頼を出したのがまずかったか……」
残酷な事実に、村長は茶色い顎髭を撫ぜて唸り声を上げる。
つい先日、悪化していく財政に痺れを切らした村の住民に押し切られて上位冒険者に依頼を出したばかりだった。恒星級の、それも四等星冒険者を雇うために支払った着手金は実に村の収益の三か月分。依頼の失敗による違約金として幾らかは返ってきたものの、手数料だけでも膨大な額になる。
「この間村に来た冒険者はどうした。任せられないのか?」
「流星級では心もとないな。恒星級の、それも四等星が喰われた相手だ。本部からの応援を待つしかあるまい」
「
「街に現れた魔獣の対処に手を焼いていて、寒村に手をまわしている暇はないらしい」
本来、地方で発生した凶悪な魔物による被害には領域守護者と呼ばれる上位冒険者が対応することになっているが、同じ時期に複数の集落で問題が起こればどちらかを後回しにせざるを得ないだろう。加えて、あってもなくても変わらないような村よりも戦略的に重要な集落に力を割くほうが合理的だった。
しかし、そんな事実を受け入れられる人間がこの村にどれだけいるだろうか。
「……何が希望の星だ! こんな貧しい村一つ救えない体たらく! 神にでも祈ったほうがまだましだ!」
長老の一人が、憎しみに満ちたような表情を浮かべてテーブルを叩きつけた。
どれだけ非合理でも、理屈を抜きにして自分のことを助けてほしいと思うのが人の性。特に、冒険者とは人族の希望となるのが役目である。そんな存在に希望を抱くのも、裏切られて失望することも、誰もが一度は通る道だった。
「恒星級は選ばれし一握りの冒険者だ。領域守護者――三等星以上ともなればなおのこと。各地域に一人以上配置してもらえることに感謝すべきだが……」
他の町でも厄介事が起こっているときに、なんともタイミングが悪い。ただでさえほかの集落と交流が薄いこの村では、応援を呼んだところで一週間は到着を待つ必要がある。
「あの冒険者に、賭けるしかないか」
「賭けられるのか? 高々流星級の冒険者に、恒星級が食われた相手を対処できると?」
「そう願うしかあるまい。もとより、ここは南大陸の果ての果て。森が占拠されていては逃げることもできん」
長老たちはあきらめかけているが、村長だけはまだ冒険者に希望を持っていた。村に訪れた冒険者の少女に、今までの冒険者と違う何かを感じたのだった。それは、藁にも縋りたい弱者の幻想だったのかもしれない。しかし、ほかに頼るものがあるだろうか。
――賭けるしかない。
そう、賭けるしかなかった。全て任せろというあの言葉を。自信に満ちたあの顔に。村長はひそかに村の命運を未来の英雄へと託したのだった。
その日の集会は、何の進展も見せることなく幕を閉じた。
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