人の世に降りた一等星
緊急任務、世界の危機
「――大賢者様。
事件は、そんな一言から始まった。
冒険者組合本部の二階。組合長の執務室は、息を飲むような緊迫感に包まれている。執務机の上で山と積まれた書類の束に、際限なく増え続ける厄介事の数々。そして、それらを目の前にした少女の深刻な表情を見れば誰もが非常時なのだと察しが付くだろう。そんな状況で舞い込んだ書簡に、執務机に座る少女――大賢者は険しい表情を浮かべて口を開く。
「今離せないわ。手続きの類なら担当に回して頂戴」
海のように蒼々と流れる自慢の長髪は慌ただしく乱れ、白と金を基調とした神々しいほどの威厳に満ちたローブはその面影も感じられないほどにくたびれていた。そんな状態で悲鳴の一つも漏らさないのはさすがというべきだろうか。しかし、体中から漏れ出す威圧感を隠しきれていない様子を見るに、とても余裕のある状況ではないらしい。
扉の前でたたずむ受付嬢は明らかに不機嫌な上司の姿に気圧されながらも、決意を固めたように胸に手を当てて姿勢を正す。
「それが、大賢者様宛の書簡でして。緊急のためすぐに確認するようにと」
「……私宛? 冒険者組合でも魔術師協会でもなく? 私的なやり取りはこっちに回さないように冒険者たちには言ってるはずだけど……」
顔色を窺いながら伝えられた不可解な報告に、大賢者は
ここ最近、人族の領域である五大陸全土で魔物の被害件数が急増しており、彼女も対応に追われていた。そんなときに緊急の便りなど嫌な予感しかしなかったのだ。
直接大賢者を指名しているとなれば、おいそれと代理の者に任せるわけにもいかなくなる。この緊急事態に組合長が離れるわけにはいかないことは彼女自身が一番わかっているだけに、なんとも対応に困る状況だった。
「……まあ、厄介事はシリウスに任せればいいわね」
大賢者は自分に言い聞かせるように呟くと、椅子に腰を掛けて深々とため息をつく。
いつもは顔を合わせるたびに口喧嘩をするような仲だが、大賢者が仕事に追われるような緊急時に頼りになるのは
「それが、この書簡はシリウス様からの物でして……」
「あら、ちょうどいいじゃない。返事のついでにいくつか仕事を振ることにしましょう」
珍しい
終わりなど無いかのように思えた案件の数々にも解決の
さて、どんな案件がいいだろうか。小さな案件なら現場の冒険者だけで対応できるが、本部に上がってくるほどの重大な案件をこなせる冒険者は限られる。厄介事を最適な冒険者に特命で依頼するのが彼女の仕事でもあった。
中央大陸に現れた
『――マインへ。旅をしたくなった。しばらく留守にするので、以後、依頼などはよこさないように。一等星冒険者筆頭・シリウス』
大賢者が書簡に目を落として数秒後。緊迫した執務室に、珍しく間の抜けた空気が広がった。
「……は? どういうこと?」
「その……旅に出ている間、仕事は振るなと。他の一等星方もほとんど連絡が取れなくなっている状況ですし、困りましたね……ひっ⁉」
何かがひしげるような音に受付嬢が顔を上げると、右手に持っている万年筆を少女の握力とは思えない怪力で握りつぶして憤怒の表情を浮かべる大賢者と目が合った。
「この忙しいときに……いったいどういうつもり⁉︎」
「し、シリウス様には取得可能な休暇が数年単位で貯まっています。許可しないわけにはいかないかと……」
受付嬢の言葉は、執務机に書簡を叩き付ける音に遮られる。
「上位冒険者としての自覚はあるのかと言ってるのよ! 力には責任が伴うってあれだけ言ってるのに、あの戦闘狂……っ!」
力を持つものは、力を持たないものを虐げるのではなく守る必要がある。それは冒険者組合で何よりも優先されるべき教訓だった。しかし、とっ捕まえて説教しようとしても、肝心のシリウスはここにはいない。怒りと依頼のやり場をなくした大賢者は、立ち尽くすことしかできなかった。
「今すぐ戻ってきなさいっ! シリウスうぅぅぅッ!」
天まで届くほどの悲痛な叫びは、
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