第4話 家庭教師
俺は、今、、、ピンクと白に統一された約六畳のセンスの良い洋間の窓側に置かれた木製デスクに座る女子高生と対峙している。
「ほら、ここ違ってる。これって、昨日教えたとこだよな。もっと集中しなきゃ」
「だって、、、。今週は、部活の引退試合もあったし、失恋した友達の励まし会もあったし、超忙しかったんだもん」
「はぁ!?それとこれとは別やろ!もう、受験まで五ヶ月を切ったぞ。志望校に合格できなくて、途方にくれるのは
「ひどいっ。先生って本当にSだよね。そうやってすぐに私をいじめるし。やるよ!ちゃんと集中してやればいいんでしょっ!!」
半泣きの朝香の頭をぐしゃりと撫でつつ、「ほらっ」と今巷で人気のクッキーを差し出す。
「うわぁ、これって、タカーナのクッキーじゃん。やっぱり先生って神ー!!!大好き!!!」
途端に笑顔になって、クッキーを頬ばる姿を見ると、俺はちょっとだけ優しい気持ちになっていく…。
俺は、
東京でもそこそこ有名な大学に合格した俺は、サークルなどには入らずに、勉学に勤しんでいる、、つもりだ…。
母からは、「大学ってさぁ、勉強も大事だけど一生の親友を見つける場所でしょっ?もっと気軽に楽しみなさいよ」なんて幾度と言われるが、一向に人付き合いに対し、積極的な行動を起こさない俺を心配したのか、ある日突然、「家庭教師をやらないか?」と俺に聞いてきたのだ。
なんでも、その相手とは、料理教室で仲良くなった知り合いの娘さんらしく、「高校二年生だって。和紀とおなじ大学を志望しているらしいよ」などと俺と顔を合わせる度にいうものだから、正直かなり鬱陶しく思っていた。
だが、「日当一万円だって、それに朝香ちゃんっていうんだけど、この前スマホっで写真見せてもらったら、もうそれはそれは、凄く可愛いのよ〜」なんて言うものだから、結局、俺の方が折れてしまい、ついつい引き受けてしまったという訳だ。えっ?俺は、女子高生なんてのには全く興味がない。引き受けたのは日当一万というバイト代の方だからというのはあえて強く言っておこう。
そんなこともあって、俺は、
家庭教師の初日は、今でも時々、ネタにしているが、本当に散々だった。
俺が用意した中学レベルの五科目分の小テストを採点すると、全科目五十点以下しか取れてない程、朝香の学力は酷いものだった。
でも、実は、地頭は良いらしく、毎回俺が教えることをスポンジのように吸収していくし、それを応用に活かすセンスも備えていた。
だから、先月行われた全国模試では、志望校合格圏内迄一気に成績が上がってきているのだ。
そんな朝香の成長がとても嬉しくて、俺は家庭教師に行く日を心待ちにする程になっていた。
朝香は俺と違って何にでも全力でやるタイプだ。
そして、人と接するのが嫌いでは無いのだろう。どんなに忙しくても、部活やクラスの仲間との付き合いをとても大事にしているように見えた。そして、、母が俺に言ったのは本当だったようで、確かに朝香は超がつくほど可愛い女の子だった。
第一志望校の受験まで三ヶ月を切ったある日のこと…。
俺が教えている横で朝香がうっつらと眠りはじめた。
成績も良い感じで上がってきて、高校の進路指導の先生からもこのまま行けば合格はまず間違いないだろうと声をかけられたらしく、少し油断したのかもしれない。
いつもの俺なら、丸めたノートで頭をパシッと叩くところなのだが、この日は思うがままに寝かせてやった。
「ふぁっ。あっ、ごめんなさい。私、、寝てた!?」
「そうだな。寝てた」
「えー、、、起こしてよ!!」
「いやいや、それっておかしいやろ。寝た方が悪いやろ?」
「うん、まあ、そうだけど…」
「疲れてるんだろう?はい。今日はこれで終わり!たまには休息も必要だからな」
そういいながら、俺は筆記用具と参考書をリュックの中に入れこむ。
「じゃあ、また、来週な。そうだな、今度は久しぶりに小テストやろう」
俺が椅子から立ち上がって、ドアへと向かったその時だった。
何か言いたそうだった朝香が急に声をかけてきた。
「あのー!!先生!!!私、、、寝言、言ってなかった?」
「ん?あ、なんか言ってたかな…。でも、わかんなかったぞ」
「そ、、そう。なら、良かった。はい、次は頑張る…」
かなり焦って顔を真っ赤にしている朝香に別れを告げ、俺は階段を降りて行く。
「あら、今日はもう終わりなの?和紀くん、いつもありがとう。気をつけて帰ってね」
「はい。こちらこそいつも夕飯までご馳走になってしまって、、。申し訳ありません」
「いいのよー。沢山食べてくれる男性がいないとお料理も作りがいがないのよね」
「あー、それって、母も良く言います」
「でしょう。だから、家庭教師に来てくれる日は、私が腕をふるっちゃうから。気にしないでいてね」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございました。では、失礼します」
朝香の母親に挨拶をした俺は、玄関で靴を履くと、玄関横に止めていた自転車のチェーンロックを外す。
そして、助走をつけると一気にトップスピードまで速度を上げた。
「ふー、、、、。やばかった!!!顔に出そうだった!!!!」
俺は、自宅前の小さな空き地でクールダウンしていた。
『あのー!!先生!!!私、、、寝言、言ってなかった?』
実は、、朝香がこくりこくりと船を漕いでいた時、小さな声で寝言を言ったのを俺は聞いてしまったのだ。
「先生、、私と付き合ってください。ずっと好き……」
確かに、こう言ったように聞こえたのだが……。
朝香が!?俺に?ほんとに?
正直、到底信じられない気持ちだった。
だが、その思いとは裏腹に、胸がドキドキ、ワクワクしているのだ。もしかして、、俺は、いつの間にか、自分が思っている以上に朝香のことを好きになっていたのかもしれない。
あー、、、次から、どんな顔して朝香と向き合ったらいいかわからん。
彼女いない歴二十二年の俺は、これから色々とやらかしてしまうのかもしれない…。
そして、次の週…。
「はい。今日は、この前言ってた小テストをやるけど準備はいいか?」
「うん、いいよ。でも、大丈夫かな…。心配…」
「ん?大丈夫だって。じゃあ、各科目三十分の五科目でいくぞ。はい。始め!」
カッカッとシャーペンの音が響く。
朝香にとっては、正直満点が取れるであろう単純な問題を選んだつもりだ。
試験は、時の運とはいうが、決してそうではない。やはり、地道に努力をしたものが勝つのが試験なんだ。ただ、やはり、”自信”というエッセンスはとても大事だと俺は思っている。だから、今日は、朝香に”自信”を付けさせたくて仕掛けた小テストなのだ。
「はい。時間だ。お疲れ様。どうだった?簡単だったろ?」
「えっ、、、。逆に、やばいくらい、わからんかった。なんで?」
「えっ、嘘やろう? とにかく答案用紙、貸してみ」
俺はちょっと自信なさげな朝香を横目に赤ペンで添削していく。
正直、驚く点数だった。五科目全てが六十点以下だったのだ。
「朝香、どうした?何か悩みがあるのか?こんな点数、今のお前が取るようなものじゃないぞ」
「ううん。ない。ないよ。先生、、どうしよう。私、このままだと先生の学校に行けないよ。どうしよう……」
泣きじゃくる朝香の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。俺は朝香がこれまでずっと必死で努力をしてきたのを知っている。だから、何も心配することはないから。今は、ほら、受験が近くなってきてナイーブになっているだけさ」
「先生……」
結局、その日は、ずっと慰めるだけで終わった。どんな顔して会ったらいいのだろうなんて思っていたが、朝香のあの自信なさげな顔をみてしまうとそんなの吹っ飛んでしまった。
途中、年末年始が入ったこともあり、次に朝香と会ったのはそれから二週間経った水曜日だった。
部屋に入るといつもとは違う不安そうな朝香の顔が目に映る。
「朝香、もう流石に落ち着いただろう?お前なら絶対に合格する。自信を持てよ。いいな!」
「先生、、やっぱり、私、駄目かも。だって、これまで習ったことが全然頭に浮かんで来ないんだよ」
「大丈夫だって。俺を信じろ」
「でも、、、」
もう言葉では無理だと思った俺は、突飛な提案をすることにした。
そう、モノで釣る作戦だ。
「じゃあ、朝香、これならどうだ?お前が志望校に合格したら、お前が望むことを三つ全て必ず叶えてやる」
「えっ、、、」
朝香の目に急に強い光が灯ったのが分かった。
「なんでもいいの?そして、絶対に叶えてくれるの?絶対?」
「ばか、俺が嘘ついたことあるか?絶対に叶えてやるから心配すんな」
「うん。なんか自信が出て来た。私、やれるかも。いや、絶対に合格しないと…」
いつもの朝香に戻ったようで俺は凄く嬉しかった。
「あっ、先生を疑う訳じゃないけど、三つの私の望みを今から紙に書いて封筒に入れて先生に渡しておくね。じゃあ、少しだけ向こうを向いてて」
俺は、言われた通り、壁の方へ身体を向ける。
朝香の願いはなんなんだろう?アクセサリーか?はたまた洋服か?カバン?あー、せめてお金はいくらまでとか言っておけば良かった…。
そんなことを考えていると急に、ピンクの封筒が俺の胸に押しつけられた。
「はい。これ。大事に保管しておいてね。で、合格発表の日まで、絶対に開けたら駄目だからね。もし、約束を破って開けたら、きっと私は不合格になると思うから……」
そんなに脅されなくても、俺が見るわけないじゃんとは思ったものの、「わかったよ」と一言返しておいた。
そして、入学試験日の朝がやってきた。
俺は、朝香を家まで迎えに行くと、慣れ親しんだ大学への道を歩いていく。
「先生、こっちじゃないの?」
「あ、、大丈夫。こっちの方が近道なんだ」
「そうなんだ。あー、素敵なカフェだね。ここって饂飩屋さん?むっちゃ美味しそうなんですけどー!!」
「あのな、朝香、、。テンション上げるのは良いけど、ちゃんと冷静にならないと駄目だぞ」
「わかってるって!私はもう絶対に大丈夫だから心配しないで。だって、合格したら願いが三つも叶うんだから…」
「そ、そうか。だよな。はははは」
「はははって、、、。先生、もしかして約束を反故になんてしないよね」
「ばかっ。するわけないだろう。俺は絶対に約束を守る!」
「なら、安心した。あっ、あそこが受け付けだね。じゃあ、先生!朝香は全力で頑張ってくるよ。ここまでありがとう!」
凄く緊張するであろう試験当日、、俺は朝香の最高の笑顔を見た……。
- - - - - - -
そして、、、朝香は見事に合格した。
学生達が一喜一憂する合格発表の日に、俺は朝香に付き添って大学まで来たのだ。朝香は、自分の番号が表示されているのを見た瞬間、弾けるような笑顔で俺に抱きついてきた。
俺は、もう、心臓バクバクで、触れてはいけないものを触るように遠慮がちに朝香を抱きしめていた。
後で聞いた話だが、何でも、ほぼ全科目満点だったようで、入学手続きの際、たまたまいた教授に褒められたらしい。
良かった。本当に…。
「で、先生。持ってきた?」
「えっ、なに?」
「何って、、酷い!もう忘れたの?」
「嘘だよ。忘れてないってば。ほら、これだろ?」
俺は、ちょっとよれたピンク色の封筒を朝香に見せる。
すると、彼女は、さっきまで見せていた喜びを忘れたかのような真剣な顔になった。
「じゃあ、先生。封筒を開けて、私の三つの願いを見てください」
「お、、おう。なんか、緊張するなー。言っとくけど、余り高いものは買えないからな」
「ふんっ。そんなんじゃないよ」
「そ、、そうなの?」
俺は、ゆっくりと封筒を開けていく。
そして、朝香の三つの願いが書かれた紙を取り出すとゆっくりと開いた。
そこには、朝香特有の綺麗な文字が並んでいた…。
『先生と朝香は恋人になる』
『先生と朝香は結婚する』
『先生と朝香は死ぬまで一緒にいる』
俺は書かれている文字をみて完全に魂を抜かれていた。
これって、これって、、、。
「先生!これ守ってくれるんだよね。嘘は、つかないんだよね」
朝香が俺の胸に顔を埋める。
なんだか、やられたな……。合格したら、俺がきちんと言おうと思っていたのに…。
「で、どうなの?これって迷惑?何か言ってよ!!」
俺は、朝香の顔を少し上に向けると、優しいキスをした。
第四話
終わり
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