宇宙蝶
岸正真宙
宇宙蝶
「母ちゃん、あっちは地球の最果てだや」
「いいから、着いてきんしゃい」
寒い寒い地球。
太陽が顔を出す時間が1日のわずかに減ったのはここ数十年との事だ。
その頃から世界は闇と雪に包まれた。
こうなると水の星というのも困りものだ。
地球の水分のほとんどは氷になろうとしていた。
「寒いよぉ〜、母ちゃん、地下壕に戻ろうや」
「ええから、どうせなーちゃらならんし」
地球人たちは多くは宇宙に生きる場所を求め、地球に残ったものの、ほとんどは死んでしまった。
生命は活動を停止して、馳走を用意できないわけだから地球に生きることは殆どが死を覚悟していただろう。
人は頭に釘を刺して、ある程度感情の抑揚を減らす事をしていた。だから、なかなか自由な恋愛などできないし、死なないことと生命をつなぐことに集中していだと思う。
それはつまり文化は消えて、食べる、生きる、子を作る、育てることだけに集中していたと言える。たまに、頭の釘を抜いてしまう人が居たそうだ。それはそれで、復活した感情を伴うことによる痛ましい、そして哀しい生き方になっていくことが多い。
雪の中を歩く2人の頭には釘が無い。お母さんの頭には釘の跡があり、娘の頭には釘の跡がない。釘をさす逃げてきたのだろう。
二人が歩いている地上では吹雪いている時間とそうでない時間があり、ちょうど今は吹雪いていない時間だった。雲は黒々と空にあり、太陽がうっすらとその雲の向こうに見えた。快晴であった。
2人は雪の中を歩き、住んでいる地下壕からおおよそ10キロまで離れていた。
そこの地下壕に居る人からは北山と言われる場所を超えた峠道をよたよたと歩いていた。最果てというのはそれより向こうに行くと、戻ってこれないことが多いためつけられて名前だったようだ。
「母ちゃん、これ夜までおるつもりなの?」
「そうや、夜までおるで」
「ええ、いややぁ。死んでしまう」
そう呟いた女の子の声を聞こえないふりをした母親は、握った手を離されないように、もう一度強く握ってみた。あまりの強さに、少し怖くなってしまった女の子は色々諦めて、母親に着いていこうと思った。そして、もう一度、死んでしまうと呟いてみた。
「何が最果てださぁ。そんなもん、ただの言葉だろがいや」
母親は愚痴のようにその戒めを嚙み潰したくて吐き出した。白い息がまつげと、鼻を白く凍らしていた。足を進めるごとに雪が深くなり、か細い二人の体力を奪い去っていた。
女の子は人形が好きだった。たが、周りは10歳を過ぎると皆頭に釘をさす。釘を刺したら、しばらく会えなくなる。多分手術した後に色々とすることがあるのだとおもう。それに、もしもあったとしてもその後はほぼ目を合わさない。大好きな友人の子も頭に釘を刺してからは、殆ど会話らしい会話ができなくなった。名前やら記憶やら色んなものはちゃんとあるのに、全部繋がってないみたいな脳になるんだろうな。服やご飯はロボットが自動的に世話をしてくれていたから、頭に釘を刺したら、1人一台ロボットが付くみたいだった。ある日、友人が大事にしていた人形がゴミ箱に捨てられていたのを見つけた。それを見た女の子は人形が嫌いになった。
「寒いよお、痛いよぉ、疲れたよぉ」
「母ちゃんもや、寒いし、痛いし、疲れてもうたわ」
2人して不安な顔を見合わせて、それから大いに笑っていた。空腹も2人を苦しめていた。
「なぁ、母ちゃん。なんであの子は人形がを捨てたんや?」
2人はもう歩く事ができなかったので、身を寄せて夜を待っていた。日は沈みかけていて、あたりは更に暗闇に陥りそうであった。それでも、吹雪かずに居てくれたのは、何かの巡り合わせかもしれない。
「母ちゃんは知らんよぉ。そんでも、嫌いになるとかじゃぁなかったんちゃうの?」
ガタガタ震えながら女の子を抱き寄せた母親は空を見つめながら答えた。
「ほんまか、ほんなら、まあええか」
そうして、女の子は目を閉じた。
数時間が経ったであろう。女の子は衰弱していたし、母親もそう代わり映えはない。この寒さは地球人には優しくない温度であるし、外の世界とはこういうものである。
そこへ、ヒラヒラと光り輝く蝶たちが舞い込んできた。まるで、この2人を祝福するかのような舞である。光はオーロラのように雪の世界に色をつけていった。蝶が舞ったあとにはその光が残滓として残り、それらはどんどんと面積を増していく。もしも、この世界に音楽が残っていたら嘸かし高貴な曲を奏でていたであろう。
薄眼を開けて母親は娘を叩いて起こした。
「宇宙蝶や」
娘は言葉も出せないほどに衰弱していたが、それを聞いて無理やり目を開けた。
(綺麗やなぁ)
二人の生命は消えるだろう。でも親子はそれを手放したくなかったのだった。どのみち、何もないのだから。
程なくして二人は生き絶えた。
暫くその周りを宇宙蝶たちが舞っていたが、ある程度したら居なくなってしまった。
宇宙蝶はそのまま暗くて厚い雲を抜けて月まで羽ばたいていった。先ほどよりも一層光り輝きながら。まるでヒトの生命を吸ったかのように。
寄り一層と——
宇宙蝶 岸正真宙 @kishimasamahiro
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