第3話 いざ出陣


 アルゴ号は最初は二段櫂船として設計された。二段櫂船とは横に二列に並んだ長いオールを持つ船である。もちろん帆も積んでいて追い風の間は帆走をする。向かい風の場合は、風切りまわしという走法を使って、追い風ほどではないがそれでもかろうじて前に進むことができる。

 では、風が全くないときはどうするのか?

 そのときこそオールの出番である。太鼓の音に合わせて全員汗まみれになりながらオールを漕ぐ。

 もちろん、重い船を人力で動かすのは大変に辛い労働なので、できれば風が吹いてくれるのが一番良い。それが海を越えての戦をするとき、風下の国が選ばれる隠れた要因でもある。


 さて、英雄集めが終わってみて驚いたのはその数の多さである。最初の計画では五人か六人程度集まれば良い方だと思っていたのに、総勢で五十人ほどになってしまった。おまけに集まった英雄たちもリストラの危機を感じたのか、早々に徒党を組んでイオルコス王に交渉を迫った。すなわち、英雄全員を冒険に参加させるか、もしくは英雄無しで冒険を始めるのか、と。

 もちろん王様の方が折れて、英雄全員参加と決まった時点で、大混乱が始まった。


 アルゴスが呼ばれて相談された。

 半神半人のアルゴスは周囲に集まった英雄たちを、その全身についた目で観察した。

「この人数なら三段櫂船が必要だな」

 作りかけのアルゴ号にはさらに甲板がもう一層分追加されることになった。英雄たちが雑魚寝というわけにはいかないので船室が増築され、食料庫と酒蔵は倍に増やされた。そもそも英雄たちが真面目にオールを漕ぐという重労働をするわけがないので、漕ぎ手も新たに募集され、その分の費用も追加された。

「どうせなら船首に龍口をつけんかね」アルゴスが提案した。

「龍口とはなんだ?」とイオルコス王。

「炎を吐く魔法の龍の頭の彫刻だよ。こいつを船首につけておけば、冒険がやばくなったら、ごおっと火を吐いて助けてくれるって寸法だ。大概の問題は炎の一吹きで解決するよ」

 それを聞いてイオルコス王の目が輝いた。

「おお、それは凄い」

「それと魔法の翼を船につけるって手もあるね。かの名匠ダイダロスの作ったものだよ。これをつければ船でも空を飛ぶだよ」

「なんとそれは凄い。きっと我がアルゴ号はギリシア一有名になるぞ!」

「ただちょっとね」アルゴスが言いよどんだ。「金がかかるんだ。龍口も魔法の羽もレアものでね」

「いかほどだ?」

 アルゴスが勘定書きを出した。それを見たイオルコス王の顔が蒼くなり、続いて赤くなり、最後に黄色くなるのをそこに居た全員が目撃した。

「いらぬ。普通の三段櫂船にしてくれ」

 ようやくそれだけをイオルコス王は言った。

 それでも今までにギリシア総ての国で作られたどの船よりも、アルゴ号は巨大であった。そして当然ながら、それは前代未聞の建設費となった。経理官はすべての計算を終えると宮廷中に轟くほどの大声で笑い、そして自宅裏の池に身投げをした。その死体と一緒に最終的な勘定書きが王の下に届けられると、再びイオルコス王は蒼ざめた。

 国庫の蓄えはすでに尽きていたので、ただちに増税の発表がなされ、街中に怨嗟の声が沸き上がった。それでも足りずに街で一番裕福な商人の一家がその全財産と共に謎の消失を遂げた。商売の旅の途中でイオルコス国に立ち寄った商人たちが密輸の疑いをかけられ、手持ちの荷物すべての没収と引き換えに釈放された。収穫前の農地が何者かにすっかりと刈り取られ裸にされた。街中の家から金目のものが徴収された。


 こうして集められた富のすべてを、アルゴ号は無尽蔵に吸い取っていった。


 イオルコスは盗賊の国家だ。そういう噂が広まり、観光客も商売人も寄り付かなくなった頃、今や丸裸になった南の森からアルゴスがやってきて、アルゴ号の完成を告げた。


「最後に一つだけやることが残っているべえ」

 そう宣言すると、アルゴスは大きな木の彫刻を持って来て、船首に取り付けた。

「俺の森のど真ん中で見つけた、もの言う木で作った女神像だ。旅を守ってくれるべえ」

「ようこそ、みなさん」

 女神像が振り向くと、眼下に居並ぶ街の人々に挨拶の言葉を発して、皆を驚かせた。


 いらいらしながら出番を待っている英雄たちの問題が無ければ、そのままアルゴ号を観光名所にしてしまった方が簡単だったろう。だがそうもいかぬ。ここで冒険の中止を発表すれば、英雄たちの暴動が起きるだろう。


 兎にも角にも、船は完成し、英雄たちも含めて積み込むべきものは総て積み込んだので、ある良き日を選んで海神ポセイドンに祈りを捧げ、アルゴ号は出港した。

 冒険行の始まりである。

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