第15話



 本日は晴天、時折降る刃がよく輝いて払いやすいでしょう。そんな絶好の護衛日和である。

 日中の護衛が足りないとはよく言ったもので、ルナンダは一日に一度は刺客に襲われる生活をしているらしい。どうやら彼の兄弟が隊商の長の座を狙っており、どんな国に行っても刺客に出会うのだという。

 日が暮れる頃に襲い掛かってきた刺客を捕えて兵士に引き渡しながら辟易とした。護衛任務三日目、毎日一人ずつこうして捕まえている。そのすべてが他国の者であることは私への反応ですぐに分かった。……そろそろゴルナゴも入国審査を厳しくするべきではないだろうか。



「ゴルナゴは良い国ですね、ここではそう頻繁に襲われることがありません」


「……これで少ないのですか」



 治安の悪い国、街であれば金で刺客になる人間が増えるもの。しかしゴルナゴは栄えた街であり、この国の人間であればわざわざ犯罪に手を染めなくても豊かな暮らしができるし、何より罪を犯せば必ず騎士団に捕らえられると皆が思っている。

 兄弟が送ってくる刺客は現地で雇われるものも多いため、ここでは刺客が雇いにくく少ないのだそうだ。必要に応じてルナンダもまた現地で護衛を補充する。今回は私とロイドが居れば充分すぎるほどだとのこと。



「騎士レイリンがいるのに人殺しなどできるか、と断られるようですよ。貴女様は光そのものですね」


「……恐縮です。しかし、よくご存じですね。刺客を雇う側の情報もお持ちとは」


「ええ。商人には情報が必要ですから色々と調べております」

【諜報員は多い方が便利だ。しかし、この国は本当に治安がいい。……それもすべて、この御方一人の功績か】



 ゴルナゴはたしかに治安のいい国だ。ここで罪を犯すのは大抵他国の人間である。この国の人間でやむなく罪を犯した者が居たとすれば、それはほとんどが自ら出頭してくるのだ。曰く、レイリンが居て逃げ切れるはずがないと。

 しかし私一人でこの国を支えているとは思っていない。ゴルナゴの環境を作っているのは騎士団と魔塔の双方の存在で、騎士団の代表が私なら魔塔の代表はハウエルだ。双璧と呼ばれるように、私もハウエルも今のゴルナゴに欠けてはならない存在だろう。



「レイリンがこの国の光であることを承知の上で、求婚の意思も変わらないということでしょうか」



 生真面目なロイドの口調が堅苦しいのはいつものことだがそれ以上に声色まで固くなり、まるで責めるように聞こえた。そんな彼の質問もルナンダは穏やかな笑みで受け止める。



「むしろその気持ちが強くなりました。無論そうなった場合、ゴルナゴに償えることはなんでも致します。……そんなに鋭い目を向けないでくださいませ。この国に対し害意がある訳ではございません」

【彼には歓迎されていないようだ。しかし、俺も……この御方が欲しい】



 ロイドのふきだしは見えないが、台詞から考えて私と同じ方向の考えを持っていると思っていい。つまり、この縁談に反対だ。しかしルナンダもまた諦める気がない。



「わたくしの暮らしには危険が付きまとうせいでしょうかね。どうしても強い女性に惹かれてしまうのです」

【もう誰も俺のせいで死なせたくない。……この御方なら、俺が愛しても、きっと】



 ルナンダの言葉とふきだしで彼が求めているのは“私”ではないと気づいた。一目惚れではない。命を狙う刺客を簡単にねじ伏せる姿を見て、その力に求婚したのだ。

 詳しいことまでは分からないけれどどうやら過去に誰か、関係のある人が亡くなっている。それは命を狙われる生活をしているからで、それに巻き込まれてしまったのだろうという予測もできた。



【そうだ……この先誰も愛してはならないと言っていた若君が、ようやく前を向けたのだ。私共は若君を応援しております……! レイリン殿とうまくいきますように……!】



 彼の付き人兼護衛のふきだしからも断片的にだが彼の状況が伝わってくる。その若さと穏やかさからは想像できないほど、辛い経験も重ねているようだ。

 おそらく、兄弟が放った刺客に好いた相手を殺されたことがある。だから人を愛せない。愛する相手に条件が必要になる。いつしか命を奪われそうにない、強い女性なら愛せるかもしれないという考えを持つようになり、命を狙う刺客を自ら捕えた私を見て求婚するに至ったのだろう。


(……同情はするがな)


 死の危険と隣り合わせ、それが自分だけではなく愛する人間にも及んでしまう恐怖。ルナンダは商人であって武人ではない。商才を持ち合わせていても、己が身を守ることや、愛する人を守ることはできない。故に、守る必要のない人間を愛したい。……しかしそれはもう、手段と目的が逆になってしまっているというか、歪んでしまっているように感じる。



「今日も一日ありがとうございました。明日の予定は――」



 一日の護衛時間を終えて明日の予定を聞く。その中に魔塔とハウエルの名前があったことに驚いて眉を動かしてしまう。それを見逃さなかったルナンダに「どうかしましたか?」と問われてしまった。



「いや……友人の名前があがったので、つい。問題はありません」



 私は問題ないけれど商談ハウエルの方は問題があるかもしれない。ここ数日、ルナンダとロイドに対してかなり鬱憤を溜めている様子だった。まともな商談になるだろうか。



「大魔導士ハウエル様は大変気難しい御方だという噂をお聞きしておりますが……レイリン様から見て、どのような御方でしょうか」

【実際に相手を知っている人間から人物像を聞けるのはありがたい】



 穏やかに微笑みながらも力強く光る黄金の目が印象的な、商人の顔。こういうルナンダを相手にするのは口説かれるよりも気が楽だ。

 大魔導士ハウエルは優れた魔法開発者であるものの、尊大な態度で人付き合いの悪さが目立つ。そう言われている。ただ素直ではないため口も態度も悪く感じるだけで、根は優しい人だ。しかし地下に引きこもり他人と殆ど関わらない彼の本性を知る者が少ないのは致し方のないことでもある。



「気難しいわけではなく少々分かりにくいだけです。口は悪く感じるかもしれませんが、商談をないがしろには……しないとは思うのですが……」



 ……いや、しかしどうなのだろう。普段なら返答は素っ気なくともまともに話を聞く耳は持っていると思う。ただ、このルナンダ相手にそれをやってくれるかどうかは、最近のふきだしを見ていると怪しいところである。



「……レイリン様は、大魔導士様と仲がよろしいのでしょうか?」


「はい。……互いに最も親しい友人であると思います」


「なるほど。親友であらせられるのですね」



 私たちを“親友”と呼ぶのはまた違う。幼馴染で友人で、お互い以上に親しい相手はいないのだろうけれど――私たちの関係はいうなれば、友達以上恋人未満。お互いに恋愛的好意を持ちつつもどちらも伝えていない、微妙な関係だ。



「親友と呼んでいい仲ではないかもしれません。ただ、私にとっては特別な友人です」



 ロイドのふきだしが【やはり……!】となっていたが私が目を向けると消えてしまう。彼のふきだしは本当に一瞬しか見られないので、私の動体視力がなければ読み逃して分からないところだ。……読んでもよく分からないのだが。



「羨ましく思います。わたくしもレイリン様と親しくなりたいのですが……この後、夕食はいかがでしょうか? ロイド様もご一緒に」

【もっと話を聞きたい。よく知っているならなおさら、商談に有利な話が聞けるかもしれない】


「いえ。私には先約がありますので申し訳ないのですが、そろそろ失礼させて頂きます」



 やはり彼は根っからの商人だ。私に恋などしていない。これなら求婚を断っても傷つける心配はいらなさそうだと少しだけ軽い気持ちになりながら夕食も断った。

 たしかに彼の事情には同情する。しかし、その条件を満たすのは私だけではない。世界を探せば強い女性は他にいるだろう。……けれど、ハウエルには私しかいない。そして、私にもハウエルが必要だ。



「もしや、大魔導士様と?」


「ええ。ルナンダ殿との商談が上手くいくようそれとなく話をしてみましょうか?」


「ありがとうございます。しかし、お気遣いなく。食事を楽しまれてください」

【レイリン様は任務後の足取りを掴めたことがない。……明日から魔塔を見ておくよう命じておくか】



 そのふきだしに驚いた。どうやらルナンダは私のことも調べていたようだ。しかし、私が常に身体強化の速度で移動するため諜報員がついて来られなかったのだろう。毎日ハウエルの元へ通っていることは明日から知られることになるのだろうか。……何故か少し恥ずかしい。



「ロイド様はどうでしょうか? この国の事をゆっくりお聞きできれば嬉しいのですが」

【こちらからも何か情報を得られないだろうか】


「私でよろしければ。とはいっても、私にできるのはレイリンを語るくらいでしょうが」

【必ず諦めさせてやる】


「それは願ってもない話です。では、レイリン様。また明日お会いしましょう」



 それぞれが腹の中に抱えたもののある食事会が行われるらしい。素直なロイドでも敵意に似た感情を持つことがあることを意外に思いつつ、ルナンダの宿を後にした。

 そして今日も幼馴染は不機嫌そうにルナンダとロイドへの不満をふきだしに流し、私の料理には喜ぶという変わりない様子だった。……明日の商談については頭に入っているのだろうか。不要と言われたが本当に商談の話を振らなくてよかったのかと少々心配になった。

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