第4話


【予想外過ぎる。どうしてこうなった】



 ハウエルの横のふきだしにある文字を見て、彼が何の説明も受けていないことを理解した。大魔導士殿へ渡すようにと預かった文章に今回の件の詳細が記されているのかもしれない。

 私がさっさと退院しすぎて団長があきれ顔になり【化け物か】と内心で考えていたくらいなので、私の行動が早すぎたのだろう。文書を渡し、私からも口頭で説明をすることにした。



「昨夜キースの遺体が見つかりましたが、指を切り落とされて指輪が紛失していました。敵国の魔法使いが侵入している可能性もありますし、我が国の最重要人物である貴方に護衛が必要だと判断されました」



 それが騎士団と魔塔の双方による決定だ。ゴルナゴが欲しい敵国が狙うとすれば、たった一人で防御の要を担っているハウエルだろう。彼さえ消してしまえばこの国を落とすのはたやすい。

 しかもハウエルは常に多くの魔力を国防の魔法陣に注いでいて、自分のために使える魔力が少ない状態にある。しばらくは原因不明の魔獣行進の調査や、国内に入り込んでいるだろう間者と紛失した指輪の捜索で国内が騒がしくなるだろう。国の中が落ち着いていないのに彼を一人にする訳にはいかない。



「……でもなんで君なんだ」


「大魔導士殿が意見したと団長からはお聞きしましたが。私を国内の任務に就かせるべきだと」



 昨日、ハウエルから騎士団宛てに意見書が送られてきた。その内容を簡単にまとめると、レイリンの治療はしたがまだ万全に回復したわけではない。国民の心の支えにもなっているような一騎当千の騎士を不調のまま戦わせて失うのはあまりにも愚策。レイリンはしばらく外に出すべきではない。国内で可能な他の任務を与えるべきだ、と。



「……そう」

【確かに書いたけど。書いたけど……! まさか僕の護衛になるとは思わないだろ!】



 私という人間を大変長い文章で褒めたたえ、いかに重要な人物か、失ってはならないかといった内容が書き連ねられていたと聞いている。今回はとても心配をかけてしまったようだし、ハウエルが私を大事に思ってくれている証のような気がして嬉しかった。



「そのような経緯で私が護衛を務めさせて頂きます。魔塔からの要望もありましたし。貴方が助手を欲しているので、騎士ならどちらもこなせて丁度良いと」


【あの爺どものせいか!】



 私としては願ったり叶ったりの任務だったので喜んで引き受けた。普段通りの力は出せないとはいえ、試合をすれば他の騎士を地につかせられるという自信はある。何より、私以上にハウエルを守りたいと思っている騎士もいない。自分が適任だとそう思ったのだ。



「……っていうかその口調なに?」

【もしかして昨日の態度が原因か?】


「護衛任務中ですので。……いつも通りがよいとおっしゃるなら、命じて頂ければ」


「いつも通りにしてよ。君がかしこまってると奇妙だ」

【なんだ、仕事だからか】



 ハウエルはふいとそっぽを向いた。このふきだしがなければいつも通り嫌味に見えるはずなのだが、ふきだしのせいで素直になれないだけなのだなとおかしくなってしまう。

 この能力を得て二日目。私はまだ、これが本当に内心の声なのかという確信が持てないままだが、そうであってほしいと願うようになってきた。……ハウエルと昔のような友人に戻りたい。



「分かった。ではいつも通りだ。……何から手伝えばいい? 私は貴方の助手も言いつけられている」


「……作った魔法陣に魔力をこめることから」

【くそ、全然落ち着つけない。レイリンが来るなんて……嫌ではないけど、やっぱり落ち着かない】



 素っ気ないように見える幼馴染はどうやら落ち着かないらしい。表情はいつも通りすまし顔なのだけれど、不思議なものだ。

 彼が新しい魔法を考案する才能を持っているのは間違いない。しかし、彼には実験に使える魔力が少ない。魔塔の魔法使いたちはそれぞれ自分の研究に忙しいというか、自分の研究に使う魔力をわざわざ分けてやれるような余裕はないのだ。そして外部から助手を雇いたくても魔力豊富な人間はもっと良い職につけるのだから、魔塔の魔法研究者の助手をやりたがる人間は少ない。


(研究者の助手は給料が良くないのが一般的だしな)


 だからこそ、研究者の余程熱心な支持者でないかぎり魔力の提供助手なんてやらない。それにハウエルは愛想が悪いため、彼の存在をありがたがっていても彼自身に近づきたがる人間は中々いないのである。仕事と私事は別、というやつだ。



「私は魔力量が多い方だから役に立つだろう。身体強化はそこまで消費しないからな」


「……君みたいな人が使える魔道具が増えれば、もっとできることが増えると思ってるよ」


「ああ、たしかに。身体強化の魔法だけだと魔力が余りがちだ」



 自分以外に影響を及ぼさない魔法だからか、身体強化の魔法は魔力消費が少ないのだ。その人間が持つ魔法の種類に左右されず誰でも魔力さえあれば使える魔法陣や魔道具の研究と開発は常に行われているものの、難しいものであるらしい。私は詳しくないのでよく分からない。



「じゃあ、この魔法陣に魔力を注いでみて」



 魔法陣が描かれた紙を手渡された。随分と複雑で一体どういう魔法を起こすために組まれているのかは分からない。私がそれに魔力を込めると魔法陣が光り、何らかの魔法が発動した。しかし一見何もないように見えるため、辺りを見回そうとして何かにぶつかる。手や足も同様で、ほんの少しの幅を残して全身を見えない壁に包まれたような状態だ。……これは何の魔法だろう。しかし、とりあえず。



「ハウエル。動けない」


「……失敗か」

【固定の問題かな。その場から動けないんじゃ防御魔法の意味がない。身に纏ったまま動けるようにするには、空間と固定してはいけない。動きを阻害しないまま硬度を保つにはどうするべきか。そもそも――】



 ふきだしに大量の文章が浮かんできたが私には理解できない話のようなので読むのをあきらめた。発動した魔法は残ったままで私は動けずにいる。



「動けないままでは護衛に支障をきたすので、壊してもいいだろうか」


「いいよ。どれくらいの強度かも教えてくれると助かる」



 許可を貰ったので身体強化をして思い切り体を動かした。ガラスが割れるような音と共に見えない壁が消え、動けるようになる。どこかが割れると全て消える仕組みのようだ。



「ふむ……石の壁に穴を開けられれば割れるだろう。なかなか堅かった」


「……強度は充分だな。ちょっと考え直してみるからそれ、返して」

【はやく完成させて、レイリンを守れるようにしないと】



 身動きが取れなくなる魔法など何に使うのかと思ったがこれはどうやら体を固めるのではなく、身を守るための魔法であるらしい。

 つまり、国を覆う防壁魔法のようなものを個人に付与できないかという試みなのだろう。それが出来れば素晴らしいことだ。今のは魔力消費も大したことはなかったし、騎士がこれを使えれば危険はずいぶん減る。



「これは防御魔法なんだな?」


「そうだよ。一人一人が簡単に防壁魔法を使えれば騎士団の役にも立つし。いつかは他人に付与できるようにするのが目標だけど」

【君が外に出ようとするからこうやって守る方法を考えてるんだぞ。分かってないだろうけど】



 分かっていなかったが、今知った。そう口にしたかったけれど黙り込む。これは本当にハウエルの気持ちなのか、そうだとすれば私は人の心を勝手に覗いてしまっていることになる。

 しかも、私にはこの新しい魔法を“使っている”という感覚がない。いつでも動けるよう、眠っている間ですらある程度の身体強化の魔法が使えるように訓練し、そちらは常時使っているがやめようと思えばやめられる。しかしこのふきだしの魔法は止め方が分からなかった。


(死にかけた時の障害で都合のいい言葉の幻覚が見えているのか、神の贈り物によって心の声が見えるようになったのか。後者だとするなら打ち明けるべきか)


 私が悩んでいる間にもハウエルは新しい魔法陣を描きながら、そのふきだしでかなり高度な魔法技術の話をしている。私に知識のない話なのでやはり心の声が見えているのだ、と思うべきだろう。そうでなければ説明がつかない。


(私にはどうしようもないこととはいえ、心の中を盗み見てしまうのは申し訳ないな。……ふむ。自分ならどうか考えてみるか)


 相手に心の中を知られてしまうとしたら。その相手は、望んでいなくても心を知ってしまうのだとしたら。自分ならばどう思うか。

 それならば伝えないでほしいと考えるだろう。やましいことなど一切ないし心を読まれて困ることなどない。だからこそ、言わないでほしい。知られていると思わなければ余計なことを考えないで済む。……ただ、その相手が家族であれば伝えてほしいように思う。家族の重荷なら一緒に背負い、分かち合いたいから。


(よし、ではそうしよう。皆の心のうちの言葉は私の胸に秘めておくので、容赦してくれ)


 そもそもこの魔法を手に入れなかったら私はハウエルと仲直りできるかもしれないという希望など抱けなかった。うじうじ悩んでいたって仕方がない。神が私にこの魔法を与えたのだから、それについて不満を述べるのは間違っている。ありがたく使わせてもらうべきだ。



「今度はこれに魔力を込めてみて」

【なんか、楽しいな。昔みたいで】



 それでふと、私の魔法が発現した頃のことを思い出す。身体強化の魔法がどこまで強化できるか、何を強化できるか、部位や感覚ごとに使い分けられるか――そういう検証をハウエルと一緒にやった。私だけが強化に細かい調整ができるのは、幼い頃のその経験のおかげなのかもしれない。……たしかに、今こうして彼の実験を手伝っていると昔に戻ったようで楽しい。



「懐かしいな」


「……え、突然なに」


「ああ、いや。私の魔法が発現した頃はハウエルと毎日魔法の検証をしていたからそれを思い出した」


「……そうだね」

【レイリンも覚えてるのか。……そうか、そうなんだ……】



 ハウエルの表情も興味がなさそうで、私への返答も平坦な声だった。それでもふきだしの、声の調子すら分からない文字が喜んでいるように見えて自然と笑みが浮かぶ。それに気づいたハウエルはびくりと肩を震わせ、すぐに顔をそらした。



「何笑ってるんだ。君は昨日からなんか変だぞ。……っていうかそれに早く魔力込めてくれ」

【いきなり笑われると僕の心の準備ができないから笑いますって言ってから笑ってくれる!?】



 自然な表情なのでさすがにいちいち宣言してから笑うことはできない。そこはあきらめてもらうしかないだろう。きっと、私はこれから彼の前でたくさん笑うことが出来るようになるから。


(ああ、これは本当に……贈り物だな。ありがとうございます、神様)


 この魔法のおかげで、私はもう何故幼馴染に嫌われたのかと悩む必要がなくなった。それが何よりも嬉しくて、ありがたい。護衛の任務が終わったら教会でしっかりと感謝の祈りを捧げよう。



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