第168話・怖いもの知らず

「マジか! ジュラっちとはいっぺんってみたかったんだよ」 

 何を言いやがるのですかこの娘は!? と、ミノタウロスとリザードマン、そしてメデューサの三人は溜息をつきながら顔を見合わせた。

「めちゃラッキーだぜ!!」

「ティラノさん、それはアナタだけざます」

 疑似とは言え、史上最強の転生勇者であるアンジーと戦う事になったティラノ達。ウェアウルフを除く三人は、今までになく身体を強張らせていた。最悪の敵と戦わなければならない不運に、皆不安を隠せない中、ティラノだけは目をキラキラと輝かせ、今までにない対戦相手にワクワクしていた。

「……流石にワシも、凶悪最悪残忍魔人のドラゲロ・アンジョウとは遠慮したいと思うくらいだぞ」

 ミノタウロスですらこれだった。自身を遥かに上回る、強大なカルノタウルスと嬉々として戦った彼をしても、だ。それだけ皆の記憶に残るアンジョウ・アキという人間が別格なのだろう。

「みんな怖気付おじけづきすぎだぜ!」

「ぞうだな、いぐら強いど言っでも同じ生き物だぞ」

「ウェアウルフ、またあなたはそんな事を……」 


 怖いもの知らずという言葉は、何も悪い意味だけとは限らない。もちろんそこには無知だったり無謀だったりと言った意味も含まれるが、相手に対しての先入観を持たず、萎縮せずに自身の力を出し切れるという利点も大きい。

 アンジーが異世界でブイブイ言わせていた頃、ウェアウルフはまだ魔王軍に入っていなかった。それ故『凶悪最悪残忍魔人のドラゲロ・アンジョウ』という勇者の話は伝聞で知っているだけで、彼にとって、そこには何ひとつ気後れする要素は存在しない。

「やるぞ、ディラノ」

「おう、犬っち!」

 拳を突き合わせる竜と狼。

大爺おじじっち、交代するぜ」

 この間、アクロが連続で放ってくる超闘気オーラ弾を、ダスプレトサウルスは一人で防いでいた。弾き、叩き落し、受け流す。ただ者ではないのは解っていたが、それらの動きを右手に持つ小枝一本で済ませてしまうあたり、英霊と言う存在のの能力の高さと可視化されたその姿が、いかに仮物なのかを物語っていた。

〔やれやれ、はようしてくれ。年寄りには辛いのう〕

 平気で嘘を言うダスプレトサウルスと

「マジか、すまねぇ……」

 毎回アッサリと騙されるティラノであった。


 二人の掛け合いをよそに、ウェアウルフは得物である漆黒の両手剣をスラッと抜いて右肩に担いだ。赤黒いモヤモヤを纏う、魔力を帯びた剣だ。右足を引いて腰を落とし、左膝に乗せた腕が地面に触れるくらい低く前かがみになって構える。とは言え客観的に観て、どう考えても力不足なのは否めない。


 ――それでも立ち向かう姿勢は仲間に伝染する。


 これが怖いもの知らずのもう一つの利点、周りの仲間に対しての鼓舞だった。本人にはその気がなくても、前向きな行動や発言が自然と皆のテンションを持ち上げる。

「あそこまで気合を見せられては仕方あるまい。いや、むしろワシ自身情けなくもある」

 ミノタウロスは『ふう』と一息吐くと、気合をいれなおし相方に声をかけた。

「やるぞ、リザード」

「そう言うと思ったでヤンスよ」

 手に入れたばかりの白銀の斧を構えるミノタウロスと弓に矢をつがえるリザードマン。ウェアウルフの気合が完全に伝染した様だ。

「ちょっと待て」

 そこに“待った”をかけたのはカルノタウルス。彼はリザードマンを制止すると、いつの間にか手に持っていた、赤く燃えるようなきらめきを放つ短弓を手渡して来た。

「これは……」

「ああ、なんでもお主にくれてやるそうだ」

 そう言いながら巨骨の山に視線を送るカルノタウルス。

「だけどオイラは何もしてないでヤンスよ?」

「リザードマンと言ったか、何やらお主は他人の様に思えなくての。皆も我輩と同じ気持ちだったらしいのだよ」

 そもそもの話として、トカゲは史上最少の恐竜と言われている位だ。彼等歴代の英霊達が同族的な感情を持ったとしても当然と言えば当然の話だった。

「はあ、そうでヤンしたか……」

 弓を受け取ったリザードマンはその美しさに見惚れる様に、まじまじと見た。取り回しの良い、一メートル程度の小型弓ではあったが、そこに封じ込められている力には驚きの色を隠せなかった。

「それにしても凄い弓でヤンス……」

「わかるか……ふむ、福井さん達(注)も喜んでいるぞ」

「……それ、誰でヤンスか」

 疑問だったのか単なるツッコミだったのかわからないが、いずれにしてもリザードマンは頭を切り変えて弓を構えた。


「ああ……ほんっと脳筋ってもう」

 口調は呆れていたが、口に手を当ててすでに方策を思案しているメデューサ。

「取り合えずダスプレトさん、やってもらいたい事があるざます」

 結局、ブツブツ言いながらもアクロの弱点を見極めようとする、何気に付き合いの良いお世話係の彼女であった。






――――――――――――――――――――――――――――

(注)福井さん達:フクイラプトルやフクイサウルスと言った、日本の福井県から発掘される事になる英霊一家の事。……と、思われる。


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