第152話・パーソナリティ

 ――その瞬間をメデューサは見ていた。


 昆虫の様な動きで走るデスマトが弾き飛ばした小石のひとつが、アクロが手に持っていた花を直撃し……散らした事を。


 アクロは飛んできた小石に一瞬ビクッとしたが、その後は一言も発する事なく、固まったように手元を見つめていた。その落胆した様子に、メデューサは思わす声をかける。

「大丈夫ざます……か?」

 聞こえているのかいないのか、全く無反応のアクロ。彼女はゆっくりと立ち上がると、息を大きく吸って止めた。

 その時、ゾクリ……と正体不明の寒気を感じたメデューサは、思わず座ったまま後ずさってしまったという。


「おう、てめぇら、ちとどいてろや」

 ぞわぞわっと何かが這う様に、体の中心から指先やつま先に向かって、白かった皮膚の色が褐色に変わっていく。

 鮮やかな赤色の髪は逆立ち、天に向かってメラメラと炎が燃えるが如く揺らめいていた。

「え……アクロさん?」

 目の前で起きている変化に思考が追い付かないメデューサ。その時、部屋中に響きわたる大声が放たれた!


「おんしゃあ、しゃけるまでしでるぞ!」

(訳:お前、泣くまで殴るぞ!)


 呆気にとられるティラノ達。特にメデューサは真横にいただけに、アクロの気迫に押されて数メートルも転がされてしまっていた。

「おまえ、アクロ……だよな」

「どいてろゆうちょるがぜよ!」

「そうはいかぬ。ワシらとて引けぬ理由わけがあるのだ!」

 威勢よく啖呵たんかを切ったものの、実際は打つ手がないミノタウロス。意地だけでどうにか出来る状況でない事は十分に承知している。それでも黙ったままではいられなかったと言う事なのだろう。

「勝手にしとうせ。巻き込んでもしらんぜよ」

 デスマトに向かってゆっくりと歩くアクロ。いつどこから出したのか解らないが、手には武器が握られていた。

 それは、長い柄の先に直径三十センチくらいある金属球の付いたメイスの亜種で、球の回りに無骨な鋭い刃の付いたソードメイスと呼ばれる得物。打撃と斬撃を同時に撃ち込み、攻撃を受けた箇所は再生不可能な程グチャグチャに破壊される凶悪武器だ。

 アクロは柄の端を持ち、ズルズルと地面を引きずって歩く。


「そんな怖い顔しても無駄ですよ。浅はかですねぇ、短絡的ですねぇ……ごめんなさい」 

 態度にまったく揺るぎのないデスマト。のんびりと起き上がりながら悪態をついていた。これはこれで胆力があるという事なのだろう。

 アクロは黙ったままソードメイスを振りかざした。重量武器を片手で軽々と持ち上げるアクロを見て、辟易するミノタウロス。

「あの細腕で何故持ち上がるのだ……」 

 六人の中でも群を抜いてパワーのある彼の一言が、アクロの異常性を的確に示している。

 引きずっていた時の音、低く、ゴトゴトと曇った音を伴っていた事もあって、かなりの重量の武器だと判断出来た。普通に考えたら彼女の体格からは両手でも持ち上がるかどうかと言う代物だ。

 無造作にソードメイスを振り下ろすアクロ。デスマトは先程と同じ様に、トゲ角で受け流そうと構える。硬い者同士がぶつかり合う音が響き、デスマトはアクロの攻撃をガードした。しかし、構わずに何度も何度も打ち付けるアクロ。


 曲面で構成された場所に攻撃を仕掛けても効果は薄い(注1)。それは、攻撃側の武器が曲面に対してその力を一〇〇%伝える事が難しいからだ。極々稀に垂直に当たった時にのみ、その攻撃は“初めて通常の攻撃となる”。ましてやデスマトのトゲ角は常に動いているのだから、決定打を生み出す事は至難の業だった。


「だから無駄なんだって言っているのが解らないのかな? ……君は赤ちゃんでちゅか~? ……すみません、ごめんなさい」

 と、余裕を見せるデスマトだったが、すぐに無言になる。アクロの攻撃スピードが上がったからだ。短剣を振り回す様なスピードで両重量武器を打ち込み始めた。

「マジかあれ……。アクロのヤツ大丈夫なのかな?」

 ティラノが心配になる程、我を忘れているアクロ。普通に考えたら肩が外れてもおかしくない滅茶苦茶な挙動だ。


 ――そしてここでさらに不思議な現象が起きた。


 そこにいる誰も気が付かないまま、アクロの武器がソードメイスから大戦斧になっていた。それはミノタウロスが持っているものとほぼ同じサイズの斧、勿論それも片手で打ち下ろしている。

「誰か武器を持ち変えるの見えたか?」

 ティラノの問いに誰一人として返事が出来ない。……それほど一瞬の事だった。


 アクロの声が二重に重なって聞こえてくる、いつもの優しい声と低いドスの効いた声。

「そればぁの事か? まっことずつないのう」

(訳:その程度か? 情けねぇな)


 防戦一方で全く抵抗の出来ないデスマト。その場から離脱する余裕もない様だ。

 目は血走り、近寄りがたいオーラを発しているアクロ。ティラノもミノタウロスも、誰一人として声をかけられなくなっている。少し前までそこにいた、物静かで花を愛でいたは……もう、どこにもいなかった。


 誰がどう見ても彼女はバーサーカーだ。そして二重人格(注2)と言っても差しさわりは無いと思う。静かに心を落ち着かせる環境や愛でる対象が壊された時、“それ”は表面に現れる。その場にいた全員、そしてもちろんウチ達仲間も、全く考えもしなかった特質。


 まあ、多分アンジーは知っていて送り込んだのだろう。ったく、あの謎女ってばもう……。






――――――――――――――――――――――――――――

(注1)曲面への攻撃

解りやすいのが戦車の形状です。特にM4シャーマンの様な曲面を多用した形状は飛んでくる弾を弾く効果が高く、本体性能をフルに発揮できた要素のひとつになっています。


(注2)アクロカントサウルス

この恐竜は、研究上複数の科目に割り当てられています。(学者によってあっちの科になったりこっちの科になったり)そんな性質を多重人格としてキャラの性格付けにしています。


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