第9話・竜の刃
ティラノは『やべぇ』と言って手を離した。幸いにも蔦の先は木にしっかり絡まっているし、ウチも爪を立てたり腕や身体に巻きつけていたから流されることはなかった。それにしても、いきなり手を放すとか……
「なにするの――⁉」
と、水面から顔をあげた瞬間だった。ウチが一瞬前までいた場所を、ワニの口がガブリと食べていた。
「マジか……」
水の中なのに冷や汗が流れるのを感じてしまう位、目の前の恐怖と言ったらない。ティラノが手を離さなかったら、ウチは今頃腹に喰いつかれ、上半身と下半身が分かれていた所だ。
ティラノって軽くふざけた様な口調だけど、あの瞬間的な判断力の正確さが彼女の本質なんだと思う。プチもだけど、彼女達野生の生物は“生きる”という事にとことん貪欲で敏感なんだとつくづく感じさせられてしまった。
――だからワニが
ティラノは蔦を手放すと同時に走り出していた。そして、ワニがウチに向き直った時には……
「ざけんじゃねぇぞコラ!」
そのセリフと共に、ティラノのまわし蹴りがワニの無防備な後頭部にクリティカルヒットしていた。
「俺様の“ツレ”に手をだしてんじゃねよ!!」
“ドカッ”というこもった音と共に、派手に吹っ飛ぶワニ。気絶し、腹を見せた状態でぷかぷか浮き、流されて行った。
……それにしても“ツレ”って言われるのって悪い気はしない。むしろボッチのウチは嬉しかったりする。ティラノは言動にズレがあるというか、単に周りの理解が及ばないというか。それでも理に適った行動で周りをしっかりと見ている娘。学校に一人くらい必ずいる、言動が誤解を受けやすいタイプだ。
とにかく助かった……いや、助けてもらった。みんなには感謝しかないし、同時にウチ自身の言動を反省もしている。色々考えてしまって頭の中がぐちゃぐちゃだ。でも今は反省よりも……
「ベルノを助けないと」
死にかけから生還した今も、最初に考えるのはそれだった。
「少し休んでおけよ。あの白いのは任せておけって」
ティラノは立ち並ぶ木々の根元に行くと、持っている木刀を頭上に構えて目をつむった。
精神を集中しているのだろうか、足元からゆらゆらと熱気みたいなものが立ち上がり、全身を包んでゆく。俗な言い方だけど
「え? あの形……ティラノサウルスじゃん」
同時に、ウチのポケットの中にあるティラノの約束珠が光り輝いていた。彼女の気の高まりに呼応しているのだろうか?
「いくぜ!! ……レックス・ブレード!!!!」
カッと目を見開き、上段の構えから一気に振り下ろす。木刀のはずが物凄い切れ味を発揮し、巨木をあっさりと切り倒していた。
「なにこの威力……」
その木刀から繰り出される、
しかし、その強大なエネルギーは刀の攻撃のみならず、ティラノを中心に周囲に放出されて砂や小石を吹き飛ばしていた。……あれを撃つときは近くにいたらヤバいな。余ったエネルギーとは言え、味方もダメージ喰らうぞ。
「これが女神さんの言っていたスキルなのか」
〔そうです。切り札になりうる能力ですよ!〕
なんかティラノサウルスを背負って技を繰り出すとかえらくカッコイイのですが。技名はまあ、ちょっと微妙だけど。巨木を一人でサクサク運んで、アッサリと中州に渡すティラノ。最初『俺様一人で十分』と言っていたが、なんかわかる気がしてきた。
「これでいいかー?」
「お、落ちないでくださいね……」
とウチの腰に蔦を縛り始めるプチ。ベルノの分の蔦も用意してくれている。うう……なんて素敵な娘達なの。
「ちゃっちゃと行ってこいヨ!」
「ありがとう。行ってくるよ」
丸太の上って転がり落ちそうなイメージがあったけど、意外にもサクサク渡れてしまった。これが猫人の身体能力なのか。
「……猫の爪ってめちゃ便利やな」
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挿絵
レックス・ブレード→https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16817330653064321075
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