第127話・どざえもん

「オラオラ、さっさと出てきやがれっス!」


 動かなくなったグレムリンことストーンドラゴンをガシガシ蹴飛ばすルカ。


「きっと泣いていやがるんデスよ!」


 そして大鎌の柄で首元をつつき上げるスー。


「お~い、多分もうその中にはいないぞ~」


 ルカもスーもよほど悔しかったのだろう。それはもちろんウチも他のみんなも、だ。気を抜いていたわけじゃない。だけどほんの、本当にちょっとの隙をつかれ、ウチ達はグレムリンを取り逃がしてしまったんだ。





 グレムリンを無力化し、情報を聞き出そうとした時だ。ドライアドは刀を手に取ると、突然猫耳幼女に斬りかかった。慌ててウチが足に飛びつき、同時にルカが刀を持つ腕を押さえて、なんとか止めることは出来たんだけど……いきなりどうしたのだろうか。


「あぶないって!」

「亜紀殿、放すでござる」

「駄目っスよ。ドラのおっちゃん」

「幼いとは言え、この者はここで斬らねば後々災いをもたらすは必至。今ここで禍根を絶つことこそが最善手でござる」


 多分言っていることは正しい。予知なんてチート能力を持つ者が敵方に居たら、苦戦するどころの話じゃない。だけど……正しいのと納得するのとは意味が違う。こんな小さい子に、それも自分の意思で戦っているのではない子供に、災いとか言うものじゃない。


 だから……なんかもう、怒りにまかせて“スネ”に全力頭突きを喰らわせてやった。


「弁慶でも泣くんやで!」


 スネを押さえてうずくまるドライアド。流石に木のモンスターでも“そこ”は弱いらしい。


「なあ、もしハーピーやセイレーンが災いをもたらすとしたら斬るんか?」

「亜紀殿、なにを……」

「出来るのか? 出来ないだろ。それと同じことなんだ……ウチにとってこの子はそういう存在なんだ、わかってくれ」


 口調こそ大人しかったけど、多分その時のウチは物凄い剣幕だったと思う。お互い睨み合うこと数秒、ドライアドは言葉を失ったまま刀を下ろし、ゆっくりと鞘に納めた。


「致し方ござらん」


 不本意でもこの場は引いてくれてホント助かった。もしまたドライアドと戦うことになったら、正直勝つ自信はない。だから彼等には悪いとは思うけど、魔王軍から敵認定されたのはラッキーととらえるべきなんだろう。この先は中立無所属ってスタンスでいてもらうのが良さそうだ。……多分それでも裏切りってことになるのだろうけど。


「とりあえず、ウチ達が争うのは無しだ!」


 心なしかハーピーやセイレーンが安堵していると感じた。みんな本音は戦いたくないのだと思う。ミノタウロスも純粋にバトル好きだから戦いたいって感じだったし、魔王軍とか魔族って言われても気のいい奴が多い気がする。


「それに、いまは毛玉(グレムリン)をなんとかしないとだろ?」

「うむ……」



 ――その時突然、馬のいななきが響き渡る。



 その“けたたましい”声に振り返ると、そこには意識を取り戻したケルピーが立っていた。ウチが慌てて身がまえた時にはすでにドライアドは踏み出し、ケルピーに向けて一直線に突っ込んでいた。……早いなんてもんじゃない。恐竜人ライズですら反応しきれていないのに。

 腰に溜めた力を一気に抜刀に乗せるドライアド。しかしケルピーはバックステップで刀の間合いを紙一重で外すと、自身の武器を構えた。

 ケルピーは身長が二メートル半程もあり、筋肉質だがスッとして見える、俗に言う“細マッチョ”だ。顏は残念ながら馬ではなく、意外にも彫りの深い中東系の褐色イケメンだった。武器はドライアドと同じく日本刀だが、こちらは五割ほど長くりも強い。これは戦国時代のいくさで使われた大太刀なのだと思う。普通なら両手で持つ様な1メートルもある刀を、ケルピーはこともなく片手で振り回していた。


 『力量が等しい』と、ハーピー達が評価するくらいだ。魔王軍の中で幾度となく模擬戦もしているのだろう、お互いがお互いの力量を知り、間合いを知り、性格を知っている。それ故、と言ってしまえばそれまでだが、ケルピーの次の一手をドライアドは読み切ることが出来なかった。

 ケルピーはドライアドに打ち込むと見せかけ、振り下ろした大太刀から手を離した。直後、馬に変身しながら走り出し、そのまま猫耳幼女をくわえると、一気に走り去っていく。本当に一瞬の出来事で、その尋常ではない速さには、誰一人として追いつくことが叶わなかった。


〔やられましたね〕

「やられたね……」


 多分ドライアドが知るケルピーは、逃げを決め込む性格ではないのだろう。だからこそ“逃げの一手”が効果的だった。


「多分、猫耳幼女を連れ帰るのが最優先事項だったんだろうな」


 と、口では言ってみたけど、猫耳幼女に関しては現状で打つ手がなく、どうするか決めかねていた。だから魔王軍に連れ戻して行ってくれたのは、対策を練るための時間稼ぎとしては、むしろありがたいと思う。下手に保護して人質になっている家族に危害が及ぶのはまずいし、だからと言ってこの場に一人残すわけに行かなかったから。


 ……グレムリンはグレムリンでいつの間にか逃げてるみたいだし、ホント厄介な連中だ。



「ところで亜紀さん、ちょっと報告があるのですが」

「そうそう、重要な話がありやがるデスよ」

 

 ピノとスー、二人して改まってなんだろう?


「水中でケルピーと闘っている時なのですが……」


 迂回して河口に向かったはずのスーがケルピーの背後に回ることになり、前後から挟み撃ちの態勢になった。ピノが苦戦しているのを見てかなりの強敵と判断したスーは、背後から忍んでいきなりレックス・カタストロフィをぶち込んだらしい。

 その時のエネルギーの衝突が何本もの水柱を生みケルピーを倒すことになるのだが、その際に予想外のトラブルが発生していた。


「やって差し上げてしまったデスぞ」

「え、なにを?」


 なんか不安しかないのだが……


「え~とですね……スーが巻き込んだのです」

「いや~、まさかあんな所を泳いでいらっしゃる水棲恐竜ヤツがいやがるとは、このスー様、一生の不覚でいやがります」

「え~とつまり、それって……その辺りを泳いでいた恐竜さんを技に巻き込んでしまったと?」


 スーがにこやかな笑顔でウチを観てサムズアップしている。いやいや、駄目でしょ巻き込み事故なんだから!


「生きたどざえもんと言うものでしょうか」

「ピノちゃんまで滅茶苦茶なことを……」

〔しかし八白亜紀、あなたより大分マシなパワーワードですね〕

「……」


 二人に連れられて波打ち際まで行くと、3~4メートル位の青い水棲恐竜が泡を吹いて倒れていた。とりあえず命に別状はなさそうだけど、とんでもない所に居合わせたものだな。


「こんなん、トラウマレベルやろ……」






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