第90話・算数。

「皆さん。卑怯だと言われても、ここは全員でかかりましょう」


 浮かれている訳ではない。それでもやる気が先走っているみんなを落ち着かせるために、ラミアは釘を刺す様に言った。この冷静さは今のパーティーにおいてかなり重要な役割を担っていると思う。


「それが正解だっペ。お前様達は一人じゃ勝てないっペよ」

「へっ、言ってくれんじゃねぇか。だけどな、俺様達は正義の味方じゃないんだ。卑怯でもなんでもいいんやで! ……って、亜紀っちが言っていたぜ!」


 ティラノは、正眼に構えていた木刀をくるりと回し、剣先を大地に突き立てた。


「この大地を守る為に、大切な仲間を守る為に……」


 そして左手で髪をかき上げ、バルログとグレムリンを睨みつけながら宣戦布告だ!


「お前たちをぶっ……」




「——ぶっ潰すニャ!!!!」




 ベルノはティラノの股下から乗り出し、“ビシッ!”っとグレムリンを指さしながらドヤっていた。


「ベルノぉぉぉぉぉぉ~。俺様のカッコイイとこなんだよぉ……」


 ――――!!


 ティラノは木刀を掴むと同時にベルノを抱きかかえ、大きく後ろに飛んだ。つい一瞬前まで立っていた場所は、バルログの放った炎で焼かれ黒焦げだ。

 

「うニャ⁉ 尻尾の先が焦げてるニャ!」


 ……それは最初からだよ、ベルノ。


「呑気にしゃべっているからだっぺ」

「かまわねぇよ。お前らも正義の味方じゃねぇんだ。それにな……」 


 ティラノは右足を引き、斜に構えながら木刀を右肩に乗せた。左手のひらを上に向けて突き出し、人差し指で『かかってこい』と挑発をする。


「攻撃手段はいくらでもあるんだぜ!」


 その時、バルログの真上からもの凄いスピードで。螺旋を描く黒い三角すいは、先程ベルノが“もふもふアタック”をブチかましたバルログの弱点、脳天にクリーンヒットする。


「なンじゃと……」


 なにが起きたのかわからずによろけるバルログ。

 ベルノとティラノの掛け合いに気を取られ『ぶっ潰すニャ!!!!』の一言で視線がベルノに向いた瞬間だった。トリスは一気に大空へと舞い上がり、直後、一転して急降下を始める。翼を身体に巻きつけきりもみドリル状態になって、つま先からバルログの脳天めがけて一撃を食らわせた。


「へっ、俺様に気を取られすぎだろ」


 上段に構えた木刀にオーラが集まっていく。トリスはティラノの動きを横目で確認すると、“バサッ”と翼を広げ、再度真上に向かって一気に舞い上がる。


「食らいやがれ! レックス・ブレード!!」


 オーラを纏った一太刀は、バルログの覚束おぼつかない脚を狙い解き放たれた! その一撃は的確に膝を捉える。


 ……だがしかし。


「ヒョヒョ、ちぃとバかり痛かったゾ」

「ちっ、

「ティラノ、手を抜いたのニャ!」


 ベルノのもふもふ肉球が“ぽふんっ!”とティラノの尻を叩く。


「いや、そういう訳じゃないんだが……」


 レックス・ブレードの弱点は、自身の周りにも放出してしまうオーラが周りの仲間をも傷つけてしまう事。ベルノや後ろの仲間が気になり威力を抑えてしまったのだろうか?


「やはり耐久力が違いますね……。先ほどとは三倍……いえ、四倍程度の強化といったところでしょうか」


 羽音一つ立てず、ティラノのすぐ横に“スッ”と降り立ちながら、敵の状態を的確に分析する策士トリス


「それでも、頭は弱い様です」 

「言うテくれタな、小娘……」


 バルログは杖を両手で持ち顔の前に構えると、ブツブツと呪文を唱え始めた。


「隙だらけニャ! 殴るニャ!! アイツ頭足りないニャ!!!」 

「ベルノ……フリーダムすぎ。デス」


 さすがのガイアもツッコミを禁じえなかったようだ。今にも飛び掛かろうとするベルノ。しかし、慌ててラミアが止めに入る。


「焦げたしっぽの恨みニャ!!!!」

「ベルノさん、あれは罠です」

「そうなのニャ?」

「足元の焦げていないところ、あそこトラップですわ。意外と小賢しいのですよ、バルログは」

「キサマら……ワシを馬鹿にしタ報いを受けよ!」


 『頭が弱い』とか『足りない』とか『意外』とか、何気に頭に来ていたのだろう。こめかみに血管を浮き立たせながら、呪文を唱し終えるバルログ。その周りには四本の炎の柱が揺らぎながら燃え上がり、バルログと同じ高さにまでなると段々と人の形になっていった。


「ヒョヒョ、後悔すルがいい」


 頭の形、肌の色、筋肉の付き方までバルログと“うり二つ”になり、四本の炎の柱は完全にバルログと化してした。


「分身ってやつか……?」

「分身ではない。すべテが本物、すべテがワシ。故に全テが本物の攻撃ィ!」


 “分裂”とでもいうべきなのだろうか、バルログは五人になり、“それぞれがそれぞれの、共通した意思を持つ個体”へと変貌していた。


「レックス・ブレードとヤらは単体への攻撃。五人の誰かに攻撃をシた時、お主ハ残り四人の攻撃を受けルことになる」

「だがこっちにも仲間がいるんだぜ?」

「五対五ニャ!」

「ヒョ、最大の攻撃力を持つティラノサウルスでモ、ワシに傷ひとツつけらレなかったのでハないのかや?」

 

 それは現実であり事実だった。ティラノやトリスの技ですら倒せなかった巨人が五体。今の面子では何処に勝機があるのか見出せるはずもなかった。皆が目の前の現実に思考が止まった時、その空気をぶち破る悪態が、静かに後ろから聞こえて来た。

 

「さっきからピーピーピーピーうるせえな。休んでいられねぇだろ」

「あら、初代さん大丈夫ですの?」


 大量出血の影響だろう、立ち上がろうとするが、フラフラと倒れかけてしまう。近くにいたラミアが慌ててその腕を掴み肩を貸して立ち上がらせると、そこにはいつも通りの不遜な初代はつしろ新生ねおが復活していた。


「あのハゲバルログがうるさくて寝ていられねぇよ。おまけに暑いしよ」

「これはハゲじゃねエ。スキンヘッドだ!」

「うぜぇ。つーかお前さ、やっぱ頭弱いだろ?」

「な、な、まだ言ウか、猫娘! もう一度殺してやろウかや?」


 初代新生は、にやりと笑いながら言う。


「数学……いや、単純な小学算数の問題だ。今のお前はこの中の誰にも勝てねぇぜ」






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