ジュラシック・テイル ～猫耳転生と恐竜少女～

第87話・タッチダウン

「まずはこの火傷ニャ！」

　ファイアボールで受けた初代新生の火傷がベルノの手に集まり、そして、すぐさま投げつける。モヤっとフワッとした“痛い”がバルログに向かって飛んでいった。

「ヒョヒョ、二度も通用すると思っているのかや？」

「やってみなきゃわからねぇぜ」

　しかし、残念だがこれはバルログの言う通りだ。まったく見えないのならまだしも、モヤっとしたものが見えるのだから躱（かわ）すのは容易かった。それならばとベルノは、次々に“痛い”を吸い取っては投げる！　投げる！！　投げる！！！

　飛んでくる“痛い”モヤっとを避けるバルログ。見えにく攻撃に注視している位だ、足元がおろそかになると踏んだ初代新生は、背後に転がり込み攻撃を試みる。剣鉈をしっかりと握り、アキレス腱を狙い斬りつけた！

「それは何をやっているのかや？」

　しかし、彼女の一振りはあっさりと躱（かわ）されてしまう。斬るタイミングから体重の乗せ方に至るまで、完璧とはいかないが今の初代新生にとって全てが全力の攻撃だった。……ただ単純にバルログの方が一枚も二枚も上手で、その動きを読まれていたという事に他ならない。

「くそっ……」

「非力。まだソこのガキの方が強いンじゃないノかや？」

　バルログは余裕をみせると、そのまま無造作にカカトを蹴り上げた。

　完全に予想外だったのだろう。この攻撃にガードが間に合わず、初代新生は脇腹に強烈な一撃を喰らってしまった。

　肋骨の二～三本は逝っただろうか、もしかしたら一瞬意識が飛んだかもしれない。しかしその直後、ベルノが“痛い”を奪い取る。ベルノは、バルログの注意が自分から外れた瞬間足元に転がり込み、蹴り飛ばされた初代新生に飛びついていた。

「喰らうニャ！」

　――股下からの攻撃！　これには流石に慌てるバルログ。どこに向けてどんな攻撃が来ているかわからないからだ。“足元の小さいのが何かを仕掛けて来た”という認識のみで後ろに飛び退く。三メートルもの巨体なだけに、足元に潜り込まれると確認がしにくい。ましてやコロコロと小さくすばしっこい猫幼女だ、とてもじゃないがいちいち行動の確認はしていられなかった。

　渾身のペインスローは誰もいない方向に飛んでいく。黙ったまま投げていれば当たっていたかもしれなかったのだが……。

「ふう、危ナい危ナい。マさか脚を狙ってくるとは」

「次は外さないニャ」

　ベルノに注意が向いた。この瞬間、初代新生は剣鉈を構え直し、再度斬りかかる。そして初代新生に注意が向くとベルノが仕掛ける。奇しくも、ベルノ・初代コンビは息がぴったりだ。

　……しかし、“ダメージを負わないと反撃が出来ない”という制限はかなり厳しく、決め手がないのも確かだった。

「オマエら、百年経ってもワシを倒ス事はできないゾ」

　ベルノも初代新生も、そんな事は言われないでもわかっていた。ダメージを返して攻撃する以上、相手の攻撃力を上回る事は不可能だからだ。

「だからさ……。なにか勘違いしてねぇか？」

「何を言っテいるのかや？」

「最初からお前を倒す気なんてねぇんだよ」

　――ベルノがペインスローを乱発した理由。　

　――初代新生とベルノがひたすら撹乱した理由。

　――バルログの足元に潜みながら、わざわざ声を発した理由。

　初代新生は剣先でバルログの後ろを指し、ニヤリと笑う。

「ベルノは常に同じ方向にしか投げていないんだぜ？」

　バルログは咄嗟に振り返り、剣が指している先を見た。そこには、ペインスローの連続攻撃でヒビが入った土壁の円筒があった。

「そうイう事かや……だガ残念だったな」

「何がだ……」

「お前、もウ怪我していナい。投げる“痛い”はもうないダロ」

　バルログの指摘通り、今や初代新生は全快していた。いかにベルノと言えども、投げる“痛い”がなければまったくの無力。

「そしてオラは攻撃をしナいし、土の壁は勝手に修復スる」

　完全に打つ手なし。という状態だったが……それでも彼女の目は死んでいなかった。

「おい、毛玉！」

「あん？　なんだっぺ？」

「お前、さっきオレがバックアタック仕掛けるのを黙って見てたよな？」

「それがどうしたっペ？」

「仲間じゃねえのかよ」

　この時初代新生は、仲間を見捨てた態度のグレムリンと、自分を裏切った友人を重ねていたらしい。どこの世界にも平気で仲間を売るヤツがいる事に、どうしようもない憤りを覚えていた。

「はぁ？」

「吐き気がすんだよ……」

　言うや否や右ひざをつき、逆手に持った剣鉈を振り上げる。そして――

「——そういうヤツ見てるとな！！」

　叫ぶとともに、自身の左足に剣鉈を突き立てた。鋭い刃は躊躇せずに太ももに刺さり、鮮血が飛び散る！　動脈を切った為か、激しく吹き出る真っ赤な血。刺したままならここまで流血する事はない。しかし初代新生は、あえて剣鉈を引き抜いていた。

「……バカなのか？　オまエは」

「さあ、な……」　

　激痛の中、絞り出した言葉が終わるよりも早くベルノは“痛い”を吸い取る。剣鉈が刺さったままでは治療が出来ない。だからどんなに流血しても抜く必要があった。恐怖を殺し、一気に刺して一気に抜く。そしてその考え（気持ち）を読み取ったベルノは、左手で痛みを取り、間髪入れずに右手で傷を修復していた。

　しかしベルノは“痛い”をすぐに投げず、そのまま走り出した。壁のヒビと自分の間にはバルログがいる。そしてこの一撃で壁を破壊できる。となるとバルログは体を張ってでも“痛い”を止めに入るだろう。

「ギリギリまで走り込むのニャ！」

　三メートルの巨体の足元を、コロコロとスルスルと走り抜ける猫幼女。バルログは全く反応出来ていない。

「タッチダウンニャ！」

　ベルノは直接ヒビに両手の“モヤっと”をぶつけた。左手の“痛い”を軽く放り投げ、ヒビと“痛い”が重なった所を右手の“怪我”で殴りつけた。融合する“痛いと怪我”。

　――ピシッ

「壊れろ……」

　傷が治ったとはいえ、流れ出た血が戻ってくるわけではない。出血多量の初代新生は、霞む目で祈る様に声を発していた。

　――ピシッ

　その時『オラッ！！』という声と共に、壁は内側から蹴り壊された。そこに立っていたのは怒り心頭、爆発寸前のティラノだった。

「よくやったな、ベルノ、新生（ねお）っち」

「ティラニャ～……」

　グレムリンとバルログに向き直りながら、木刀を構え、ティラノが吠える。

「お前ら……覚悟は出来てんだろうな？」

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