第84話・猫まっしぐら。

 ――時間はほんの少し前、ティラノ達が閉じ込められた直後にさかのぼる。

 

『助けはこの有様。残念だっぺな』

『最初からあいつらに期待なんてしてねぇよ』


 壁の向こうから聞こえて来た声。グレムリンと初代はつしろ新生ねおの会話だ。ティラノは二人の会話を黙って聞いていたが、実は相当イライラ来ていたらしい。こめかみをピクピクさせながら怒りをぶつけるように言葉を吐いた。


「……なあ、あの言い方ムカつかねぇか?」


 “拠点防衛”という自分達の任務を放り出してまで助けにきたのに、その相手に『期待してねぇ』なんて悪態をつかれたら、萎えるのは当然だ。だが、今の初代新生は意地だけでグレムリン達と闘っている。放っておいたらそんな憎まれ口すら聞けなくなるだろう。


「それでも助けなきゃですわ」

「わかっているけどよ……本当に“アレ”やるのか?」

「ティラノ……何が不満? デス」


 直径3メートル、高さ20メートルほどの円筒に閉じ込められ、脱出するすべがない中でガイアが提示した作戦。


「不満じゃなくてよぉ。ベルノに怪我させるわけにはいかねぇだろ」

「ふっふっふ。まかせるニャ! 今度こそFlyHighニャ!」


 肉球でサムズアップするベルノ。


「だからどっから出てくんだよ、その自信は……」


 ガイアは虹羽根アイリス・ウイングを一枚、ティラノに手渡した。この羽根ウイングがどういう特性を持つのか、ティラノは前回の戦いで見ている。むしろ他の仲間ライズ以上に理解しているはずだ。だからこそ、雑に扱うことは出来なかったし、ましてや“投げる”なんて作戦には抵抗があって当然だった。


「ティラノ……みんなの為に。デス」


 そんなティラノの葛藤を察したのか、諭すように決意を促すガイア。


 ラミアが呪文の詠唱を始めると、先ほどと同じくベルノの身体がフワッと浮き上がった。当然、この状態のまま維持するのは困難だ。しかし今回は浮いた直後、バランスを取るために虹羽根アイリス・ウイングにしがみついた。

 これは、船舶が海上でバランスをとるために使うバラスト水と同じ原理だ。“虹羽根アイリス・ウイングの重さが常に下方向を維持してくれる。これでベルノがバランスを崩しても、転ぶことなく安定して浮くことが出来る様になった。


「なあ、ガイア。このまま飛ばすことはできねぇの?」

「この高さは……無理。デス」


 虹羽根アイリス・ウイング操作の持続距離外なのだろう、上を見上げながら少し悔しそうに言うガイア。


「そか~。じゃ、やっぱここで俺様の出番だな」


 両手の拳を胸の前で撃ち合わせ、気合を入れるティラノ。


 ガイアの作戦は、この“猫幼女ベルノ付き虹羽根アイリス・ウイング”を、ティラノが空に向けて打ち出す。というものだった。ベルノは浮いているので実質的に羽根ウイング一枚分の重さしかない。だから20メートル位なら簡単に超えられると考えていたようだ。


 しかし、誤算というものは常に付きまとう。いや、なんかもうむしろ誤算だらけだ。そして、今回のこの誤算は……。



「じゃあ、いくぜ。ベルノ、しっかり捕まってろよ」

「はいニャ!」


 ティラノは深く息を吸い、腰を落とすと、屈んた体勢から全力で一気に投げた。


「うおぉっしゃ~~~!」


 気合の入った声と共に、猫幼女ベルノ付き虹羽根アイリス・ウイングという、花火玉を真上に打ち上げるティラノ。

 初代新生がピンチに陥っている現状を、皆が感じ取り焦っていた。そのせいもあったのは確かだと思う。ここにいる全員が全員とも、目算を誤っていたんだ。だから、ティラノを責めるのは筋違いだとウチは思う。


 予定通りならベルノは壁を越えて、初代新生の救援に行けたはずだ。だが……



「ふみゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」



 ティラノ自身も気が付いていなかったのかもしれない。虹羽根アイリス・ウイングを投げる瞬間、



「バカティラノオオォォォォォォォォ……」



 叫び声と共に、数秒で目視出来ない高さにすっ飛んで行く花火玉ベルノ。雲を突き抜けて、猫まっしぐらだ。


「あれ? なんだこれ……なんかすまん……」

「大丈夫なのでしょうか?」

「問題ない……落ちてくれば操作出来る。デス」

「ああ、なるほど!」


 左手のひらに右こぶしをポンッと叩き合わせるティラノ。


「……」

「あの……」

「……」

「うん……」


「いつ、落ちてくるのでしょう?」


 




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