第79話・猫と毛玉

 ――南東の紫こと初代はつしろ新生ねおは、またもや魔王軍に取り囲まれていた。もう、マジで稀にみるエンカウンターっぷりだ。かなり大きめのゴツゴツした岩が散乱した開けた場所で、彼女は片膝をついて動けなくなっていた。


「くそっ、こんな時に……」


「ヒョ? コイツもヌッコロス奴なノかや?」


 彼女の正面にいるのは、3メートルほどもある灼赤色の巨人。上半身裸で手には派手な装飾の魔術師用の杖を持っていた。筋骨隆々のその体格はパワーファイターにしか見えないが、これでも魔術師ということらしい。吐く息にはチロチロと炎が混じり、近づくだけでサウナの様な暑さを感じる。


「ちゅーか、動くもん全部っときゃいいっぺ」


 その隣にもう一人、毛むくじゃらの小人がいた。身長は1メートル程度、顔まで薄茶の長毛が覆っていて『毛玉に手足が映えているのか?』といった見た目。しかし、そのコミカルな風貌からは想像出来ない程の、低くシブい超絶イケボだ。それでいて語尾に『ぺ』を付ける話し方、これにムカつかないヤツはいるだろうか? ……いや、いない!


 そして二人の後ろには、召喚したと思われるクレイゴーレムが七体。こちらも3メートル近くある巨体だった。このゴーレムが横から背面まで回り込み、初代新生の退路を断っていた。


「ああっと、その前に一つ聞いておきたいことがあるっぺな」

「……なんだよ」

「オマエ、なんで顔にヒゲ描いてんだっぺ?」

「はあ? なにを言って……」


 そこまで言いかけて初代新生はなにかを……ウチのいたずらを察した様だ。手の甲で頬をこすり、黒くなるのを見て呟いていた。


「あのヤロウ……」


 毛むくじゃらの小人は彼女を指差しながらケタケタと笑い、相方の巨人に指示を出した。


「バルログ、さっさと終わらせて帰るっぺよ」


 バルログと呼ばれた灼赤の巨人が、片膝付いて動けなくなっている彼女に問う。


「ヒョヒョ。抵抗シネエのかや?」


 初代新生の傷は、ベルノのペインスローやラミア達のヒールで回復はしたが、完治まではしていない。本来ならばあと数日は寝ているべきで、今一人で歩けているのが不思議なくらいに昨日まで瀕死状態だった。これでは抵抗したくても、思う様に身体が動かせないと思う。だけど、もし傷が完治していて体力が全快だったとしても、これだけの数が相手では結果が変わることはないだろう。


 ……到底、単独でどうにかできる状況ではなかった。


「コレが大将首の一人とは。グレ、本当にこんなヤツにドライアドが負ケたのか?」

「どうじゃろな。他にも二人おる様じゃし、わからんっぺよ」

「ヒョヒョ……まあどうデモいい、どうせ全員潰すんだ。」


 バルログは無造作に右手の杖を振り上げ、初代新生めがけて振り下ろそうと構えた。魔法を使うまでもなく、杖で殴って終わらせようというつもりなのだろう。


 ――その時。


 ピーという鳴き声と共に、全長50センチくらいの鳥がバルログの顔に突っ込んできた。その鋭いくちばしはバルログの左目をかすめて飛び、一瞬視界を奪う。


「ナンじゃあ? こいつは……」 


 痛みに目をつむり、闇雲に杖を振り回すバルログ。華奢きゃしゃな棒とは言っても、3メートルもの体躯が振り回す破壊力は並の鈍器以上だろう。

 しかし、そんな攻撃をひらひらとかわしながら飛ぶ色鮮やかな鳥。青味のかかった白い全身。翼の先にはオレンジや赤色が所々に入り、尾に至っては黄色や緑が美しいグラデーションになっていた。


「おいグレ、なンとかしろ!」

「無理だっぺよ。オラじゃ届かないだわさ」


 理由は初代新生にもわからない。しかしその鳥は、明らかに彼女を助けようとしてバルログの顔の周りを飛び、邪魔をし続けていた。


「なんだ、おまえ……。余計なことしてんじゃねぇよ!」


 しかしこの状況においても、初代新生は他者を否定する言葉を口にする。意地なのかはわからないけど、転移前の令和での出来事が、いまだ心の奥底に根深く巣食っているのかもしれない。


 しかし、白亜紀ここに来てから少なからず心境の変化があったのは間違いがなかった。今迄なら、身に降りかかる危険を極度に嫌ってすぐに逃げることを考えたはずだ。だけど今はこの場に留まるという選択をしていた。多分それは目標の為、令和の時代に残してきた母親の為だ。一度死にかけたことが、彼女の成長に繋がったのかもしれない。 


 初代新生は腰から武器を抜くと逆手に持ち変え、地面に突き刺した。フラフラと、今にも倒れそうな身体を支える為なのだろう。


 ウチと対峙した時にも使った鉈の様なものは、“狩猟剣鉈”と呼ばれる特殊な物だと知ったのは大分後になってからだった。初代新生は“それ”の長いタイプの物を持って転移してきたらしい。ウチは最初、なんでそんな凶器とも言える物を持っていたのかと疑問だった。しかし、女神さんから初代新生の転移理由を聞いた時……ちょっと恐ろしい想像をしてしまったのは仕方ないことだと思いたい。


 ズキズキと響く胸の痛みを誤魔化そうと、初代新生は軽く息を吸い……そして呼吸を止めた。怪我をしているとは言っても、今は柔軟性と瞬発力を兼ね備えた猫人の身体。人間の時よりもずっと動けるはずだ。


「小さい方からだ……」


 口の中で小さくつぶやき、鉈を引き抜くと同時に、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。そして、すれ違いざまに毛玉の中心を狙って剣を横に薙ぎ払った!


 ――しかし


「これは……」


 間違いなく胴を真っ二つにしたはず。しかし、なにかを斬ったという感触が初代新生の手には残っていなかった。


「なんだわさ? オラはそんなもんで斬れねぇっぺよ」

「クソ、なんで斬れねえんだ。てめぇ……何者だ」


「……はぁ? ダメダメっぺな。猫なら猫らしく『お前様は何者ですにゃ?』と言わないと教えてやらねぇっぺよ」






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