第57話・Past Story アンジュラ④


 悔しい……必死に伸ばしてくる妹の手を、私は掴むことが出来なかった。


 目も開けていられない程の光が足元から発生し、一瞬にして上も下もない空間に放り出された。『あれは爆発でもあったのか?』と、最初は思っていた。そしてここは死後の世界なのだと。しかし…… 



「ここは……?」



 いつの間にか地面が存在し、今ここに“立っている”と自覚出来た。なにか堅い、コンクリートか石床の様な感じだ。少しすると光が薄くなって、周りの状況が見えて来た。


 この人達は……誰なのだろう? というかここには……旅番組とかで観たような、中世からある城の“玉座の間”そのものが目の前に広がっていた。正面に偉そうな恰好している人が二人とその横に一人。あとは両脇に並んでいるのが数十人。



「おお、成功じゃな!」

「はっ、これも王の威厳が為したことにございます」

「うむ、下がれ。後で褒美を取らす」

「これで他の国に遅れを取らなくて済みそうですな」


 目の前でヒゲのおっさん達が寸劇をやっている。『下がれ』と言われた質素なローブのオッサンがそそくさと脇の列に並ぶ。……私はなんでこんなものを見せられているんだ?


 ――いや、そんなことより


「愛希はどこ⁉」

「控えろ! 王の御前であるぞ!!」


 なんか知らないけど、上から目線の着飾ったハゲが怒鳴ってきた。


「はあ? アンタこそなんなんだよ! 愛希はどこなの?」

「あき? とは誰のことじゃ?」


 偉そうにふんぞり返っているヒゲが左手を上げて、着飾ったハゲを制しながら聞いてきた。大人しく一歩下がるハゲ。


「誰じゃないよ。私の妹をどこへやったの⁉」

「はて……?」


 何だこいつら……何十人もいるくせに誰もわからないのか? ヒゲとハゲが小声で話しているが、どうやら愛希のことじゃないみたいだ。


 着飾ったハゲが進み出て言う。


「そこの者! お主は魔王討伐の為、異世界より召喚されたのだ!」


 なんだそりゃ? こっちはそれどころじゃないんだ。

 もちろんこの状況が全くわからない訳じゃない。それなりに漫画とか読むことがあったから異世界転生とか転移の物語は知っている。そして私に起こった現象を考えると、これは現実なのだろうと理解できる。


 ――しかし、だ。異世界転生を喜ぶ奴なんて、頭の中がお花畑か地に足がついていない妄想家くらいだ。誰もかれもが浮かれてハイハイ返事すると思うな!


「私の都合は一切無視して転移させるとか、人としておかしくない? 愛希のことを聞いてもスルーしてるしさ。それでいていきなり命令? そんなもん聞く理由はないし。やりたきゃ勝手にやっててよ!」

「な、なんたる不遜!」

「不遜ついでに一応聞くけど。魔王討伐とかしたら私を元の世界に戻せるの?」

「それは出来ん。呼び寄せることだけだ!」

「あっそ。協力する理由がこれっぽっちもなくなったよ」

「いわせておけば……。騎士長、この者を斬首せよ!!」


 ハゲの命令で進み出た、騎士長と呼ばれたマゲが剣を抜きながら私に歩み寄ってきた。


「残念ですな、お嬢さん」

「残念なのはお前らの頭の中身。ほんと腐ってるやつらだね!」


 愛希も救えず、戻ることも出来ず。これでは……生きる意味がない。だけど、ここで大人しく殺されるのは違うと思った。


 ……こんな横柄な連中の為に、なんで私が犠牲になるのかと。


 そのとき、ちょっとした殺意みたいなものがあったと思う。突然、右手に剣が出現したんだ。直感的にイメージしたものが出て来た感じだった。これがいわゆるスキルとか魔法の類なのかもしれない。 

 振り下ろしてくる騎士長マゲの剣を受け流す。全然力を感じない剣だった。多分この力量差が転移者の能力であって、それを求めて呼び出しているのだろう。


「一つ聞くけど。他の国に後れを取るって言ったけど、それはどういう意味?」


 多分ヒゲもハゲも答えないだろうから、軽くあしらったマゲに“剣を突きつけて”聞いてみる。


「ま…魔王討伐の為に各国で召喚者を呼び出しているんだ……」

「そいつらと協力しろと?」

「いや……く、国の威信をかけてどの国が最初に魔王を倒すのかを……」

「ふ~ん、わかったからもういいや!」


 軽く右手を振ると、なんの手ごたえも無くマゲがぽとりと落ちた。失禁するマゲ。……汚いなぁ。


「つまり下らない国の面子の為に、私を利用しようってことなのね?」

「下らないとは何事じゃ! 勇者の血を持つ者として召喚された以上は責務を果たせ! 親兄弟の存在なんぞ、王国の威信の前では塵芥ちりあくたに等しきものぞ!」



 だめだ、こいつ等……救えないな。



 ――その瞬間、私の中でなにかのスイッチが入ったのを自覚した。 






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