第3話・ヤンキーさん。
――逃げています! 全力ダッシュで!
ついさっきまでエアコンが効いた部屋に引き籠ってたのに、『今はティラノサウルスに追いかけられています』とかないわ! マジないわ!!
つか、ティラノサウルス速え~。体長が十メートルもあれば歩幅も相当なものだし、一歩ごとに振動が地面を伝わってくるから走りにくいったらありゃしない。
でも猫人の身体能力は驚くほどすごかった。ゆれる地面の上でも転ばずに走っていられるバランス感覚。これは嬉しい誤算、流石の身軽さだ。
このまま楽勝で逃げ切れそう……と、思っていた時期がウチにもありました。
猫って持続力ないんだよな。息切れアウトです、もう動けません。このまま食われてしまうのか、短い人生だったよ…… って今は猫人生か。
「呑気に食レポしてる場合じゃなかったわ」
いや、まてよ。もしかしたら今度こそ異世界転生できるとか? いやいや、流石にそれは都合よすぎな気がしないこともない。
それに死ぬのって痛いよな、間違いなく。それもこの状況だと……生きたまま食われるってことだよね。
ティラノサウルスの牙がキラリと光り、その凶眼がウチを見下ろしてくる。どこかで見た映画のワンシーンを思い出しながら、身体を丸めて恐怖に悶えるしかなかった。
マジでもう、ウチが一体なにをしたって言うんだよ。
……あれ?
「なんだお前……」
ティラノサウルスは、チョコの箱をデカい口と短い腕で開けようと必至になっていた。
多分逃げている時にカバンから落ちたのだと思うけど、カカオの香りにでも惹かれたのだろうか。猫みたいにスンスンと匂いをかいだあと、爪先でゴソゴソと小突き回していた。
「もしかして、それ……食いたいのか?」
言葉が通じているのかはわからないが、肉食恐竜とは思えない“つぶらな瞳”でウチをじっと見つめてきた。
「ちっ、照れるじゃねぇか」
震えがおさまらない手で、カバンから新たにチョコを取り出して箱を開けた。『待て!』と指示された犬みたいに大人しく待っている恐竜が、なんか妙に可愛いく見えてくる。
取り出したチョコをティラノサウルスの口にまとめて全部放り込んでやった。最初はひと粒ずつ入れていたんだけど、口がデカすぎて
「これで見逃してくれないかなぁ……?」
ティラノサウルスはしばらく舐めていたかと思うと急に動きが止まり、突然『グアアアアアアアアアアア……』と唸り声を上げた。
荒地に響く、巨大生物の唸り声。木々を揺らして上空に突き抜けていく。
これはもう、怖いなんてもんじゃない。可愛いとか気のせいでした。やっぱり無理、ここは逃げるか……と、ガクつく脚を手で押さえながら逃げの態勢に入ったその時。
“ピタッ”と唸り声が止まったかと思うと、段々とティラノサウルスの身体が小さくなっていった。
「え……なにこれ?」
人間サイズになった所で『ぽんっ』と言う軽い音とともに煙が発生。中から人が、女の子が現れた。なんだこれは……チョコ効果? このミルクチョコって変身させるアイテムなのか?
そしてこの
赤の刺し色が入った黒の特攻服を着ていて、背中には『
バターブロンドの波打ったロングは腰の辺りまで伸び、風になびく“それ”は光が透けて見える様だ。そして結構……いや、かなりの美少女。切れ長の目が涼しげで超クール!
「こ、これが……ウチの
〔なんですかそのパワーワードは……〕
「ジュラ紀で一番って意味やで~」
彼女は風でまとわりついた横髪を颯爽とかき上げる。口元に軽い笑みを浮かべ、自信に満ちたその眼差しでウチを見つめて来た。これはヤバイ、透明な蒼い瞳に吸い込まれそうだ。
そんな彼女の視線とウチの視線が交わる辺りに、小さな光が浮いているのが見えた。キラキラと光りながら、フワッと落下する“それ”をじっと見てみる。
「……指輪?」
透明感のある真っ白な石がはめ込まれた指輪が、ウチの手の上に
〔それは恐竜との契約の証、約束珠の指輪です〕
「約束珠って、なんなんそれ?」
〔恐竜人となった者の、言わば心です。そして繁栄の約束と知識を与える為のエンゲージリングなのです〕
つまり、これを指にはめてライズ化完了って事か。
エンゲージリングなんて言われると左手の薬指にはめなきゃいけないような気がして……訳の分からない恥ずかしさを感じながら、ウチはその輝く指輪をそっと指にはめた。
その瞬間、妙な感覚が左手薬指から脳へと走った。上手く言葉にできないけど、『嬉しい』とか『楽しい』と言った“気分が明るくなる感情”だ。
「……これでいいのかな?」
「アンタかい? 俺様を呼び出したのは」
「うわ、しゃべった……」
「ちっ、なんだテメー。なめてんのか? コラ!」
「こわ……」
〔八白亜紀、あなたがライズ化させた恐竜には“それなりの知性と、ある程度の知識”が与えられます〕
それなりとかある程度とか適当すぎる。もうちょっと的確な表現はできないものだろうか。
女神さんは『知識を与える』って言っていたけど、指輪をはめた時にウチの方にも流れ込んでくる情報があった。ライズ化し、約束を交わしたその
「あ……あのう……ティラノさん?」
「おう、なんだ?」
「チョコ……食べます?」
「今なんつった⁉」
――キラリと光り、獲物を狙う鋭い目つきになるティラノ。
「ひぃ、すみません!!」
「食うに決まってんだろうがヨ!」
彼女はその場にドカッと腰を下ろすと、右手を無言で差し出してきた。さっさとよこせという事らしい。
三箱目を開く頃には、笑顔で会話を交わすようになっていた。
考えてみれば、誰かと膝を突き合わせて話をするなんて初めてかもしれない。ウチの人生、マジボッチだったからな。
「おい、なに泣いてんだよ。大丈夫か?」
「え? ウチ……あ、ごめん。大丈夫。なんでもない」
いつの間にか涙出てたみたいだ。わけもわからずに、ちょっと感動してしまった。この短い時間で、ウチがこの“裏表のない一本気な性格”に惹かれていたせいもあると思う。
なんか楽しくて、なんか嬉しくて……仲間って、こういうものなのかな。
――――――――――――――――――――――――――――
キャライメージ画
ティラノ→https://kakuyomu.jp/users/BulletCats/news/16817330651144795063
ご覧いただきありがとうございます。
この作風がお嫌いでなければ、評価とフォローをお願いします!
☆とかレビューもよろしければ是非。
この先も、続けてお付き合いください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます