魔法少女になりたくて

雪嶺さとり

私だけのヒーロー

幼い頃は魔法少女に憧れた。

毎週日曜日、テレビに映る可愛くて強い正義の味方たちをワクワクしながら眺めては、いつか自分もそうなりたいと強く思っていた。

でも大きくなるにつれ友達は日曜のアニメから卒業しはじめて、自分自身もいつの間にか魔法少女の対象年齢を外れるようなった。


それでも自分は、諦めることなどできない。

ステッキを持ってキラキラの魔法を使って平和を守る魔法少女の姿を、今も目指し続けている。





「​───────ねぇ、ねぇ聞いてる?ようちゃん」


「ちゃんと聞いてるって、六花。今週のマジカル怪盗ジュリエッタがヤバいって話でしょ」


夕暮れの帰り道。

部活終わりでクタクタなはずなのに、六花は今日も今日とてハイテンションだ。


「そう!そうそうそうなの!ずっと仲間だったはずのフェアリーチェリーの裏切りが発覚しちゃってジュリエッタが大ピンチなの〜!」


じたばたと暴れていかに大変なのかを伝えようと躍起になっている。

制服のスカートがバタバタと音を立ててやかましい。

六花が人一倍元気なおかげで、こちらの元気まで吸われているような気がしてきた。


「今いいところなんだからようちゃんも見ればいいのに」


「見れたら見る」


「それ絶対見ないやつじゃん!もう!本当はジュリエッタ大好きなクセに。私知ってるんだからね?」


「はいはい」


適当な返事に六花は不服そうに頬を膨らませて、文句を言いたげな目線を向けてくるがそれには付き合わない。

重たそうなリュックを揺らしながら、歩道橋を登っていく。


「あー、重い・・・・・・」


一段一段登っていくうちに、六花がそうため息混じりにこぼした。


「いっつも何そんなに詰め込んでんのさ。置き勉すればいいのに」


「急に必要になる時があるかもしれないからちゃんと持って帰るの〜。不良生徒のようちゃんとは違うんです〜」


「誰が不良だよ」


そう軽口を言い返したけれど、改めて自分の服装を振り返ってみると確かにそう言われても仕方がないかもしれない。

六花よりも少しデザインの古い制服は胸元を開けて、ネクタイも緩めている。

六花のように重たいリュックは持たずに、竹刀を肩掛けの黒のケースに入れて持ち歩いているだけ。


「にしても、今日はやたらに肩が重たい​けど───────あ」


その時、六花の体がぐらりと傾いた。

六花の背後に黒々とした靄のようなものが現れたと思ったら、一瞬で無数の手を持つ化け物へと変化する。


「六花!」


咄嗟にケースから竹刀を取り出して、六花を護るように前へ駆け出した。

ずしりとした感触。久々に触れた重さに、体が喜びを感じている。


「現れやがったな、死にたい奴からかかってこい!」


六花は異常に取り憑かれやすい体質で、こうして悪霊に突如として襲われることが多々あるのだ。

もう慣れたものとはいえ、なんの前触れもなく現れるのだからとっくに温度が無くなっている肝ですら冷える。


「って、もう死んでるか。俺も、お前も」


うごめく悪霊に怯むことなく竹刀を振りかざし叩きつける。


「はぁっ!」


確かな手応えを感じた後、間髪入れずに横一文字に斬ると悪霊は黒く霧散していく。

本物の刀ではないから、肉を斬ったという感触は無いが、それでも何かを斬ったという手応えは毎度感じている。

そもそも相手に実体はないのだが、不思議なことに同じ霊同士なおかげなのか感触はあるのだ。

自分自身、不可思議存在になったのだから不思議も何も今更なことなのだろうが。


「六花!無事か!?」


悪霊が消えたのを確認してから振り返ってみれば、六花は腰を抜かしてへたりと座り込んでいた。


「すっ、すごい・・・・・・!」


慌てて駆け寄ろうとしたが真っ先に出てきた言葉からして傷一つないことは分かった。


「ようちゃんすっごくカッコよかった!ジュリエッタみたいだったよ!」


すっかり大興奮している。


「やっぱりようちゃんは私だけのヒーローだね」


「・・・・・・はいはい、当たり前でしょ」


クールに決めたかったのに、照れ隠しになっているのが丸分かりだった。

我ながら、相変わらず感情が分かりやすくてどうにかしたくてたまらない。


死んでから十数年、幽霊となって校舎内を彷徨っていた俺は超霊感体質の六花に吸い寄せられるように出会った。

俺が幼い頃から好きだったマジカル怪盗ジュリエッタが今も人気で、六花もジュリエッタが好きだということを聞いて奇跡だと思った。

もちろん、表にだすことはしなかったが、それから度々俺の元を訪ねに来る六花から目が離せなくていつしか共に行動するようになった。

何せ六花は直ぐに霊も悪霊も吸い寄せてしまうのだ。

六花を悪霊から護らなければと思ううちに、いつの間にか竹刀を持って戦うようになっていた。

あの頃夢見たステッキや魔法からは程遠く、可愛い衣装でもなんでもない少し古い高校の制服姿だけれど、それでも構わない。


「六花を護るのは、俺だけで十分だっての」


「ようちゃん、大好き!」


俺に抱きつこうとした六花の腕も体もすり抜けていく。

死者と生者。

決して触れることはできない。

けれど、その心を隔てるものなど何も無い。


幼い頃に否定されたあの夢は、六花のおかげで今も生きている。

六花にとってのヒーローは俺で、俺にとってのヒーローは六花なんだ。

・・・・・・恥ずかしいから絶対言わないけどな。


「帰ろ、ようちゃん。帰って一緒にジュリエッタを見よう!」


「またその話?仕方ないなぁ」


二人で夕暮れの帰り道を歩いていく。

六花の笑顔を見ていると、憧れにまた一歩近づけたんじゃないかって、そう思えた気がした。

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