夜の約束
小柳日向
夜の約束
女は身体を売っていた。見知らぬ男や馴染みのリピーターの元へ、ドライバーにホテルや住宅に運ばれては肌を重ねた。作り笑いが上手くなった。それと同時に、テクニックやコミュニケーション能力も身に付いた。
毎日毎日、働く毎に摩耗してゆく精神に、自身が消耗品だと女は気付かされた。何れこのまま消費され、男達の記憶からも消え、何者でも無いものに変わってゆくのだと想起された。
愛されない。誰からも。女は確信していた。消費する為に男は女を買うのであって、愛などという概念を注いでくれる存在はこの世には居ないのだと……。
帰宅し、常夜灯のみを灯す。鞄を放擲し、身に纏っていた衣類を総て脱ぎ捨て、ベッドに深く沈み込む。
羽毛布団がまだヒヤリとしており、女は身震いする。シャワーを浴びた筈なのに、身体中が何かの穢れのようなもので覆われている心地がした。
「愛してるよ」
いつの日か彼と抱き合った時、彼が口にした台詞である。あの時はまだ仮初の幸せを感じていた。永遠に続くと信じてしまったのである。
彼と添い遂げる為に、夜の仕事から足を洗おうとした。結句、彼には奥さんが居たのだろう。何も云わずに蒸発してしまったのである。
女は再び夜の世界へ迷い込んだ。両親の居ない女にとって、一人で生活するだけでもお金が必要である。しかし、学の無い女にとって昼の世界は恐ろしかった。幼少期から他者に蹂躙され続けた自尊心は、今は何処を捜しても跡形もない。
親の愛を知らない。彼の愛も偽りだった。
女は昼惰眠を貪る。そして、再び夜の帳が降りるのを只管に待つ。女に寄り添う夜は、裏切らない暗闇を約束してくれる。
夜の約束 小柳日向 @hinata00c5
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