ライター

@sakahara-shinann

第1話

「…書けねぇ。」


 呟いた言の葉は、開いた窓から流れ込んできた緩やかな風に乗って、ひらり、飛んでいった。

 …心は晴れやかで、それを意味するように美麗に澄んだ空。幸せな、そんな朝。…と言う文章が、目の前のパソコンのモニターに映し出されていた。ゲーミングチェアに背をもたせかけると、曇りがちな季節に目を伏せる。極めて易しい、誰にでも書けるような文。これで持て囃される現代社会は正直、腐っているのではないか、とも感じる。日本人の謙虚さ…なんて、所詮綺麗事に過ぎないと、日々思う。


 俺は、三島霧生、そんな名称を掲げて、ミステリー小説を小説投稿サイトにアップして活動している。本名は見吉詩琉、と言う。物珍しげに思うかもしれないが、それが俺の本名であることに変わりはない。

 幼少、俺は絵描きに憧れた。俺の家族は、仲が良かった。気ままな画家の父、それを許す母。俗に言うシングルマザーの家庭と大差ないほど父は家に居なかったが、それを母は許容していたし、俺に立派な人だと言い聞かせることの方が多い、と言う異質さだ。しかし、俺はそんな異質な家庭を意外にも居心地良く感じ、父親を尊敬してしまっている。ゆえに、俺は絵描きに憧れた。絵描きになりたかった。

 …才能の山は、努力で拵えた靴では越えづらいものだ。父に憧れて描いた絵は、見吉の名に恥うるものだった。ひどいとしかものを言えない。苛立ちに髪をむしって、俺は笑った。そんな日に、俺は何となく日記を書いた。


『…したいこととできることには大きなギャップがある。私がどれだけ歌いたくても、声が出ないのだから歌えない。可能なことと望むことはひとえに重なるとはいえない。それを証明するのが、私と言う存在だ。…』


 あの日記の一部を抜粋すると分かるように、これは日記というよりもノンフィクションを物語に書き換えただけの文言だ。何を思ったか、俺はこれをSNSに投稿した。すると、なぜかそれが思ったよりも反響を呼んで、俺は少しだけ話題性ある高校生のライターにさせられた。よく分からないものの、仕方がないと思って、俺はそれを受け入れた。そうしてこの「三島霧生」が生まれたわけだった。


「…課題やるか。」


 現実に引き戻された俺は、ため息をついてそう言った。ノートパソコンを畳むと、机の上にコピー用紙を出して、そこに解を埋めていく。人生もこれくらい簡単だったらな、なんて上を向いてから、俺はまた下を向いて、創作をするときよりも易々とペンを滑らせた。

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