第30話 海外旅行計画

 「ふぅっ、・・・いくちゃん、ごめんね、・・・我慢できなかった。」

 我慢できない、と何度も言われるが、育子にはピンとこない。

 イケメンホストが、自分のような中年のおばさんを抱きたくて我慢できない、ということが、どういうことなのかがわからない。

 「・・・ホントに、物好きというか、何というか・・・拓斗は優しいね。」

 「いくちゃんは、俺にとっては、・・・女神かな・・・。」

 「メガミって、・・・なんだっけ?」

 育子は頭の中で漢字変換ができなかった。とぼけているわけではなく、謙遜けんそんしているわけでもなく、本当に意味が解らない謎の言葉だった。

 拓斗は、苦笑いしながら、育子の自己評価の低さを思った。


 「韓国旅行、何泊のツアーにしようか?」

 拓斗が育子に聞いた。

 「・・・今回もツアーにする?」

 「うーん・・・韓国の旅のガイドブックのようなものを買ってきて、行き先を俺たちで決めてもいいよ。買うのは航空券だけにしようか?」

 「国内旅行は金沢の兼六園に行きたかったから、兼六園が含まれるツアーを選べば、ツアーバスが便利で良かったけど、韓国はある程度、観光スポットが集中していたり、食事は豪華な観光用レストランよりも、地元の人もよく使ってる屋台とかで食べても美味しいって聞いたことがあるの。だから、観光スポットが集中しているところにあるホテルで宿泊して、そこを拠点に観光スポット巡りをしてもいいかもしれない。食事は行き当たりばったりで、美味しそうな匂いが漂ってくる屋台で食べるとかしても楽しいかもしれない。」

 「俺も、行き当たりばったりで屋台のハシゴしてみたいな。」

 「じゃあ、行きたい観光スポットを決めて、その辺りのホテルに泊まれるフリープランにしようか。」

 「そうすれば、ずっと二人きりでいられるね。」


 二人はネットで韓国旅行の観光スポットを見てみた。

 「やっぱり『東大門市場』と『南大門市場』は外せないわね。」

 「トッポギ、食べた~い!」

 「私も!」

 「『明洞ミョンドン』も、観光スポットが多いらしいよ。」

 「『東大門市場』は『ソウル駅』から地下鉄で五駅目だって。」

 「『南大門市場』に近い『会賢フェヒョン駅』は『ソウル駅』から同じ地下鉄4号線で一駅だよ。」

 「『明洞』は、『会賢駅』から一駅だって。観光スポットに歩いて行かれる最寄り駅は、この『地下鉄4号線』に集結しているみたいね。」

 「だったら、この『地下鉄4号線』の駅の近くのホテルにしようよ!ツアーにしなくても航空券とホテルだけ予約しておけば大丈夫そうだね。」

 「そうね。それじゃ、航空券とホテルの予約ができる全日ぜんじつフリーのプランを探してみましょうか?」


 二人はネットで旅行代理店のホームページを見て、韓国旅行のプランを検索した。

 「三日間だと、値段は三万円からかな。上は・・・ホテルによってきりがないみたいだ。あ、俺は国内旅行は一泊二日の割には高かったんじゃないかと思っているんだ。多分、旅館代が高かったんだよ。懐石料理が凄い豪華だったし、部屋もかなり広かったからね。俺、今回は格安ホテルでもいいよ。その分、観光スポットで自由に食事や買い物を楽しまない?」

 拓斗は育子の財布に配慮した。実際、ホテルの豪華さには全くこだわりが無かった。加賀の旅行が拓斗にとっては一生思い出に残るような豪華な旅行であったし、旅行はこれからも二人で楽しみたい、と思ったからである。

 「今回は、現地で好きなように使うお金を確保しておきましょうか?」

 「そうしよう!それじゃ、俺は三日間三万円のプランがいいな。これ、予約しよう!」

 「それから、天気も重要よね。天気予報もチェックしてみましょう。」

 育子は、ソウルの一週間天気をチェックした。

 「今週は割とぐずつきそうね。」

 「梅雨明けの、夏休みの前辺りがいいかな。」

 「そうね。天気が良さそうな三日間にしましょう!」

 「三日間あれば、『ソウル』と『明洞』と『南大門市場』と『東大門市場』を回って、食べ歩きしたり、買い物したりできるよね。」

 「一日で二か所回るような形で観光しましょう!」


 航空券の予約で、育子は拓斗の本名を知ることになる。拓斗の家には表札がない。また、郵便ポストにも名前は書いていないのだった。拓斗宛の郵便物も、室内で見たことがない。ホスト名の拓斗ではないだろう。拓斗の本名を知ることになるのだ。また拓斗との距離が縮まってしまう。拓斗のことを知るにつれ、距離が縮まっていくことが怖かった。今ならまだ、引き返そうと思えば引き返せる。運命を共にする相手にはならないだろう。しかし、本名を知ることぐらいで、ここまで神経質に考えることもないのかもしれない。ノーリス化粧品の顧客名だと思えばいい。いや、そうは思えない。拓斗と共に暮らしたい、という、溢れ出してきそうな、決して認めてはならない欲求にふたをすることが、徐々に苦痛を伴い、困難になってくるのだった。


 そのようなことに頭を巡らしていると、育子の表情がだんだんうつろになってくるのだった。

 拓斗は、育子の表情の変化に気づいた。

 「いくちゃん。俺は独身だから気楽だけど、いくちゃんには旦那さんがいるから、海外に俺と二人で旅行をすることは、いろいろと隠さなきゃならなかったりとか、神経を使うんだろうね。」

 「え?あ、そんなことないわよ。旦那はもう何年も家には帰ってきていないもの。女性の家で同居しているのよ。だから、気にしなくて大丈夫だからね。」

 拓斗は育子の手を握った。

 「いくちゃん、これから・・・もう一回、してもいい?」

 さっきしたばっかりだというのに、信じられないことを言うんだな、と思い、どうしてよいかわからなくなった育子は、部屋の中でキョロキョロした。デジタル時計が目に入ると、時刻は午前四時を過ぎていた。

 「も、もう四時になっちゃった。徹夜しちゃったね。」

 「いくちゃん。もう一回。・・・いやなの?」

 拓斗がカッコいい顔をして、迫ってきた。

 育子は、気絶しそうであった。なんとか理性を保とうと努力したが、どうにも力が入らないのだった。眩暈めまいを起こさないように目をつぶって、拓斗の思うようにすればよい、と身体を任せることにした。


 その日の昼過ぎまで、二人は拓斗のベッドの上で眠った。

 育子が目を覚ますと昼の一時近くになっていた。

 拓斗はまだ眠っていた。


 育子はとりあえずトイレに行った。

 拓斗と一緒に居る時間が楽しすぎる。

 辛いこともみな忘れられるし、女性として男性から愛されることを思い出させてくれる。

 もう、戻れないかもしれない、と思ったが、カッコいいホストが自分なんかに本気になるはずがない、と思うと、覚悟を決めることは出来なかった。



 「自己評価、ひくっ!」

 「相馬育子そうまいくこは、自己評価が低いのですね。特に容姿に関して、コンプレックスがあるのかもしれませんね。」

 「私が綺麗だから、私の部屋をノーリス化粧品の業務委託販売の会場にしたって言ってたわよ。」

 「相馬育子の自己評価が高まらない限り、いくらホストがアプローチしても、ホストと結婚しようとはしないでしょうね。」

 女帝幽霊の瑠香は、相馬育子が二十万円を返さなかったことについては、もうすでにこだわってはいなかった。むしろ育子の人生の一部を観察し、育子の後押しをしてみたくなってきたのだった。



 育子は便意を催してきた。

 「昨夜ホストクラブで食べた、野菜スティックが効いてきたのね。拓斗が寝ている間に出しちゃおう。」

 便秘気味だった育子は、なかなか出すことが出来ず、退屈した。

 右側を見ると、カレンダーがあった。

 カレンダーの下部に日付があるが、上部の写真が美しかった。

 しかし、写真の一部が、手でちぎられたように切り取られていた。

 「え?なんでここだけ・・・。」

 カレンダーを一ページ戻して、五月のカレンダーを見てみた。

 第二日曜日の日付の部分が、手でちぎられたのか、くり抜かれていた。

 「第二日曜日・・・母の日だわ・・・。」

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