第29話 シャンパンタワー
「こんばんは。」
金曜日、
「いらっしゃいませ!本日はVIP席にご案内します。
「はいっ!」
拓斗の笑顔が、営業用なのか、本心からのものなのか、見分けがつかない。
旅行以来である。旅行の時とは洋服が違うだけで、何一つ変わらない拓斗の笑顔があった。
旅行の時には、旅行代金の出費はあったが、缶ビールは自分が買うから、などと言ってお金を出させないような場面もあった。
今夜はホストクラブの客として拓斗と会話するので、ドンペリを頼んで欲しくて優しい眼差しを投げかけてくれているのだろう。
「ドンペリ、頼んじゃうわね!」
「ありがとうございます!ドンペリ、いただきました~!」
「ありがとうございます!」
手の空いている他のホストたちも、VIP席を取り囲んで一礼をした。
「今夜も、うちに来てくれるよね。」
拓斗が口を育子の耳に近づけて耳打ちした。
開口一番、このセリフ?と育子は思った。
(やっぱり、私との『男女の付き合い』が目的なのかしら。出会いの場所としてのホストクラブという職場の中で、出会った時と、仲が進展した現在との心理的距離の違いを楽しんでいるのかしら・・・)
育子はあまりに面食らったので、少し眉間にシワが寄ってしまった。
「まさか、来てくれないわけじゃないよね。タクシー捕まえるからさ。タクシーに乗るだけだから。」
「いつものように、お店が終わったら遊びに行かせてもらうわよ!約束したじゃない。海外旅行の計画を立てるって。」
「いくちゃんは、約束を守ってくれる人、なんだね。俺は、約束は約束、予定は未定って、ある意味、社会に教え込まれてきちゃったからさ。絶対に守って欲しい約束は、相手の人が誰であっても、しつこく確認しちゃうんだ。」
「そうなの。」
「まっ、その話はいいよ!さっ、楽しく飲もう飲もう!」
育子は、拓斗は若くてイケメンなのに、チャラチャラとチャラ男のごとく振舞っているときに、どうも不自然な感じがすると思った。イケメンだから、他人の話を聞こうとしなかったり、他人を見下したり、ツンデレのツンだけになったり、マウントをとろうとしたりするような人ではない。拓斗の人の話を傾聴する姿勢や優しさも、ホストの仕事をしているがゆえの、社会的に身に着いたホスト性格なのか、拓斗の本来の性格なのか、旅行に行って益々わからなくなった。今こうして、拓斗の職場であるホストクラブの中でも、拓斗の育子に対する接し方は、旅行の時と何も変わらないような気がした。
「シャンパンタワー、入りました‼」
「ありがとうございます!」
店内では真ん中あたりのテーブルと椅子が片付けられ、シャンパンタワーに上からシャンパンが注がれていた。
「すごーい!キレイ!今日も凄いものを見ちゃったわ!」
育子はホストクラブ内の狂乱に遭遇すると、ついずーっと見てしまうのだった。
「シャンパンタワーを入れたあのおばあちゃんは常連さんでね、旦那が財閥の家系らしいよ。」
拓斗がシャンパンタワーを入れた初老の女性について説明した。
シャンパンタワーは百万円らしい。
初老の女性はスマホでシャンパンタワーの写真を撮った。
「株で儲かってね。みんなにご馳走しようと思って来たの。後でインスタにアップしておくから。お店の宣伝にもなるでしょ?」
「ありがとうございます‼」
他のホストは、キャバ嬢を相手しているのが三人、後のホストたちはみな、シャンパンタワーの近くにいた。
拓斗と育子は、まるで恋人同士のカップルのようになっていて、ホストクラブ内の他の空間とは別世界に居た。
拓斗は、他のホストたちに背を向ける位置に座りなおした。
「俺が、いくちゃんを独占してるみたいだな。」
どう考えてもおかしい。初老の女性が盛り上げられているのは、シャンパンタワーを百万円で注文したからであり、あのようなホストのハーレム状態を形成したのはわかる。しかし、育子のような、たいしてお金もないのに、目当てのホストがいるから通っている常連客を、目当てのホスト側がその客を独占することができた、と嬉しそうに表現するなんて、ありえないとしか言いようがない。
しかし、どんなに厳し目に見ても、そんなことを言う時の拓斗は嬉しそうなのである。無理をしている感じは見受けられない。ホスト性格だから、ということなのであろうか。
そんなことをボーっと考えながら、育子の目は初めて見たシャンパンタワーに釘付けになっていた。
「いくちゃんは、シャンパンタワーなんて頼まなくていいんだからね。」
拓斗は笑顔でそう言うと、育子の手を握ってきた。
拓斗の手は、とても温かく、熱いほどであった。
「ちょっと・・・お店の中だから・・・。」
心臓が飛び出そうになるほどドキッとしたことを隠すために、育子は軽く拒否した。
「あ、そ、そうだ、野菜スティック、頼もうかな。」
「わかった。それだけでいいの?」
「うん。なんだかお腹いっぱいで・・・。」
「じゃ、頼んでくるね。」
拓斗は、野菜スティックを注文するために席を外した。
ホストクラブが閉店してホスト同士の打ち合わせが終わると、いつものように、外に待たせている育子のところに笑顔で駆け寄り、大通りに出るとタクシーを拾って、二人は拓斗の自宅に向かった。
拓斗は自宅に入って鍵を閉めると、強い力で育子を抱き締めてディープキスをしてきた。
育子は気を失いそうになるが、度重なると徐々に慣れてもきた。
抱き締められていて腕の自由が無かったので、火照る顔を隠すことが出来ず、育子はキスの後、下を向くしかなかった。
「俺たち、ラブラブのバカップルみたいだね。」
拓斗は本当に嬉しそうだ。
「どうぞ。」
拓斗は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと育子に手渡した。
「ありがとう。」
育子はペットボトルを受け取った。
拓斗がまた育子を炊き締めた。
「ごめん、いくちゃん、今夜はもう、我慢できないから・・・。」
拓斗は震えながら、ソファに育子を押し倒した。
若いって、こういう感じなのね、と冷静に拓斗の衝動を受け止めていた。
しかし、育子の旦那は、このようなことしたことは一度もなかった。
衝動に任せて育子と一つになりたがることは、一度もなかった。
愛情があるのかないのか、わからないけれど、生活共同体としての機能を果たす生き物、といった感じで、そこには目に見えない愛情のようなものは、実際にも無かったように思われた。
「ご、ごめん、ベッドに行こうね。」
拓斗は育子をお姫様抱っこしてベッドに運んだ。
「乱暴で怖いよね?ごめんね。だけど、もう我慢できない。旅行の時だって、結局できなかったし・・・。」
震える手で、自分のシャツのボタンをひとつずつ外しながら拓斗が言った。
仲居さんが食事を持ってくるときなど、ノックもせずにいきなり引き戸を開けていたよね、と帰りの新幹線の中で言っていたことを育子は思い出した。
「好きだよ。いくちゃん・・・。」
声を震わせて言った拓斗は、ズボンのベルトを片手で外しながら、育子の頬にキスをしていた。
震える手で育子の下半身を触り出したので、育子も下半身の着衣を全て脱いだ。
すると、拓斗は避妊具をつけないまま、自身をそのまま入れてしまった。
「ごめん!もう本当に我慢できないんだ!」
育子は不思議と、拒否をしなかった。
強引に入ってきた拓斗が、嬉しかった。
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