第14話 命短し


 母の友人の息子さんが死にかけた。

 脳の血管の病気である。余命一か月。医者は匙を投げた。

 医者が何を投げようとも、母親というものは決して息子を見捨てはしないものである。

 万に一つの奇跡を願って毎日甲斐甲斐しく世話をした。

 スッポンのスープが良いと聞けば毎日スッポンのスープを作って病院に通った。

 だがしかし、何の成果も無いままに日は過ぎた。息子は集中治療室に入れられ、医者は覚悟してくださいとその友人に告げた。


 避けられない死の宣告。


 その頃、教団で流行っていたのが「延命陀羅尼呪」である。このお経を唱えると、その人物が持っている徳に従い、三日三か月三年の内のどれかだけ寿命が延びる。そういう触れ込みであった。

(この時分は連日起る怪奇現象から逃れるために密教系の新興宗教に入門していた)

 母はこれを友人のために貰って来た。もともと母の友人は熱心な仏教徒だ。こういうことに抵抗は無かった。

 毎日熱心に陀羅尼呪を読み、祈った。


 驚くべきことに、これが効いた。どうやら人の死というものは簡単に延びるものらしい。

 医者の面目を丸つぶれにしながら集中治療室から出て来た息子は、二週間後には退院できるまでに回復した。

 この回復は医者にこう言わしめた。「奇跡だ」


 退院し、平穏に戻る生活。親の願いは天に通じたのだ。

 そしてぴったり三か月後、夕食の最中に息子は倒れた。ただちに病院に運ばれたが、脳の血管という血管から出血しており、医者には打つ手が無かった。



 たかだか三か月の延命は、重いのか軽いのか?

 だがその三か月で親子は別れの覚悟を持つことができた。それは価値のあることだったのではないかと、私はそう信じている。

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