第8話 マルティネス



―――とんだ化け物がいたもんだぜ


 幼い子供の攻撃を己の愛刀で受け止めた男、マルティネスはそう思った。

ステーキナイフを鞘で受け止めたマルティネスの手には、重い攻撃の衝撃が確かに残っていた。


(こりゃあ斬撃の重さだけじゃないな)


可視化できるまで高められた濃密な魔力。一瞬だけだが、ナイフに黒い魔力を込められていたのを、マルティネスは見逃さなかった。


(気まぐれで、こんな辺境まできちまったが、これは正解だったな。まさかこれほどの傑物に出会えるとは運がいい)


 この常識外れの子供は、マルティネスの目には三歳程度の幼児にしか見えなかった。しかし、この子供は間違いなく時代の寵児としてなるべく生まれてきた、『傑物』だとマルティネスは確信する。


「おい、坊や、冒険者になりたいのか?」


「うん、りりなと、ぱーてぃー組んでモンスターを倒す」


「そうか、なら俺からもギルドにお願いしてやろう。子供だけでは登録は大変だからな」


「いいのか?」


「ははは、次世代を担う子供の役に立つのが老いた大人の役目だよ」


そう言ってマルティネスは、ギルドの受付嬢にお願いをする。


「規定違反ではないのだから、許可をしてやったらどうだ?」


「で、ですが・・子供だけでモンスター討伐は・・・」


「討伐以外にも、薬草採取や、街の掃除など様々な依頼があるだろ?」


「でもやはり幼すぎませんか?」


「安心しろ、このぐらいの子供は、背伸びして勇猛な冒険者の称号を欲しがるものさ。実際にモンスターとは戦いはしない。なっ、そうだろ?」


マルティネスはここは適当に頷いとけ、という意味でルークにウインクを飛ばす。だが、ルークには意図が伝わらなかったようで


「おれはもんすたーをたお、むごごご!」


納得がいかないといった様子を見せる。しかし、口を開こうとしたルークだったが、後ろからリリナに口を抑えられて黙らされる。そして代わりにリリナが答えた。


「そう、私達は冒険者になりたいだけ。べつにモンスター討伐とか興味ない」


「んっーー、んーー!?」


「だから登録だけお願いします」


 ルークの頭を抑えてリリナは一緒に頭をさげる。それを見た受付嬢はため息をはいて、諦めたようにつぶやく。


「はあ、まあそういうことなら・・」


 渋々といった様子で、折れた受付嬢が登録を認める。字の書けない二人にのために、受付嬢が代筆で書類に記入しながら冒険者ギルドの決まりごとを説明していく。


その様子を、マルティネスは静かに観察しながら、自分の本来の目的について考えていた。


(こいつなら、俺の願いに届くかもしれねぇ。どうにかしてこのガキを近くに置いときたいな)


やがて、全ての登録を終えたルーク達に、マルティネスは近づき己の目的のため二人にある提案した。


「君達、もしよかったら私が修行をつけてあげようと思うがどうだろうか?」


「んー、おれはすでに最強だし、興味ないかな」


「最強か、デカくでたな。だが、相棒のお嬢ちゃんはまだ強くないから危険だろ? それに子供だけで街の外は活動しづらいから、私がいた方が便利だぞ?」


その言葉に、ルークは一理あるなと頷いて、リリナにどうしよかと相談する。


「わたしは別にどっちでもいい」


「そっかーー、じゃあ、おっちゃんお願いするよ」


「ああ、任せてくれ。私が二人を強くしてやろう」


こうして、二人は、マルティネスを保護者代わりにして、モンスター狩りを始めるのだった・・・・・その裏にどんな思惑が控えているかなど知らずに。



◆ 


 強いのに、実力を隠しているっぽい感じのおっさんと出会ってから数週間がたった。ついに長年(1年)夢見た就職活動を成功した俺だったが、思い描いていた計画と現状の違いにイライラしていた。


なぜかって?


それはあのマルティネスのおっちゃんが、全然モンスターにいる場所に連れていってくれないからだ! 当初の予定なら今頃モンスターをバッサバッサと倒しまくっていたはずだった。


しかし、この数週間でこれまで倒したモンスターは、なんと、スライム数匹とゴブリン四体だけ。


報酬をリリナと山分けしたら、ほとんど残らない。これでは父上と母上の食事は改善されないじゃないか。俺は二人が食べるパンを柔らかくして、夕ごはんにはお肉を食べさせてあげたいのだ!


ちなみに、母上達にはリリナと一緒に冒険者ごっこをしているとだけ伝えている。いつかお金を貯めてサプライズで全額寄付するつもりなのだ。


 それなのにマルティネスのおっちゃんは、俺達に修行ばかりやらせようとして全然モンスターと戦わせてくれない。ことあるごとに、『モンスターと戦うよりも、戦闘技術を磨け』と注意してくる。


おっさんがなぜ俺達をそんな強くしたいのかは知らないが余計なお世話だ。

そもそも、無限の魔力を持って生まれ俺に修行なんて必要ない。


あの日、俺のナイフを受け止めたおっさんの力量には計り知れないものを感じたが、圧倒的理不尽の前に、人間の技術など無意味だ。だというのに、今日も俺達は渡された木刀を振って、謎の訓練をうけさせられている。


「ちがう、何度言ったら分かるんだ。剣は力任せに振るんじゃなくて、無駄を省いて最低限の動きで素早くやれ」


「そんなことしなくても、俺はさいきょーだからいいの!」


「馬鹿たれ、お前は自分を最強だと思っているが、世の中に強い奴らは沢山いるんだ。技術を磨かないと痛い目をみるぞ?」


「はー、また説教だよ。おれつかれた。きゅうけいする」


 これっぽっちもやる気がでない俺は、地べたに座りこんで、いつものように素振りをサボる。


「ちっ、俺の見込み違いだったか? これならあの少女の方がマシだ」


 そう言うとおっさんは、素振りをするリリナを見る。リリナは意外にもおっちゃんの指示に従い、毎日一生懸命に素振りをしている。日を追うごとに、剣の鋭さが増し、このまま修行すれば将来は中々の強さになりそうだ。


「リリナよ、お前は見込みがある。どうだ? いずれ私と修行の旅にでもでるか? お前ならs級冒険者も目指せるかもしれないぞ?」


「いい。遠慮しとく。私はクーと一緒にいるから」


「ふん、こやつはダメだ。力に振り回される将来が容易に見える」


「なら、私が強くなってルークを守るから大丈夫」


リリナがそっけなく答えると、マルティネスのおっさんは気に食わなそうに舌打ちした。


「まあ、仕方ねえか。よし、そろそろ今日の稽古は終わりにする。二人ともまた明日同じ時間にくるといい。それと坊主、お前本当に訓練するつもりはないのだな?」


「ないよ、必要ないから」


「そうか」


すると、マルティネスのおっさんは急に俺への興味を失ったように明後日の方向へ向いて、なにやら呟いていた。小声で何言ってるかは聞こえなかったが、俺とリリナはオッサンを無視してその場を後にしたのだった。





「こうなれば。予定より早いがすすめるとしよう」 






そして、その晩

リリナが誘拐されたと、俺は知らされたのだった。

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